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ノヴァーリス・センティッド2

ノヴァーリス視点のお話です。ご注意ください。



「どう、して……」


 頬から零れ落ちた雫が、ぽちゃん、と音を立て水面に波紋を生む。

 腕の中で力を失った細い身体をぎゅうと抱き締め、自分の不甲斐なさを痛感する。

 この人を、護りたい。

 僕は確かに、そう思った筈なのに。

 その為の力がない事が歯がゆくて、悲しくて——どうしようもなく、悔しかった。




 魔鉄道から馬車に乗り換え、最北のリーヴァ村に向かう道中は、ただただ、気まずかった。

 セシリア様を見れば彼女は優しく微笑んでくれて、その事にひどく安心しての繰り返し。まだ、僕は棄てられていない。柔らかく向けられる笑顔。その先に居るのは、僕。

 でも本当に、僕にあの笑顔を向けられる価値があるのだろうか?

 セシリア様は完璧だから。慈悲深く、優しくて、完璧な女王陛下。

 そんな人に、本当に僕は必要なんだろうか? 必要と、してもらえるんだろうか?

 それは、漠然とした不安。セシリア様が簡単に誰かを見捨てるような人ではないと、今までの会話から十二分に伝わっていたけれど、僕は「道具」だから。いつ、棄てられるか分からない。そんな漠然とした不安が、常に付きまとっていた。


「ノヴァーリス」


 セシリア様の梢が揺れるような優しい声が、僕の名を呼ぶ。

 優しさを綺麗なレースで包んだ、日溜まりのような、優しい声。

 その声で名を呼ばれるだけで、僕には本当は価値があるんじゃないかと錯覚しそうになる。

 僕の神様。僕だけの神様には決してならない、女王陛下。


 でも、僕の神様は、決して本当の「神様」ではなかった。

 身の丈より大きな毛虫の魔物に遭遇した瞬間、目にも留まらぬ速さで炎属性の固有スキルを発動させた彼女は、毛虫の魔物諸共周囲一帯を炎で呑み込み、その端っこで蹲って泣いている。

 確かに、突然目の前に現れた毛虫の魔物には、僕も驚いた。

 しかし、咄嗟とは言え泣きながら炎属性の固有スキル……この威力からいって、上位スキルであろう炎を操るセシリア様に、もっと驚いた。

 オパールの輝きを切り取った美しい瞳が、涙で揺れる。毛虫を怖がって泣く姿は、ただの「女の子」に見えた。

 こんな完璧な人にも、苦手なモノはあるのか。

 それが僕の率直な感想で、セシリア様にも「苦手なモノ」があるという事実が、無性に嬉しかった。

 凛と強く立つ、僕の女王様。でも、毛虫が苦手で、泣いて蹲って怖がる、僕が護るべき、女の子。

 そんな、怖がって蹲っていた女の子が、僕が差し出した手を取り、立ち上がる。たったそれだけの事なのに、確かに「僕を頼ってくれている」と感じられる行為が、ひどく嬉しくて。

オパールの瞳から零れ落ちる涙も綺麗だったけれど、僕に呆れられていないかと不安そうに僕だけを見上げるその瞳は、もっと綺麗だった。

 呆れるなんて事、絶対にないのに。

 不安そうに揺れる、虹色の瞳。

 ああでも、優しく細められた温かい輝きの中に僕を映す瞳の方が、もっとずっと好きだな、と思った自分に、僕自身が驚いた。

 だって、セシリア様は、時たま僕を見てひどく悲しそうな顔をなさる。

 今にも泣きだしそうな顔より、嬉しそうに笑ってくださる顔の方が、胸のあたりが温かくなるから。

 砕けた口調で僕に話しかけ、笑うセシリア様はまさに年相応な少女で、僕の胸がほんわりと温かくなる。

 ああ、ああ。

 僕は、この人を護りたい。

 泣いて蹲る事がないように。

 いつだって、太陽のような笑顔で、笑っていてくださるように。

 それが「道具」としての僕の役目。

 流石にセシリア様提案の《熱量感知》を成功させた時に頭を撫でて頂けたのは予想外だったけれど、「私のノヴァーリス」と言う言葉が、泣きたくなるぐらい、嬉しかった。


 真っ赤に染まる夕日の中、セシリア様の手を取って、山を下る。

 繋いだ手が温かくて、でも、僕が思っていたよりずっと小さくて、何故だか、顔に熱が集まった。


 翌日も、魔石を探し、アジット山脈を歩く。

 《熱量感知》によって探り当てた洞窟は、確かにこの場にはある……だがそれは、遥か崖下の話だ。

 熱量を感知するという事に気を取られ過ぎて、地形の把握が不十分だった自分を呪う。

 せっかく昨日、セシリア様から「私のノヴァーリス」とお言葉を頂けたのに。

 こんな体たらくでは、役立たずと棄てられても可笑しくない。

 底なし沼のような絶望が、足元からせり上がってくるようだった。

 しかし、僕の顔を見て何を思ったのか、セシリア様が徐に僕の手を取り、ニコリと微笑む。


「舌、噛まないでね?」


 え? と返した時には、僕諸共、崖下へと落下していた。


 ふうわりと、鉄属性の固有スキルであろう重力操作を発動させ、セシリア様と僕の身体が、崖下の岩肌に羽のような軽さで着地した。

 あまりの出来事に呆然と座り込む僕を尻目に、セシリア様が太陽なような笑顔で笑う。

 僕の失敗すら楽しんでみせるセシリア様の姿に、昨日僕が感じた「脆さ」は全く感じられなくて、思わず困惑の声を零してしまった。


 その後、セシリア様に置いて行かれそうになった時は、本気で焦った。

 役立たずだと、棄てられるのだと思ったから。

 しかしセシリア様は、ただ僕の体調が心配なのだと、眉を下げて謝ってくる。

 何故か僕が「高い所が苦手」なのだと勘違いしていらっしゃったが、魔鉄道で仰っていた「僕を大切にする」というお言葉は、どうやら本当であったらしい。

 なんだか、くすぐったい感覚だった。

 今度こそ役に立とうと意気込む僕に、セシリア様は十分貢献して貰っている、と、笑う。

 こんな不甲斐ない僕の事を「私の頼もしい騎紫」とまで仰ってくれて。

 優し過ぎると、思った。

 でも、こんなに優しい人が統治する国を、僕が傍で見れるのだと思うと、とても誇らしかった。


 洞窟内に踏み入れば、セシリア様の深いお考えに僕は感心させられるばかりで。

 キラキラと輝く魔石が、セシリア様の小麦色の髪を照らす。

 オパールの輝きを宿す瞳が魔石の光に反射して、キラリと煌めいた。

 無数の魔石の中で、セシリア様はまるで人形のような美しさを放っていた。しかし裏腹に、屈託ない笑顔で笑い、歩みを止めない。

 その笑顔に、僕も自然と笑みを返してしまう。

 そんなやり取りが、何故だか無性に、嬉しかった。



 暫く歩くと、広くドーム状に拓けた場所に辿り着く。

 岩々の隙間から染み出た岩清水が行き着く先。円状に広がる地底湖の真ん中に、その魔石は雄大に佇んでいた。

 初めて見るその大きさに、唖然とする。

 セシリア様が、これは距離感も狂う。ノヴァーリスは何も悪くない。と優しい言葉を掛けてくださる。

 セシリア様のお言葉に甘える訳ではないが、実際、見上げるほど高く聳える魔石を見て、「確かに」としか思えない自分が居た。

 遠くを見ながら「何も、見ていない……」と呟く彼女に、恐る恐るアルテ湖の魔石で満足出来るのか問えば、即答で「無理」の答えが返ってきた。

 この輝きを見てしまった後では、鉱石としての質もアジット山脈で採れる魔石には格段に劣るアルテ湖の魔石など、小石も同然だろう。僕も全面的に同意を返すと、決意を固めたように、セシリア様が魔石を見上げた。


 単身湖の中に入ろうとするセシリア様に共を申し出るも、最もな理由で断られてしまう。

 確かに、水に足を捕られた状態で魔物に襲われたら、咄嗟の反応が遅れる。

 魔石採取は元々女王の仕事だと笑う彼女に、結局僕は何も言い返せなかった。


「背中を任せます」


 それでもセシリア様は、不甲斐ない僕にそう言ってくださる。

 絶対防御の要。氷の騎紫。

 僕がそう足りうると信じて、仰ってくださる。

 それがひどく、ひどく嬉しくて。絶対にこの人を護らなければと、強く思った。




 エクストラスキルの《識別》を発動させ様子を見守っていたが、セシリア様は雷属性の属性固有スキルと、それとは別に、無数の糸のような魔力を展開させ、巨大な魔石から何かの残骸を取り出していく。

 山と積まれた残骸を炎属性の固有スキルで燃やし、僕の名を叫ばれた。

 昨日の毛虫の魔物に遭遇した時、彼女の炎を僕の氷で消した事を思い出し、咄嗟に《永久氷牢》を発動させ、燃え上がった残骸諸共、炎を凍らせる。

 パキンと砕けた氷には目もくれず、彼女は汗を流しながら作業を繰り返していた。

 僕の目から見ても明らかな程、魔石の純度が上がる。

 その刹那、セシリア様からあふれ出す魔力が、ぶわりと跳ねあがった。


「っ!?」


 息を呑んで、身構える。

 《識別》で周囲を見回したが、異変は見当たらなかった。あるとすれば、今なお中央に佇む、魔石だけ。

 セシリア様からあふれ出した魔力が、あの巨大な魔石に全て、吸われている。


「セシリア様!」


「来ないで!!」


 気が付けば、彼女の名を叫んでいた。

 今すぐお傍に行かなければ。あの魔石から、彼女を離さなければ。

 しかし、セシリア様の鋭い声によって、僕の足はその場に縫い付けられる。

 来るな、と、彼女は言った。

 だったらその言葉に従うのが、僕の役目だ。

 なのに、こんなにも胸が苦しい。こんなにも、息がし辛い。

 ぎり、と、手袋越しの爪が、手のひらに食い込む。だけど、全く痛みは感じなかった。

 ただ、この場で苦しそうに顔を歪めるセシリア様のお姿を見ている事しか出来ない事が悔しくて、歯がゆくて。

 同時に、何故彼女は、ここまでするんだろうと、疑問に思った。

 昨日小さな魔石を集めていた時は、何か実験をするのだと仰っていたが、それは、この事だったのだろうか?

 成功したら僕に教えると言ってくださったが、あんなに魔力を取られたら、彼女が死んでしまう。

 そう考えただけで、足元が崩れ落ちるような恐怖に襲われる。

 どうしてセシリア様は、自分の命を危険に晒してまで、あんな事を?

 確かに、この魔石は素晴らしい。でも、きっとこんな事をする必要なんてないのだ。

 炎属性の固有スキルで一部を燃やし溶かして切り離すなり出来る筈なのに、何故。

 そして同時に、彼女はきっと、決して自分の為にこんな危険な事をする人ではないのだと言う事も、ぼんやりと理解していた。


「っ……」


 セシリア様には、命を懸けてまで成し得たい「何か」があって、それはきっと「誰か」の為。

 セシリア様にそこまで思われる「誰か」の事を、殺したいぐらい、憎いと思った。


「いい、から! 私に、従いなさい!」


 ぶわり、と。

 一層強く魔力を放出させ、セシリア様が吠える。

 その言葉に魔石は一層強く輝きを増し、パキリと音を立てて、高い場所から2つ(・・)の魔力の塊が落ちてきた。

 ぼちゃん、と湖に沈んだ其れを、呆然とした様子でセシリア様が見やり、手を伸ばそうとした、その瞬間。

 限界値をとっくに超えていたのだろう身体が、力を失った。

 まずい、と思ったのは、もう手を伸ばせば彼女へ届くか、届かないか、と言った距離にまで、駆け寄った時だった。

 バシャッと水が跳ねる。

 取られそうになる足を必死に動かし、セシリア様の元へ向かう。

 ぐらり、と。彼女の身体が傾いだ。


「セシリア様っ!!」


 腕を限界まで伸ばして、力を失った彼女の身体を抱き留める。

 大きな音を立てて、背中から湖の中に倒れ込んだが、不思議と痛みは感じない。

 僕の腕の中でぐったりと力を失ったセシリア様に息がある事だけ確認して、暴れる心臓をそのままに、その細い身体をぎゅう、と抱き締めた。

 その時初めて、自分の身体が震えていた事に気付く。

 セシリア様を、失うかもしれなかった。そんなどうしようもない恐怖が後から後から込み上げてきて、僕はみっともなく涙を流した。


 今の僕では、この人を護れない。

 それどころか、背中を任せてもらった筈なのに、肝心な事の一つも、話してもらえない。

 セシリア様は「誰か」の為にこんな無茶をして、セシリア様にこんな無茶をさせる「誰か」の事を、ひどく憎く思うと同時に、どうしようもないぐらいこの優しい人に想われている「誰か」が、無性に、羨ましかった。


 強く、なろう。

 この人と、この人が此処まで心を砕く「誰か」ごと、全部、全部僕が護れるように。

 僕に在るのは、痛みと、苦しみと、紫色の闇だけ。

 そこに今日、悲しみと、悔しさが加わった。セシリア様が、初めて僕に教えてくれた感情。きっと僕を、もっともっと強くしてくれる、感情。


「僕が……僕が、必ずお護り致します……」


 だからどうか、僕をお傍に、置いてください。


 腕の中でぐったりと気を失ったセシリア様を抱き上げ、落ちてきた魔石を回収する。

 洞窟を出て、氷で足場を創り、崖を登っていく。

 びしょ濡れになって戻ってきたセシリア様と僕にリーヴァ村の人は酷く驚いていたけれど、事情を説明する気にはなれなかった。

 瞳を輝かせ、あの美しい洞窟を「天然記念物に指定したい」と言ったセシリア様の顔を、思い出してしまったから。

 僕は曖昧に笑って、川に落ちてしまって……と苦笑を浮かべる。

 アジット山脈には大きな渓流があるので、村の人はすんなり納得してくれた。



 セシリア様が目を醒ましたのは、それから三日後の事だった。



閲覧、評価、ブクマ、誠にありがとうございます。

次か次の次ぐらいで、魔石採取編、一区切りの予定です。


ノヴァーリスは相変わらずノヴァーリスです。

まだ恋心と言うより、子供の執着レベル。

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