本編1-12
そこは、隆起した山々の間。少し奥まった場所にあった。
ぽっかりと口を開けるように、岩陰に隠れていた入口を発見し、中を覗き込む。
「どう?」
「……少なくとも、魔物と思われる魔力の熱量は感知できません。ただ、かなり広い範囲で高密度の魔力熱量は感知しましたので、もしかしたら魔物の熱量がかき消されているかもしれません」
「高密度、ねえ……。なら、ノヴァーリスの地形把握にズレが生じたのも、そのせいかも」
「面目次第もございません……」
「怒ってないし、呆れてもないからね? 私の方こそ、崖下垂直落下はやり過ぎたと反省してます、ごめんなさい」
すぐ調子に乗るのは私の悪い癖と自覚しつつも、面白い事には全力投球な性格は、もう今更直せない。
ただ、今度から問答無用でノヴァーリスを巻き込むのはやめようと、強く心に誓った。
この子は私と違って繊細でした。
何かを言いたげに口を開閉するノヴァーリスを見上げ、にこりと微笑む。
うんうん。大丈夫。もう巻き込まないって。反省してます。
「じゃあ、行ってくるね」
「……え? あの、まさか……お一人で行かれるおつもりですか?」
え? 何でそんな今にも死にそうな顔してるの? 大丈夫? 気持ち悪い?
矢張り崖下垂直落下は繊細なノヴァーリスに刺激が強すぎたかと、眉を下げこくりと頷いた。
「だってノヴァーリス、顔色が良くないし……ごめんね、気付いてあげられなくて。そんなに高い所、苦手だったんだね……反省してます。気分が悪いなら、此処で休んでて? でも、いつ魔物が来るかもわからないから、大丈夫だとは思うけど、そこだけ気を付けてね」
「はっ!? え、あの、セシリア様!? 僕もお供しますので!」
「ダメ。体調悪いんでしょう? 顔真っ青じゃない。私一人で大丈夫だから、此処で休んでて。自分を大切にして」
「そ、れは……! セシリア様に呆れられて、置いて行かれるかもしれないと思ったら、その……不安、に、なってしまって……」
「……」
……はああああ? ちょっと待って。何この子可愛いんですけど。
真っ青な顔から一変、頬を赤く染め、もごもごと言い辛そうに言葉を紡ぐノヴァーリス。
思わず両手で顔を覆って天を仰ぎそうになる。
可愛い。優勝。変な声が出そうになったので、咳払いで誤魔化した。
「……本当に、崖下に落下したせいで気持ち悪いとか、めまいがするとか、そういった体調不良はない?」
「はい。心の準備が全くできていなかったので驚きはしましたが、体調は万全です」
「それについては私が全面的に悪いですごめんなさい。……ん、じゃあ、行こうか?」
「今度こそ、お役に立ってご覧に入れます」
「もう十分貢献して貰ってるよ。私の頼もしい騎紫様」
「……セシリア様は、お優し過ぎます」
「そんな事ないって。普通、普通」
「……」
そう。私は普通。
人間誰しも、好きな人には優しくしたいものでしょう。好きの感情を全く別のベクトルに発揮させる少数派の人も居るんだろうが、私は優しくしたい派だ。
ああでも、ノヴァーリスを揶揄うのは楽しい。薄っすら張った氷のように無機質な笑みじゃなくて、素で慌てるとても人間らしい姿が見れるから。
これって嗜虐趣味に入るのかなあ、と一人思案して、薄暗い洞窟の中にノヴァーリスと二人、足を踏み入れた。
「おお……」
「これは……」
「綺麗」
「ええ。とても美しいです」
洞窟に入って早々、私たちを出迎えてくれたのは、無数の魔物——ではなく、無数に輝きを放つ、小さな魔石が連なった道だった。
互いが互いの光に反射し、キラキラと輝きを放つ。一つ一つはとても小さな物だったが、洞窟内の魔力を十二分に吸収しているのか、放つ輝きはとても強く、美しい。
ゴツゴツとした岩肌から染み出した岩清水が小さな清流を作り、水面に反射した魔石の輝きは、まるで万華鏡のようでもあった。
まさに、秘境。
崖の下にあり人は寄り付けず、清らかな岩清水が流れ続けている事が簡易的な結界の役割を担っているようで、力の弱い魔物も寄り付かない。
力の強い魔物は逆にアジット山脈の山頂付近を根城にしているらしいので、まさしく、天然の要塞が作り出した、魔石の穴場だ。
「凄い……天然記念物に指定したい……」
「てんねんきねんぶつ……?」
「学術的にも貴重で、自然が作り出した神秘を、人間の手で壊さないように国が管理、保護しましょうって法律を、作りたい」
まあ、アルカンシエル王国の女王にそんな権限はないので、ただの夢物語なのだが。
「素晴らしいお考えです」
しかし、そんな権限がないと解り切っているだろうに、ノヴァーリスは私の夢物語を聞いて、優しく笑ってくれる。
「まあでも、そんな法律が本当に出来たら私たちは此処から魔石を持ち帰れないから、今のうちに目的の物を回収しようか」
「それが宜しいかと」
顔を見合わせて、二人ではは、と笑い合う。
そんなくだらないやり取りが、無性に幸せだった。
カツ、コツ、と靴音を響かせながら、奥へと進む。
小さな魔石は無数にあるが、私の顔の大きさ程の魔石となると、早々見つかるものではない。
幸いにも洞窟の中は一本道で迷う心配もなさそうだったので、見落としがないようにだけ気を付けながら、どんどん奥へ進んで行く。
カツ、コツ。カツ、コツ。二人分の靴音が反響する中、体感として20分程度歩いた先に、その場所はあった。
湧き出た岩清水の流れつく先。大きな円状に広がる地底湖の真ん中に、一層強く輝きを放つ魔石を見付け、私とノヴァーリスは足を止めた。
「……でっっ……かい……」
「……まさに、国宝級ですね……」
あんぐりと口を開け、地底湖の真ん中に聳え立つ魔石を見上げる。
本当に、見上げるレベルで、大きい。
国宝級どころか、この世界の護り手と言われても信じるレベルだ。
ぽっかりとドーム状に拓けた場所で、天井はかなり高い。……筈なのだが、推定5メートル——大体二階建ての家ぐらいの高さであろう魔石のせいで、距離感がおかしい。
長い、永い年月を掛けて魔力を吸収し続けたのであろうその魔石は、今まで見た事もないような極彩色の輝きを放っていた。
「……ねえ、ノヴァーリス」
「はい……この魔石全てを砕かずに持って帰ると、間違いなく国家間レベルの騒動が起こるかと」
「だよねえ……」
ノヴァーリスが感知した、「かなり広い範囲の、高密度の魔力熱量」は、間違いなくこの魔石だろう。
「これは……距離感も狂うよ……」
「……はい」
「ノヴァーリスは、何も悪くない……そして私たちは、何も、見ていない……」
「セシリア様……お気持ちは解りますが、この魔石を見た後で、アルテ湖の魔石で……その、ご満足出来ますか?」
「いや、無理でしょ」
「僕もそう思います」
「……どうしようね、これ」
それは、心の底からの呟きだった。
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次話、6/2の12時に予約投稿出来るように設定してみました。上手く出来るといいな。
引き続きどうぞ、よろしくお願い致します。




