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鏡に映る少女……いや、美少女の顔を覗き込んで、私は数回瞬きを繰り返した。
大きな瞳を縁取る濃い金色の睫毛。
少しふっくらとした顔立ちは年頃の少女特有のまろやかさでカーブを描いているが、しかし将来は確実に傾国もかくやと言わんばかりの美女に成長するだろう。
成長する事を、《私》は知っている。
中世ヨーロッパと剣と魔法の世界を組み合わせた恋愛ゲーム。「七騎士と虹色の姫」に出てくる女王様を少しばかり幼くしたら、ちょうどこんな感じになる筈だ。
七色に煌めく不思議な光彩を持つ瞳は、この世界に存在する七つの魔力、その総てを身に宿した《全属性》の証。
ゲームタイトルにある「姫」は私ではない。平民の無属性の女の子だ。
舞台は中世ヨーロッパ風の国。アルカンシエル王国。
フランス語で「虹」を意味する国は、その名の通り、七色の結界によって護られた平和な国だ。
国を守護する結界の要である女王と、七つの属性、それぞれの魔力を最も高く有する「七騎士」が護る、女王選抜制の国。
今代の女王が力を失い退位すると、次代の女王が神託により選ばれる。その際に選ばれるのは、必ず全属性の者であった。
主人公は突然、無属性から全属性へ転換する前代未聞の可能性を現し、王宮へとやって来る。
魔力属性の頂点である「七騎士」や「女王様」と過ごし、魔力を安定させる為に。
しかし彼女が女王宮へやって来た日、突然《咎モノ》と云われる敵に襲われる。
《咎モノ》は瘴気の強い場所から発生し、人々の恩讐の念に引き寄せられる、禍を呼ぶモノ。禍々しい咆哮を上げ主人公に迫る《咎モノ》は、しかし七騎士の手によって退治された。
それからは《咎モノ》の発生が王都内で相次ぎ、主人公は魔力を安定させる為にも七騎士と行動を共にし、《咎モノ》を退治して回って、各属性の魔力が宿った魔石を回収して、特定の属性値やスキルを上げていく。
その際、護衛として主人公に同伴してくれている七騎士達と様々な困難を乗り越え、彼等との絆を、愛を育んで行く、RPG要素も兼ね備えた内容だ。
そして彼女は、総ての事件が終結した後、全属性として覚醒し、女王となって守護の象徴となるのだ。
一晩と言わず三日魘されて得た知識は、所謂「前世でプレイしたゲームの記憶」と言われる物だった。
この場合、本当に前世と言って良いのかすら解らない。
あの結末が認められなくて、自分でも気付かないうちに二次元の世界にダイブしてしまったのだろうか。
「……そんな馬鹿な」
本当に馬鹿か。そんな訳ある筈ないでしょう。と自分に突っ込みを入れる。どうやら私自身、相当疲弊しているらしい。
だが、この十五年何も思い出さなかったのにどうして突然、と思案して、一つの可能性に行き着く。
「ノヴァーリス・センティッド……」
彼と顔を合わせたからか。はたまた、女王の証がこの背に浮かび上がったからか。
ノヴァーリスはゲームに登場した主要人物の一人であり、私の好きな声優さんが声を充てていたキャラクターだ。
将来の彼は柔和な笑顔に穏やかな物腰。優しくも頼もしい、七騎士の一人であり、団長だった。
ゲーム上の敵である《咎モノ》から、主人公のピンチを何度となく氷の障壁で救ってきた、絶対防御の要。難攻不落の氷の要塞。鉄壁の騎紫。
そう。タイトルにもある「七騎士」の一人。そのくせ、攻略対象ではない。隠しキャラですらなかった。
その事実を知った時、私は思わずポータブルプレイヤーをぶん投げそうになった。タイトル詐欺は良くない!
しかも、全ルートで必ず彼は自害する。全攻略対象のベストエンドルートだろうがお構いなしだ。せめて攻略対象でなくても、彼が生き残る大団円ルートは無いのかと総てのキャラルートをクリアし、真相ルートを開いたが駄目だった。
ノヴァーリスは必ず「貴女の居ない世界に、意味などない」と涙を流し微笑みながら、氷の刃を自身に突きたてる。
そのシーンは女王が世界を救う為に自身の全魔力を放出して世界を廻るエーテルへと消滅した後で、そこまで女王に忠誠を誓い陶酔していたとは……と思っていたのだが……。
「確実に電波女って思われてそう……」
忠誠どころの話ではない。
初対面の筈の人間に、しかも泣き笑いの表情で「今度こそ幸せにします」なんて言われたら、私は間違いなく引く。ドン引く。
ヤンデレかメンヘラを疑って、出来れば二度と近寄りたくない。
しかし盛大にやらかした私にとっても、初対面でやらかされたノヴァーリスにとっても悲しい事に、お互いの立場がそれを許さない。
今代の女王陛下の退位が、近いのだ。
緩やかに女王としての能力を失いつつある彼女は、いずれ「女王陛下」ではなくなるだろう。
女王選抜制の国であるこのアルカンシエル王国は、今代の女王陛下が力を失うと、全属性の少女が神託によって次代の女王陛下が任命される。
その為、全属性の力を持って生まれた少女には、よほどその魔力量が少なくない限り、女王教育が施される。貴族であれば専任の家庭教師を雇って。平民であれば、専門の学園に通って。
とは言え、この国での女王の主な仕事は結界の維持。そのため政治・経済・帝王学などは女王に就任してから基礎知識を教えられるぐらいで、主に学ぶのは、全属性の力の使い方と淑女としてのマナー全般。
もちろん、全属性――それもかなり強い魔力を持っていたセシリアも、力の使い方を覚えるべく日々淡々と励んでいた。
そして、次代の女王陛下に任命された。
灼けるような熱と共に、背に浮かんだヘリオトロープの蕾の痣は、全部で7色。
紫、藍、青、緑、黄、橙、赤――虹の色だ。
それぞれの色を戴く七騎士が、女王陛下に心からの忠誠を誓う事で、まだ蕾のヘリオトロープが花開くらしい。
そう、私こと、セシリア・メヌエット・エグランディーヌは、まだ非公開ではあるが、神託によって選ばれた次期女王であり、そして私にうっかり電波発言をされたノヴァーリス・センティッドは、将来の七騎士団長、騎紫なのである。
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