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本編1-14



 ——傲慢

 ——傲慢な人の子


 何処からか、声が聞こえる。


 ——でも、嫌いじゃないわ

 ——ええ、嫌いじゃない


 ——他が為故の傲慢

 ——自分の為の傲慢


 ——貴女は後者

 ——貴女は前者


 くすくす、くすくすと囁くような、声。


 ——でも、嫌いじゃない

 ——ええ、嫌いじゃないわ


 ——足掻きなさい、貴方は廻る者

 ——足掻きなさい、貴方は壊す者



 ——その為の力を、貸してあげる


 ぱちりと、目を開く。

 何故かその声は、ただ漠然と「魔石」からの声だと、理解出来た。


「……へ?」


「がう」


「っ!? セシリア様っ!」


「えっと……お、おはよう……?」


 ——いや、今、変な鳴き声しなかった?

 視界いっぱいに入り込む、ふさふさした、毛。

 ……毛?

 いや、何で? 毛の要素、何処にあった?

 混乱する頭をそのままに、ゆっくり視線を動かす。

 胸の辺りが重くて、暖かい。

 ふに、と柔らかい何かが、私を踏みつけた。


「っ!?」


「何処かお身体で痛むところはございませんか!?」


「え、いや、え……?」


 起き抜けでフリーズした頭に、顔面を蒼白に染めたノヴァーリスの顔は、ちょっと刺激が強い。いやもう本当、顔が良い。

 思考回路をショートさせながら、ふに、ふに、と柔らかい肉球に顔を踏みつけられている現実からも視線を逸らす。


「ナニゴト……?」


「覚えていらっしゃらないのですか? あの魔石にセシリア様が魔力を注がれてから、三日も眠っていらしたのですよ」


「三日!?」


 ノヴァーリスの言葉に、横になっていた寝台から思わず飛び上がった私の胸元から、ころん、と小さな毛玉が転がり落ちた。

 どうやら遊んでもらえると思ったらしい。

 楽しそうな声で「がう」とまた一鳴きしたその子が、上掛けに爪を立てて、よじ登ってきた。


「……今朝、この姿になったのですが……ミルクで、よろしいのでしょうか?」


「いや、あの、ごめん……私も色々と、理解が追い付いてないんだけど……」


 あまりの事にネコを被る余裕すらない。そもそも既にノヴァーリスの前でネコは被ってないけれど。

 いや、今物理的に恐らくネコ科であろう子にはよじ登られてるんだけど。

 

「セシリア様が制した魔石のうちの一つです。昨日までは確かに魔石のままだったのですが、今朝僕がご様子を見に来た際、この姿でセシリア様の上で丸くなっておりましたので、もしかしてと思いお傍におりました。無礼をお許しください」


「いや。うん。ノヴァーリスには絶対に心配掛けただろうし。無礼とかそう言うの、気にしないで。ちょっとびっくりしただけ。ありがとう、ごめんね」


「いいえ。貴女様の意図を汲み、お護り出来なかった僕の落ち度ですので」


「ええ? 頑なだなあ。私が悪かったで良いじゃない。もう僕を振り回さないでくださいっ! って怒って良い所だよ、ここ」


「……ええと、それは、僕の真似でしょうか?」


「え、うん。似てない?」


「ふ、ふふっ……そう、ですね、あまりっ……」


 顔を逸らし肩を震わせるノヴァーリスに、ようやく私も肩の力を抜く。

 起きてから、今まで見たこともないような険しい顔をされて、二重で驚いた。

 私が魔力を使い果たして倒れた時、きっとノヴァーリスは恐怖を覚えた筈だ。

 《預言者》で見たあの未来の通りになるのなら、この子の中で「女王陛下」の存在はあまりにも大きすぎて、目の前で失神とか、洒落にならないぐらい悪い事をしたと内心で猛省する。

 しかも、その後三日も寝込むとか、本当に洒落にならない。

 いくら想定外だったとは言え、水属性の属性固有スキル《生命の水回廊》を発動する余力もなかった自分が情けないぐらいだ。


「心配掛けて、ごめんね。もう大丈夫。こんな無茶、これっきりだから」


「……本当、ですか?」


「うん。約束」


「……もっと、僕はもっと、強く、なります……」


「うん……うん。ごめんね、ノヴァーリス。私の優しい騎紫。怖い思いを、させちゃったね」


「っ……」


 ノヴァーリスの目の下に薄っすら浮かぶ隈に指を這わせて、ゆるりと笑う。

 ごめんね、君の気持を、もっと考えるべきだった。きっと気を失った私を背負って、リーヴァ村まで戻ってくれたんだろう。そして部屋を借りて、私がなかなか目覚めない恐怖と戦いながら、ずっと傍に居てくれたのだと思うと、自分自身が情けなくなる。

今更彼の為だから、なんて言うつもりはない。結局これは私の我儘が招いた結果だ。

でも、そんな私の我儘でノヴァーリスを傷付けて、きっと真面目な彼を追い込んでしまった自分が情けなくて、ノヴァーリスに申し訳なくて、そんなぐちゃぐちゃな気持ちを込めたまま、ゆうるりと。私自身も、泣きそうな笑みを浮かべてしまう。

 そんな私の顔を見てなのか、泣きそうに顔を歪めたノヴァーリスは俯いてしまって、私はその白月光の髪をゆっくりと撫でた。


「がうっ」


「っと、ごめんごめん。忘れてないよー」


 ぼくも混ぜて、と言わんばかりに、三角になりそこなった丸い耳に、短くぷにっとした手足、長い尾を揺らした縞柄の子が、紫色の瞳でじーっと私を見つめながら、一鳴きした。

 毛の色は、黄色ではなく白に近い虹色だ。光の加減で、キラキラと色を変えている。


「うーん……白虎……?」


 前世の記憶に当てはめて、一番近い名前を出したつもりだったのだが、柔らかい肉球でぷにっと顔を叩かれた。

 うん、全然痛くないね。むしろ幸せな気持ちになります。てかこの子、私の顔面踏みつけるの大好きだな。


「……違う、ようですね」


「みたい……ううーん。君、本当に魔石なの?」


 顔を上げたノヴァーリスが恐る恐る白虎(仮)に指を伸ばすと、真っ赤な舌がべろん、としなやかな指先を舐め上げた。


「うわっ!?」


「はあ? 可愛いかよ」


「え、セシリア様……?」


「ごめん、何でもない」


「がうっ」


 いやだってさ、ノヴァーリスと白虎(仮)の色合いがそっくりと言いますか。

 紫の瞳に銀の髪。白虎(仮)は毛だけど。そんな一人と一匹が戯れてるとか、可愛いの二乗だよ。二倍じゃない。二乗だ。そんなの尊いに決まってる。


「でも、こんな可愛い子、ティアラになんて出来ないね」


 ん゛ん゛っ! とあからさまに咳払いをしてから、ゴロゴロ喉を鳴らす白虎(仮)を抱き上げ、紫の瞳をじーっと見つめる。

 頭に白虎(仮)を乗せる女王陛下……威厳も何もあったもんじゃないな。


「もしかして……気付いていらっしゃらなかったのですか?」


「何が?」


「魔石は、二つございます。そのうちの小さい方の一つが、その……魔石獣? ですので、トリス宰相閣下より任ぜられた魔石採取の件は、つつがなく」


「……ああー」


「セシリア様?」


「いや、うん、大丈夫……そう。そっか……繋がった気がするー」


 不思議そうに首を傾げるノヴァーリスにへらりと笑顔を返し、後でノヴァーリスも納得出来るようにちゃんと説明しよう。と先ほどの反省を脳内で反芻し、夢で聞いた「魔石」の声を思い出す。

 ——その為の力を、貸してあげる。

 あの声は、確かに私にそう告げた。


「物理攻撃要員かなあ? 君は」


「がうっ!」


「よし。じゃあ名前を上げないと」


「があー?」


「なーまーえー。うーん、何が良いかな。ノヴァーリス。何か案ある?」


「僕ですか!? えっと……雪のようだな、とは、思います」


「…………そっか」


 自分と全く同じ色彩を持つ子に「雪」って。だめ、可愛い。自分が氷属性だから、てっきり氷関係の候補が上がると思ってたのに、自分に向かっては絶対に「雪みたい」なんて言わない癖に!

 手で顔を覆うのではなく、ふかふかの毛で覆われたお腹に顔を突っ込んだら、ノヴァーリスの悲鳴みたいな声が聞こえてきたので、仕方なく顔を上げる。


「決めた。今日から君は、スノウ、ね」


「がうっ!」


 安直? いやいや。覚えやすいのが一番でしょ。

 自分の発言が名付けの切っ掛けになったノヴァーリスは、恥ずかしそうに顔を赤く染めていた。




閲覧、評価、ブクマ、誠にありがとうございます。

誤字報告もありがとうございました。ああなるんですね……すごい、ハイテク……。


引き続きどうぞ、よろしくお願いいたします。

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