本編1-10
魔石探索を始めてからだいぶ時間も経ったので、今日は一旦リーヴァ村に戻ろうという事で、登ってきた獣道を下っていく。
山間に沈みかけた太陽は真っ赤に燃えていて、あまりの眩しさに目を細めた。
「っ……とと、危な……」
「セシリア様、お怪我はございませんか?」
「うん。大丈夫。ちょっと足を滑らせただけだから」
綺麗だなあ、なんて呑気に考えていたのがいけなかったらしい。
無数に転がる小さな石に足を取られ、ずるっと滑る。転びはしなかったが、結構肝が冷えた。あのずるっと滑る感覚。前世でそのままお尻から転んだ記憶があるだけに、気を付けよう……と自分に言い聞かせる。痛み云々ではなく、あれは普通に恥ずかしい。
足元をじっと見つめ、そろりそろりと足を動かす私に何を思ったのか、ノヴァーリスが手を差し出してきた。
「お手を。下りは危険ですので」
「大丈夫だよ?」
「僕が、心配なので」
「……じゃあ、お言葉に甘えます。私が転びそうになったら、容赦なく手を放してね」
「御冗談を」
「……」
冗談じゃないんだけどなあ。ノヴァーリスを巻き込んで転ぶとか本当に洒落にならないので、私がうっかり足を滑らせた時は是非見捨てて欲しい。いや、そもそも私が足を滑らせなければいいだけか。
それにしても「僕が心配なので」って、狡いなあ。そんな風に言われたら、断れないじゃないか。
熱を持つ頬を誤魔化すように、ノヴァーリスの手を借りながら、足元を見る。前見ようよ、とは自分でも思うのだが、どんな顔をすれば良いのか解らず、結局村に着くまで、私は俯いたままだった。
毛虫の魔物とエンカウントしてから、なんだか可笑しい。
私もだけど、ノヴァーリスも。
魔鉄道の時とは明らかに違う態度に、私に向けられる視線に、どういう言葉を当て嵌めるのが正解なのか、全く判らない。
判らない事が、ひどく悔しくて。
結局「私」は、前世でやったゲームの「ノヴァーリス」の事を知っているだけで、今ここに居て、今を生きているノヴァーリスの事を全然知らないのだという事に、気付いてしまったから。
握られた手にぎゅっと力を籠めれば、ノヴァーリスも包み込むように握り返してくれる。
夕日に照らされた白月光の髪が茜色に染まって、後頭部で一つに括られた髪が、歩く度に光を反射して揺れる。
後ろから見た彼の耳が仄かに赤く染まって見えるのは、きっと夕日のせい。
ねえ、ノヴァーリス。貴方は今、何を考えてるの? 少しは自分が「道具」じゃないって、思ってくれてれば良いな。少しは、ほんの少しだけ、「女王陛下」じゃない「私」の事を考えてくれてれば、嬉しいな。
そんな事を言う資格も、願う資格もない私は、結局俯いたまま、口を噤んだ。
それから暫く無言のまま歩き続け、太陽が地平線に隠れる前に、リーヴァ村に到着した。
今日は村長のような存在の人のお家に、一晩厄介になる予定だ。
特に観光資源のないリーヴァ村に宿はないので、村で一番大きな家に泊めてもらうと言う事で話はついているが、やたら恐縮されてしまって、逆に申し訳なくなってくる。
「今日は一日、ご厄介になります」
「いえ。次期女王陛下に滞在して頂けるなんて、光栄の極みでございます! なにぶん田舎の為不作法があるかもしれませんが、ご容赦いただければ……」
「泊めて頂くのは此方なのですから、そんなに畏まらないでください。——ノヴァーリス。お世話になるのですから、貴方もご挨拶を」
「ノヴァーリス・センティッドと申します。セシリア様の御代において、騎紫を務める名誉を頂戴しております。我が主は慈悲深きお方ですので、どうぞ、お心を楽になさってください」
「そう言って頂けると、家の者も安心致します……。このリーヴァ村に次期女王陛下が魔石採取にいらっしゃるのは、もう数十年年ぶりの事になりますので」
「まあ。アジット山脈の魔石はとても質が良いのにですか?」
聞けば、歴代の女王達は、その殆どが安全な魔石の採掘場——東のアルテ湖の方へ行くのだそうだ。
アルテ湖から少し南に行った場所に、南東のナキアとの国境を跨いで広がる湿地帯があり、その辺りは殆ど人も魔物も寄り付かない。数は少ないが、比較的大きな魔石が採れるらしい。
まあ確かにアルテ湖は保養地としても有名だし、その風光明媚さで観光客も多いので、街道の整備もしっかりされている。歩けば魔物と中るようなアジット山脈より安全だろう。アルテ湖までは交通の便も良い。東南方面の湿地帯に行くのは少し厄介だろうが、何度でも言うがアジット山脈より遙かに安全である。
だが、その分魔石の質は、どうしてもアジット山脈には劣る。
湿地帯で採取出来る魔石はせいぜいAランクまでだろうが、このアジット山脈の魔石は例えクズ石だろうと、とても質が高い。
せっかく脳筋ゴリラステータスを持っているのだから、安全なんて二の次だ。私が居る場所が最も安全ぐらいの勢いなので、気にせず質を求めてアジット山脈まで来た。
私としてはたったそれだけの理由だったのだが、村の人がここまで喜んでくれると、申し訳ない反面、嬉しくもなってくる。
女王陛下が訪れた村、とか言われて、観光客とか増えれば良いのになあ。聖地巡礼的な。
そうすればリーヴァ村の物流の滞りだって解消出来るだろう。まあ、聖地巡礼スポットになるかどうかは、結局私の人気次第なので、あまり期待はしないで頂きたい。
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