本編1-17
突然の毒親襲来により心の柔らかい部分をゴリゴリと削られながらも、私の次期女王としての日常は続いていく。
膝の上にスノウを乗せ、ソファの後ろにノヴァーリスが控えている状態で、エグランディーヌ侯爵家の応接室にて、私はアルカンシエル王国宰相——タイサン・トリスと膝を突き合わせていた。
魔石採取の件で大切な話がある。要約するとそんな内容の手紙を彼に送ったのが、毒親が王都に帰った二日後、つまり、今から四日前の話だ。
いくらエグランディーヌ領が王都から魔鉄道で1時間という比較的近い立地にあると言っても、この国の宰相であるタイサンの訪問はもう少し時間が掛かると思っていただけに、四日と言う短い間にスケジュールを調整してきた彼に、私は少しばかりの驚きを隠せずにいた。
「……それで、魔石は採取出来なかったのですか?」
眼鏡の奥で、無属性の証である灰色の瞳がすう、と細まった。
エグランディーヌ侯爵家に来てからずっと険しい顔をしているとは思っていたが、まさか「魔石を採取出来ずに泣きついてきた」と思われていたのか。
膝上のスノウと、背後に控えるノヴァーリスがピクリと反応を示す。
スノウの頭を撫で、ノヴァーリスは目で制し、私は笑みを浮かべて口を開いた。
「トリス宰相閣下にご指定頂きました魔石の件でしたら、つつがなく。本日はその件も含め、お願い事がありご足労頂いた所存です」
「願い? 私にですか?」
「ええ。ノヴァーリス。魔石を此処へお願い出来ますか?」
「畏まりました」
なおも訝し気に眉を顰めるタイサンの前にあるテーブルの上に、ノヴァーリスが恭しい仕草で布に包まれた魔石を置く。
外側を覆ってきた布をそっと外せば、タイサンの切れ長の瞳が限界まで見開かれた。
「こ、れは……!?」
「アジット山脈にて採取して参りました。魔石としての大きさ、ランクとも申し分ないと自負しておりますわ」
「申し分ないどころではありませんっ! この魔石一つで、国家間のパワーバランスが一気に覆っても可笑しくない……!!」
「ええ。そして、わたくしのティアラを作るだけで、此処まで大きな魔石は要りません……ですので、交渉致しましょう?」
「……交渉? 脅しでは、なくですか……?」
「自国の宰相閣下を相手取り、何故わたくしが脅しなどと野蛮な事をしなければならないのですか? これはわたくしからのお願いで、交渉です」
ああ。今の言い方はちょっと嫌味っぽかったな、と思いつつ、口元に刷いた笑みは崩さない。
胡乱げに目を細めたタイサンが、振り絞るような声で「聞きましょう」と呟く。
宰相がそんなあからさまに顔に出していいの? とは思うが、この場には私たちしか居ないのだから気にしない事にした。
「まず一つ。今わたくしの膝上に居るスノウは、その魔石と同じ魔石が姿を変えた物です。便宜上、わたくしとノヴァーリスはこの子の事を【魔石獣】と呼び、《スノウ》と言う名前を付けました。今お見せしている魔石の三分の一と引き換えに、この子の身の安全を保障してください」
「そのトラが、魔石……? にわかには信じられない話ですが……」
「トリス宰相閣下であれば、属性固有スキルをお持ちでなくとも、エクストラスキルで《鑑定》か《識別》のスキルを持っているのではありませんか?」
眉を顰めたタイサンに、すかさずノヴァーリスがエクストラスキルの使用を勧める。
その言葉に灰色の瞳を眇め、じっとスノウを見やったタイサンが、両の瞼を伏せ深々と頷いた。
「……確かに、膨大な魔力の流れを感じます。念の為確認しておきますが、私がその……」
「スノウです」
「失礼。スノウ殿の安全は保障出来ない、と申した場合は、どうなさるおつもりですか?」
「勿論、わたくしもノヴァーリスも、この子を護ります。どんな手段を用いてでも、です。聡明な宰相閣下には、この意味がお解りになられるでしょう?」
「……エグランディーヌ嬢。まさしくそれを脅しと言うのですよ」
「いいえ。脅しではなく、交渉ですわ。わたくしがこの国に差し出すのは、その魔石の三分の一。代わりにこの国がわたくしに差し出すのが、大人しく可愛らしいこの子の安全です。わたくしからの対価が過剰でこそすれ、不足はございませんでしょう?」
そもそも、エクストラクラス《風》持ちのスノウを庇護こそすれ、排除対象にするなど愚者のやる事だ。勿論スノウがエクストラクラス持ちである事を告げるつもりは微塵もないのだが。
スノウをこの国の道具にするつもりはない。私の魔力に干渉出来る人が居ないとも言い切れないので、スノウのエクストラクラスの事は、当面誰にも話すつもりはない……勿論、ノヴァーリスにも。
「……解りました。その魔石獣の安全は、タイサン・トリスの名において、保証させて頂きます」
「ありがとうございます。二つ目ですが、わたくしのティアラを作ったとして、削り取る部分はどれぐらいでしょう?」
「そうですね……国に譲渡して頂いた三分の一を除き、残りの半分程度あれば作成には何の憂いもないかと」
「作成の憂いの有無ではなく、実際に削り取る部分の話です。残りの魔石、半分全てを使う訳ではないでしょう?」
「……半分にした魔石の、おおよそ、四分の一程度かと」
「では、その残りの四分の三の部分で、わたくしの七騎士となる方々が身に着けられる装飾品を作ってください。指輪やペンダントトップ、イヤリングと言った大きさの物で構いません。その装飾品を作って頂けるなら、四分の三のうち、制作して余った部分の魔石をお譲り致します。ですが、わたくしの七騎士達へ渡す装飾品の大きさは、全員同じ面積にしてください」
女王のティアラを作った残りの魔石の大きさが、約四分の三だと言うなら、小さな装飾品ぐらいは更にその二分の一ぐらいの大きさがあれば七人分作成可能だろう。
残りの魔石の半分のさらに三分の一ぐらいは残る筈なので、タイサンからすれば決して悪い話ではない……と、思いたい。
案の定タイサンは不思議そうな顔こそしたが、すんなり頷いてくれた。
「解りました。そのお話、お請け致しましょう。しかしご自身の装飾品ではなく、何故、七騎士の分を?」
「わたくしはティアラだけで十分ですから。せっかくわたくしの元へ来てくれるのですから、わたくしからのほんの些細なお礼として差し上げたいだけですよ」
「些細、ですか……この国すら動かせる魔石で作られる装飾品が?」
「ええ。わたくしからすれば、この物言わない魔石より、わたくしの元へ来てくれる、わたくしの騎紫達の方が、ずっと価値のあるものですから」
笑顔でそう言い切ると、後ろでノヴァーリスが息を呑む気配がした。
スノウが「え、ぼくは?」と言わんばかりに私のお腹にぐりぐり頭を押し付けてきたので、その頭をわしゃわしゃ撫でてやる。勿論、元が同じだろうとこの魔石よりスノウの方が断然大切に決まってるでしょう、と言う思いを込めて。それに万が一この魔石に意志があるとすれば、それは総てスノウの中に宿っていると、私の中には確信があった。つまりこれは、魔力だけが宿った抜け殻だ。
タイサンは僅かばかり目を見開いてから、私に視線をやり、その後ノヴァーリスへとその灰色の瞳を向け、何故かその顔に苦笑を浮かべた。
「これはこれは……大変な主を持ちましたね、センティッド卿」
「……いえ。僕には勿体ない程です」
え、何。私何か変な事言った? 言ってないよね?
なのに何でそんな、お前も大変だな的な会話になってるの?
何故か目で語り合う男二人に置いてけぼりを喰らいながら、私は咳払いをしてタイサンの視線をこちらに戻した。
「三つ目。これで最後ですが——」
残りの魔石全てを対価として始めた交渉が、一番手こずった。
タイサンが難色を示したのは勿論、ノヴァーリスも少し不満そうだ。
しかしこれだけは譲らないとスノウの安全の件を含め元から決めていたので、私も頑として譲らない。
話し合いは白熱した。
「何も、今後の女王陛下の代にまでそうして欲しいという訳ではありません。あくまでわたくしの代限りで良いのです」
「しかし……」
「この件に関しては、わたくしも譲るつもりは御座いません。どうしても無理な訳ではございませんよね?」
「確かにそうですが……エグランディーヌ嬢。貴女は此れを、交渉と仰いましたね」
「ええ。その通りです」
「でしたら、こちらが提案する折衷案で妥協して頂きたい」
「……わたくしが、妥協出来ると思える内容でしたら」
タイサンから提案された折衷案は、確かに妥当な物ではあった。
これ以上粘っても、この折衷案以上の譲歩は出ないだろう。
細く長く息を吐き、小さく頷く。解りました、と言うと、目の前のタイサンの表情に、あからさまな安堵が浮かぶ。
何だかんだ多少の誤差はあったものの全ての要望を通し、採取してきた私の顔より大きな魔石を、タイサンに渡す。
ずっしりとかなり重たいそれを両手で抱えて感嘆の溜め息を零し、別室に控えていた護衛に渡す。魔石が厳重な箱に仕舞われるのを見届けると、その鍵を持ち、さっそく正式な書状を認めます、と言って、彼は王都へ帰っていった。
魔石は別途護衛を付けて、王都まで慎重に運ぶのだそうだ。
「やっと終わった……」
「本当に、宜しかったのですか?」
「魔石の事? あれは国に在るだけでも十分な代物だし、私の手元にも、ノヴァーリスの手元にも残るんだから、あれで良かったんだよ」
その殆どが国の所有物と言う事になったが、私が個人的に使えないだけで、国の危機——「世界を覆う闇」の術式に対抗する際には存分に役立つだろう。
まあ、そうならないように私の方でも準備を進めるつもりではあるけど、念の為の《抑止力》の存在は、はやり大きい。
「魔石の事も勿論ですが、最後の……」
「ああ、あれね。元々考えてた内容からは少し変わっちゃったけど、そもそも私が望んだ事だし」
「しかし」
「もうあんな無茶はしない。約束したでしょう? だからこれは、私の中では無茶な事じゃないの」
「……解りました。僕も微力ながら、お手伝いさせて頂きます」
「微力だなんてとんでもない。私、ノヴァーリスとスノウが居るから頑張れるんだよ?」
「勿体ない、お言葉です」
「がうっ」
結構本気でそう思っているのだが、あえて冗談めかした雰囲気で笑って見せる。
重いとか思われたら立ち直れないからね。私のメンタル、結構豆腐で発砲スチロールなんだよ。
こうして、主に私が色々とやらかしまくった魔石採取は、様々な予測不能なイレギュラーこそあったものの、結果的には最良に近い形で幕を閉じた——。
閲覧、評価、ブクマ、誠にありがとうございます。
これにて魔石採取編、終了となります。
次回からは新章になりますが、こちらはさっくり進める予定。予定は、未定。
新章は一週間後ぐらいに連載開始予定です。
早く他の七騎士を出したい……。
需要があったのか! と喜んで更新速度が上がるかもしれませんので、お気に召しましたら、是非ブクマ、評価の方、よろしくお願い致します。
それでは、引き続きどうぞよろしくお願い致します。




