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本編1-13


 アジット山脈の秘境で見つけた極彩色の輝きを放つ魔石は、とても持って帰れる大きさではない。

 しかし、かと言ってこの輝きを見てしまった後だと、アルテ湖の東南方面に広がる湿地帯で採れるAランクの魔石の質で満足出来るとは到底思えない。

 だがしかし、何って、こんな、例え杞憂であったとしても、もしこの場から全て砕いてしまったら世界が滅ぶのでは? と心配になる大きさの魔石は、要らないのだ。

 ちょっと現実逃避して回れ右しそうになったが、私が求める魔石としては、十分過ぎるほど申し分ない。なので理想としては、端っこをちょっとだけ削ってお持ち帰りしたい。


「魔石は採取した人間の魔力によく馴染むって話だし、ちょっと湖の中に入ってみる。もしかしたらあの魔石の欠片とかが落ちてるかもしれないし」


「僕もお供します」


「いやいや。二人して水の中とか、万が一魔物が襲って来たら洒落にならないから。ノヴァーリスは外の方を見張ってて。大丈夫。この地底湖、そこまで深くない」


「しかし……」


「それにほら、これは元々私の仕事だしね」


「……畏まりました。御身は必ず僕がお護り致します。無事のお帰りを」


「ありがとう、ノヴァーリス。背中を任せます」


 恭しく騎士の礼を取るノヴァーリスに笑みを向け、私も女王の礼で応える。

 ドレスじゃないから恰好つかないが、ひどく嬉しそうに笑ったノヴァーリスを見て、どうやら正解だったらしいと大きく頷いた。


 湖の淵に立ち、上着とブーツを脱ぐ。ソックスガーターを外してソックスも脱いで、7部丈のトラウザーズは膝上まで捲り上げた。

 湖の中にそっと足を踏み入れれば、深さは大体膝下まで。服が濡れる心配はしなくてよさそうだ。

 水中のプランクトンも何もかもを中央の魔石が吸収してしまうのか、湖の底に苔はない。ただただ透明な水は、魔石の放つ輝きを受け、極彩色の輝きを躍らせていた。

 ザブ、ザブ、と音を立て、ゆっくり魔石の方へ向かって歩く。

 水が足に纏わりついて、ひたすらに重い。岩肌や魔石の欠片で足でも切ったらノヴァーリスが卒倒しそうなので、自分でもびっくりするぐらい慎重に足を運んだ。


 そこまで距離はないと思ったが、水の重さと、かなり慎重に歩を進めたせいで、魔石の前に辿り着いたのは、湖に入って5分程経った時だった。

 高く聳える魔石を見上げ、そっとその表面に触れる。

 確かな熱が、手のひらからじんわり伝わってきた。そして同時に、魔力(エーテル)が吸い取られている事にも気付く。

 タイサンが言っていた「馴染む」とは、矢張りそういう事かと、得心がいった。

 深呼吸をして、魔石に両手をつける。


「……よし、やりますか」


 現実逃避して回れ右しそうになった少し前の私に言いたい。

 初めから腹を括ってしまった方が、多分、幾分かマシだと。



 今朝、とりあえずと思って実験をして良かったと思いながら、エクストラスキルの《分離》を発動させる。あの時と要領は全く一緒で良い。

 魔石が含有する魔力と不純物——吸い取った魔力の残骸などを張り巡らせた自身の魔力で網に引っ掛けるように分別して、含有魔力と不純物を《分離》させていく。

 簡単に言えば、ろ過作業だ。

 小さな魔石なら《分離》させた後の残骸もとても小さな物だったので特に何もしなくても自然消滅してくれたが、流石にこの大きさとなるとそうもいかない。

 雷属性固有スキルの《時空間転移》を発動して、《分離》させた不純物を片端から魔石の外へ飛ばしていく。かなり神経を使う作業だ。筆ペンでアタリをつけずに一発本番艶ベタをするより神経を使う。一歩間違えると魔石ごと消滅させそうで、緊張のあまり冷や汗が頬を伝った。

 とうとう山積みになってきた不純物を、いったん《時空間転移》を解除して《大煉獄》で燃やす。属性固有スキルは同時発動出来ないと、アジット山脈での魔物狩りで既に学んでいる。


「ノヴァーリス!」


「畏まりました」


 ごう、と燃え上がった炎が一瞬で山と積まれた残骸達を燃やし尽くし、私の声にノヴァーリスが《永久氷牢》を発動させ、炎を消していく。

 背中を向けたままで碌に指示どころか、名前を叫んだだけの私の意図をくみ取ってくれるとか、流石ノヴァーリスだ。

 その後も含有魔力と不純物の《分離》を繰り返し、高く聳える魔石の中から不純物がなくなった段階で、そっと私の魔力を注ぎ入れる。今度はエクストラスキルの《融合》と、絶対継承スキルの《調和》を発動させ、魔石が本来持っていた純度100%になった含有魔力と、私の魔力を《融合》し、《調和》させていく。


「ぐ、うぅっ……!」


 いまだかつてない程、魔力を「吸われている」と実感する。

 《創造創生》で試作を繰り返していた時も、泣き喚きながら《大煉獄》を発動した時も、山の中で《大煉獄》と《絶対重力磁場》を繰り返し使用した時も、ここまで魔力を消耗したりしなかったのに。

 全身からぶわっと汗が噴き出る。油断すると、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだ。


「セシリア様!」


「来ないで!!」


 心配してくれたのであろうノヴァーリスに鋭い声で返し、私は流れる汗もそのままに、目の前の魔石を睨みつけた。

 これだけの力を持つ魔石なら、そのほんの一欠片であろうと、絶対に《預言者》が見せた最悪の未来を覆す為の一手になる。

 タイサンが「魔石は最初に採取した人間の魔力によく馴染む」と言った時から、それは可能性として視野に入れていた。

 「最初に採取した人間」の「魔力」が「よく馴染む」のは、採取する際、その人間の魔力が、魔石の中に流れ込むからではないか、と。


 元々魔石が持つ含有魔力や不純物がある為、流れ込む魔力の量はそこまで多くないのだろう。だからこそ強い力を持つ筈の「女王陛下」が魔石を採取しても、総てがSランクになる訳ではない。天然物であるが故、というやつだ。

 しかし、私のエクストラスキル、《分離》と《融合》を使えば、話は変わってくる。

 不純物を《分離》で取り除き、魔石の含有魔力と自分の魔力を《融合》させる。それだけでは魔力同士が馴染まず魔石が砕け散る可能性もあるが、私には絶対継承スキルの《調和》がある。

 二つの魔力を《調和》させ、完全に馴染ませることで、元々鉱石としても質の高い魔石であれば、クズ石と呼ばれる大きさの物であろうと、人工的にSランク相当の魔石の精製が可能——それが、今朝行った実験の答えだ。

 それを検証する為に、クズ石と言われる小さな魔石まで集めに集めた。まだ検証途中ではあったが、今朝の実験があったからこそ、私は迷う事なくこの魔石に魔力を注ぎこめる。


 総ては、ノヴァーリスが死ぬ「最悪の未来」を回避する為。

 あの時《預言者》が見せた未来では、ケームと寸分違わず、セシリア(女王陛下)は自身が持つ総ての魔力を使い果たし、消滅した。

 ならば、より強い力を、魔力を持った物質があれば? それを、大量にストック出来たら?

 セシリア()と同等、またはそれ以上の魔力があれば、あの時展開されていた術式は破れる。だったら、大量の人工魔石を創ればいい。私には、それが出来るスキルがあるのだから。

 勿論、既に出回っている魔石のレート価値を下げてしまうので、世に流出させるつもりは微塵もない。

 だが、可能性の一つとして、申し分ない仮説だと思った。

 鉱石としての質自体が低いAランク程度までの魔石では、恐らくセシリア()の魔力に耐え切れず、割れてしまうだろう。

 だからこそ、セシリア()の魔力に耐えられる質を持つ魔石があるだろうアジット山脈まで足を運んだ。

 ……ここまで大きな特上Sランクの魔石に魔力を注ぎ込むことになるとは、流石に予想していなかったけど。


 元々持つ魔力だけで、国宝を飛び越え世界の護り手と言われても信じてしまうレベルの、巨大な魔石。

 それに私の魔力を《調和》させれば、あの未来への《抑止力》とするのに申し分ない。

 多少どころか大分無理をしてでも、此れは手に入れなければ。

 その一欠片。完全に《調和》がなされたこの魔石なら、きっと一欠片だけでも十分な魔力量になる。


「っ……いい、から! 私に、従いなさい……!!」


 それは、ひどく傲慢な言葉だった。

 それでもそれが、決定打だった。


 目を焼きそうな程眩い輝きが一瞬洞窟全体を満たし、すぐに収束する。

 そして少しの(のち)、パキン、と。

 見上げる程大きな魔石の一欠片が、割れた。

 それは私の顔より一回り大きいぐらいの、一層極彩色の輝きを増した、セシリア()の魔力が完全に調和した、魔石だった。


「……やっ、た……?」


 極彩色の輝きを増し、一層光輝く魔石から手を放す。

 ぜえぜえと肩で息をしながら湖の中に落ちた魔石の欠片を拾おうとしたら、ぐらりと身体が(かし)いだ。

 あ、やば。倒れる。

 水面に身体を叩きつける覚悟を決め反射的に目を閉じると、悲鳴にも似たノヴァーリスの声が飛んできた。


「セシリア様っ!!」


 ぐっと、力強い腕に抱き留められる。

 顔を真っ青に染めて、湖の中私を抱き留めたノヴァーリスに、へにゃりと力のない笑みを向けた。


「あ、ははっ……魔力殆どカラだわ。どんだけ持っていったの、この魔石」


「……あれが、昨日仰っていた実験、ですか?」


「うん、そう……だいぶ、予想外、だったけど……」


 私だって、流石にあの大きさは想定外だった。


「何故、あのような無茶を!」


「やりたい、ことが、あるから……それは、私の、自己満足、だから……」


「どうして、僕に仰ってくださらないのですか」


「うん、ごめん、ね……ノヴァーリス」


 だから、泣かないでよ。私は、君の幸せそうに蕩ける笑顔が見たいんだから。その為に、こんなに頑張ったんだよ。

 そう続く筈だった言葉は、深い泥のような意識に呑まれて、紡がれる事無く、宙に溶けた。





閲覧、評価、ブクマ、誠にありがとうございます。

魔石採取編、ラストスパートです。

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