ノヴァーリス・センティッド3
オパールの様な瞳に涙の膜が揺れて、それが宝石みたいにぽろぽろ零れる姿を目にして、どうしようもなく、胸の奥が苦しくなる。
今まで見た事もない泣き方で、嗚咽を零しながら泣きじゃくるセシリア様はまるで幼子のようで、衝動的に伸びそうになった腕を、自身の掌できつく掴んで、何とか押しとどめた。
彼女を抱き締めるのは、僕の役目じゃない。
解ってる。そんな事解っているのに、どうしてこんなにも、彼女の……セシリア様の笑顔が見たいと、思ってしまうんだろう。
セシリア様が僕と同じ様に魔力を意図的に弄られてるのだと察した時、足元が崩れ落ちたようだった。
だって、セシリア様と僕では、余りにも違い過ぎる。
いまだ紫の闇に囚われている僕と、太陽の下で慈愛に満ちた笑顔を浮かべる、優しい女王陛下。
あの痛みを、あの苦しみを、彼女も知っている?
四肢が捥がれるような激痛に耐え、喉を掻きむしっても消えない飢餓感に苦しんで、地面をのたうち回る、あの痛みを、苦しみを――絶望を。
誰も助けてくれないのは、僕が役立たずの人形だから。
紫の力を宿せなければ廃棄される存在だから。
ずっとずっと、そう言われてきた。僕自身も、そうなんだと思っていた。
それでも彼女は、セシリア様は、そんな僕を日の当たる場所に連れ出して、何度も何度も僕が必要なんだと言ってくれた。
僕の神様。決して僕だけの神様にはならない、心優しい女王陛下。
そんな彼女が、僕と同じ?
——違う。あまりも、違い過ぎる。
だって、僕は空っぽの人形だ。
でも彼女は違う。彼女を形成する器の中には、きちんと「愛」が詰まっていた。
凍てつく紫の闇しか内包していない僕とは、何もかも、違う存在。
でも、でも。ああ、だからこそ。
どうしても僕は、この人を護りたい。この世界できっと唯一、僕と同じ苦しみを、痛みを知るその心を。それでも強く凛と咲く、気高い貴女の心を。
どうか寂寞とした顔で笑わないでください。
そんなのは、貴女の本当の笑顔じゃない。
弟君を抱き締めて泣くセシリア様の姿に、5歳の女の子の影が被ったような錯覚を覚え、僕は爪が掌に喰い込む程強く、握った拳に力を込めた。
だって、その姿が、弟君を抱き締め、感情のまま涙を流すその姿も、太陽の下で満面の笑みを浮かべる姿も、全部全部、愛しいと、思ってしまったから。
「……どんな悲しみからも、僕が必ず、お護りします」
小さく小さく口の中で呟いた言葉は、不自然なほど自然に、僕の胸の中に落ちてきた。
それが多分、人形の僕に宿った、唯一の人間らしい感情。
閲覧、評価、ブクマ、誠にありがとうございます。
蛇足
今のセシリアが《前世の記憶》を思い出して色々はっちゃけた事をしてるせいでノヴァーリスからしたら「全然違う」ってなりますけど、ゲームでのセシリアは《前世の記憶》を取り戻していないので、まさに彼女も人形みたいな存在なんですよね。
ゲームの方のノヴァーリスも今のノヴァーリス同様どこかでセシリアの秘密に気付いて、そのせいでゲームのノヴァーリスはゲームのセシリアに滅茶苦茶執着します。
唯一自分と「同じ」存在として。ある意味、歪んだ愛ですね。
なので彼女が死んだ(消えた)世界に意味など無いと、即自刃を選びました。
自分と同じ人形のセシリアが居なくなってしまえば、人形のノヴァーリスは正真正銘世界に独りぼっち。彼はそれに耐えられませんでした。
ゲームにおいてのセシリアとノヴァーリスの人形劇は、そこで幕引きです。
それを知っていた今のセシリアは、そうはさせまいと奮闘してる訳で。
他の七騎士に比べて、圧倒的に闇が深いですね、ノヴァーリスさん。
セシリア様頑張れ。
そんな訳でちょっとずつ伏線回収中です。




