本編2-7
緑属性の属性固有スキル《創造創生》で頭まですっぽり覆う外套と仮面を作り、はい、とノヴァーリスに手渡す。
仮面のイメージはスノウにちなんでトラだ。
「これから、どうなさるおつもりですか」
「トリス宰相閣下にお願いしたのはあくまで情報の改ざんだからね。居場所の特定と救出は私たちがしなくちゃいけない。で、恐らく居場所を知ってる人は、王都に居る」
「根拠がおありで?」
「ちょっと考えれば、ノヴァーリスにも解るでしょ?」
一回会ったことあるしね。そう言って、アジット山脈を駆け回った際に着ていた服に着替えた上から、外套を羽織る。
顎に手をあて少し考え込んだノヴァーリスは、ややあってから「……なるほど」と呟いた。
本当、君は理解が早くて助かります。
いつも、申し訳なさそうに私を見る人だとは思ってた。でも記憶が戻った今なら解る。あれは、憐憫の視線だ。
まあ確かに、世間一般から見ればセシリアの生い立ちは不幸なんだろう。
でも、私はこのまま不幸で居続ける気はない。明けない夜がないように、私自身が、エグランディーヌ侯爵家の太陽を叩き起こしてやる。
「さあ、行こうか」
「はい」
スノウを抱きかかえたノヴァーリスの手を握り、意識を集中させる。
本当は触れあっている必要はない筈なのだが、いまだ《時空間転移》の制御に慣れていない私は、自分に触れている対象しか【飛ばせない】ので、致し方ない。恥ずかしいとか思ってませんから。
「お嬢様……」
「っ!?」
不意に、扉付近から声が掛かり、私の肩がビクリを跳ねる。
そろりと声のした方を見やれば、毅然とした表情のサクリーナが立っていた。
「お嬢様……御髪を、結わせて頂けますか?」
「サクリーナ……?」
「勝手にお部屋に入ってしまい、大変申し訳ございません。処分は後ほど、如何様にも。ですが、どうか、わたくしに、お嬢様の御髪を結わせてください」
「……ええ。お願いします」
「センティッド卿。申し訳ございません。すぐ、済ませますので」
「いえ。僕は大丈夫ですので、お気になさらず。セシリア様、少し、スノウと席を外しますので」
「……そうね」
言外に「ちゃんと説明した方が良いのでは?」と目配せしてくるノヴァーリスに一つ頷き、私は外套を外し、ドレッシングチェストの前に腰かけた。
簡単に一つに括っただけの髪を解き、サクリーナに前回と同様、紫のリボンと、前に彼女が一緒に結ってくれた細い金のリボンを手渡す。
「……話を、聞いていた?」
「……申し訳ありません」
「どうして謝るの?」
「……わたくしは結局、お嬢様のお力には、なれませんでした」
サクリーナの手が優しく私の髪を梳く。その優しい手つきとは裏腹に、言葉には、声には、どうしようもない後悔の色が滲んでいて、私はそっと目を伏せる。
いつだってこの侍女だけは、セシリアの傍に居てくれた。そのことを、私は良く解っているつもりだ。
「私はいつも、サクリーナに護ってもらってたよ」
「っ!?」
ノヴァーリスとの会話を聞かれていたなら、もう今更口調を取り繕う必要もないだろう。
そう判断して、素の喋り方でサクリーナに話しかければ、鏡に目を見開いた彼女が映って、思わず苦笑を漏らす。やっぱり貴族の令嬢としてはあるまじき、か。まあ、今更気にしないけど。
「サクリーナが居たから、私はきっと、この家の中で、壊れずに済んだ」
「お嬢様……」
「ずっと私を支えてくれて、ありがとう。私の優秀な侍女」
「っ……勿体ない、お言葉、です……!」
思えば、ゲームで見た女王陛下の微笑み方は、サクリーナの微笑み方に似てる気がする。
きっとあの世界であっても、彼女はセシリアの支えだったのだろう。
前世を思い出して突拍子もない行動を起こす私の事を、いつでも笑って受け止めてくれた、優しい人。きっと11年前のあの日の事を、今でもずっと恩だと思っている、義理深い人。
「……私の、本当のお父様とお母様と弟を、取り戻してくるね」
「はいっ……お嬢様方のご無事のお帰りを、サクリーナはこの屋敷で、待っております……!」
「もしかしたら私は、この屋敷を出ていくかもしれない」
「わたくしは、いつまでもお嬢様のお傍に」
「本当に良いの? 私、貴族の深窓の令嬢っぽくないよ」
きゅ、と、サクリーナが鮮やかな手つきでリボンを結ぶ。
一切の解れもなく結われた髪は、ちょっとやそっとの衝撃では崩れなそうだ。
「11年前……あの雨の日にわたくしに手を差し伸べてくださった時から、お嬢様は変わらず、お優しいお嬢様のままで、サクリーナは誇りに思います」
「優しくなんて、ないって。私は当たり前の事をしただけ」
「いいえ、いいえ。あの時、わたくしに手を差し伸べてくださったのは、お嬢様だけでした。お嬢様が当然だと仰る優しさは、決して誰しも当然と言って行えるものではないのです。とても、尊い事なのです。お嬢様がお優しいから、センティッド卿も、スノウも、お嬢様の近くに居たがるのですよ。勿論、わたくしも」
すっと、サクリーナが背筋を伸ばす。
鏡越しにそれを見やって、私は徐に立ち上がった。
正面に立って、少し見上げる形で、真っすぐにサクリーナと視線を合わせる。23歳になったサクリーナに、あの雨の日、ずぶ濡れで泣いていた少女の面影は、もうなかった。
成人すると同時にこの屋敷に来てくれて、以降7年間、ずっとセシリアの傍に居てくれた。家族よりも、ずっと近くに居てくれた人。
「どうぞ、お気をつけて。力不足ゆえご一緒には行けませんが、わたくしは此処で、お帰りをお待ちしております」
「うん……行ってきます。髪、結ってくれてありがとう。絶対、光を持って帰ってくるから」
「お嬢様なら、きっと大丈夫です」
「……結ってくれた髪に、サクリーナの気持が詰まってるって、いつだって一緒に居てくれるって思えるから、安心出来る。サクリーナが私の侍女で、本当に良かった」
「お嬢様……。それは、わたくしの言葉でございます。お嬢様に、セシリア・メヌエット・エグランディーヌ様にお仕え出来た事、わたくしの一生涯の誇りでございます」
「大袈裟だなあ」
ふふ、と空気を吐き出すように笑って、私はサクリーナに抱き着いた。
セシリアは、決してこの屋敷の中で独りぼっちなんかじゃなかった。いつだって近くに、姉のような優しさで傍に寄り添ってくれた人が、居た。
サクリーナのしなやかな手が、そっと労わる様な仕草で、私を抱きしめ返してくれる。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「……うん、行ってきます!」
私の帰りを、心から待っていてくれる人が居る。それだけで、心が軽くなった気がした。
いつでも私の隣に居て、一緒に戦ってくれるノヴァーリスやスノウとは違う。一歩引いたところで、私の事を見守って、支えてくれているという安心感。
思わずへにゃっと締まりのない笑顔を浮かべてしまった私を見て、サクリーナは嬉しそうに微笑んだ。
「……もう、よろしいのですか?」
「うん。改めて私の侍女は有能で優しいという事を実感しただけだった」
「そう、ですか……」
なんとも言えない顔で歯切れ悪く言葉を零したノヴァーリスに向かって、私は渾身の笑顔を浮かべてみせる。
「もちろん、私の騎紫だって有能で優秀で、格好いいんでしょう?」
「っ! 勿論です!」
「期待してますよ、私の騎紫様」
……こんなにチョロくて、本当に大丈夫かな、この子。
でも、誇り、と言ってもらえるのは、なんだかこそばゆい。
勿論、私がそんなに偉大な人間じゃないって事は、私自身が一番良く解っているつもりだ。でも、調子に乗りやすい私は、期待されると、それを返したくなる。
「……いつまでも誇りだって言ってもらえるように、頑張るね」
ポツリと小さく呟いた言葉に、ノヴァーリスはそっと、笑い返してくれた。
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仕事の関係で少しの間、更新速度落ちます。申し訳ございません。
サクリーナの話はどうしても入れたかったので、次回からまた話が動くかと思います。
引き続きお付き合い頂けますと、幸いです。




