本編1-9
「さて。じゃあ、魔石探しに行こう」
「はい」
兎にも角にも、今は魔石採取が優先だ。
安全確認の為私の前を歩くノヴァーリスに続きながら、周囲を見渡す。
特に、これと言った物は見当たらない。
ただ今の時刻は、前世で言う所の17時を少し過ぎたところだ。
今のアルカンシエル王国の季節は、春。残り1時間と少しで日が暮れる。日が暮れるまでにはリーヴァの村に帰りたいなあ、と呑気に考えながら、岩肌の地面を踏みしめる。
そして流石と言うか、魔力量が多いアジット山脈での魔物との遭遇率は、私が想定していたよりもずっと多かった。
最初の毛虫の魔物エンカウント事件までの30分間は全く魔物と出会わなかったのでそこまででも無いと思っていたが、どうやら山奥に踏み入れば踏み入れる程、魔物の発生率は上がるらしい。
魔物と出会うと、まずノヴァーリスが氷で周囲に氷壁を作り、私が炎か磁力で追い込む。
私が持つ八属性のうち、攻撃手段として用いれるのは炎属性の《大煉獄》と、鉄属性の《絶対重力磁場》の二つ。他は回復、特殊技能に極ぶりだ。言い訳としては、氷属性を防御特化にするつもりだったのに、習得出来なかった。
そしてこの炎属性と鉄属性、八属性の中で最も攻撃力が高い。
攻撃特化のスキルを凶器レベルに磨いたのが、この二つのスキル——つまり何って、攻撃は最大の防御と言う、典型的な脳筋の成れの果てだ。
しかもセシリアの身体機能のうち、攻撃力はMax。だいぶ加減しないと、毛虫の魔物のように消し炭にするか、ぺしゃんこにしてしまう。魔石を回収しに来た私からすると、それでは本末転倒なのでだいぶ頑張って出力を抑えた。
緑属性の《創造創生》で作った麻の袋に、魔物が落とした核、魔石を入れていく。
小さな魔物が落とすのは小指の先ほどの大きさで、「クズ石」と呼ばれるらしい。人の大きさぐらいの魔物が落とす核辺りから価値が付くらしいのだが、私は大きさ関係なくちげっては投げ、ちぎっては投げの感覚で魔物を倒し、大小さまざまな魔石を回収した。
余裕を持って大きく作った筈の麻袋が、既に半分ほど埋まってしまっている。
ずっとノヴァーリスに持ってもらうのも申し訳ないので、「持つよ」と声を掛けたのだが、断られてしまった。
うーん。紳士……。とふざけた事を考えつつ、素直にお願いすると、ノヴァーリスが嬉しそうに笑う。ふにゃっとした笑顔が、大変可愛らしかった。
が、タイサンから言われた大きさの、かつSランク相当の魔石はいまだ発見出来ていない。
天然物の魔石もいくつか見付けたが、歩いていて地面に落ちていた小さな物を回収したぐらいだ。
「私の顔の、半分ぐらいの大きさがあれば良いんだよね?」
「はい。トリス宰相閣下が提示された魔石の大きさはそのぐらいかと。Sランクとまではいかずとも、Aランク相当の魔石が見つかると良いのですが」
「あ、魔石発見。ノヴァーリス、これもお願い」
「畏まりました。……しかし、こんな小さな魔石を集めて、どうなさるおつもりなのですか?」
「んー。ちょっと、実験をね」
「じっけん……?」
「そう。成功したら、教えるね」
「……今では、いけないのですか?」
うん、ダメ。と返した私に、ノヴァーリスはしゅんと捨てられた子犬のような顔をする。あああああー。可愛いなあ。
今を生きているノヴァーリスに恋心を抱いてしまったのは先ほど痛感したが、それとは別に、前世の世界で推していた「ノヴァーリス」は偶像崇拝の対象だ。
私の中でオタク心と乙女心がせめぎ合って、だいぶ大変な事になっている。
萌えと恋心の発散場所を求め、拾った魔石をぎゅっと握る。このまま私の謎の衝動を吸い取ってくれれば良いのに、と思ったところで、ある事に気付いた。
「……あったかい?」
「魔石が、ですか?」
「微かに、だけど。熱を持ってるような」
「もしかしたら、魔石に内包している魔力かもしれませんね」
「魔力が熱源、か……」
私、感知系のスキル持ってないんだけどなあ。
内心で首を傾げつつ拾った魔石をノヴァーリスに渡すと、彼も右手の皮の手袋を外し、素手で魔石に触れた。
爪が綺麗に切り揃えられた指先が、つう……と滑らかな魔石の表面をなぞる。
「……確かに、少し熱を持っていますね。しかし、普通では感知できない熱量かと」
「氷属性を持つノヴァーリスと私だから、感知出来たって事?」
「恐らくは、ですが。僕もセシリア様に言って頂くまで気付きませんでしたので、氷属性であっても、意識していなければ気付かないと思います」
氷……つまり冷気を操る氷属性だから、わずかな熱量にも気づけたという事か。
だったら、と、ある可能性を提示する。
全体的に防衛特化のノヴァーリスなら出来る気がしたのだ。
「ノヴァーリス。エクストラスキルの《探知》に、熱量探知を加える事は可能ですか?」
「……やってみます」
前世でいう所の、サーモグラフィ。
ノヴァーリスの持つエクストラスキル《探知》は、このアジット山脈に来てからも大いに役立ったスキルだ。脳筋のセシリアにはない、細やかな所にまで配慮したスキル。流石です。
エクストラスキル《探知》は、その土地の形状、道幅、距離などが探知可能。魔力量によって調べられる距離が変わり、ノヴァーリスの場合、一回の《探知》で約半径10キロメートル程調べられるという。
左手の皮手袋も外し、瞳を閉じたノヴァーリスが、地面に手をつける。
どきどきしながらその様子を見守っていたが、暫くして、ノヴァーリスの瞼がゆっくりと持ち上がった。
「熱源を多数確認しました。大半は魔物かと思われます」
「っ……!」
出来た! この子本当に出来たよ!
目を見開いて、思わず拍手を送ってしまう。本当に出来るとは思ってなかったんだ、ごめん。
この世界に「熱量を探知する」という概念はないから、ノヴァーリスに斥候を任せたら冗談抜きで負けなしになる。熱の動きによって「静」も「動」も察知され、熱を持つ物体の数で人数も割れる。私の思い付きでとんでもないチートを爆誕させてしまった。
そして、ノヴァーリスのエクストラスキルが《探知》から《熱量探知》になったのは、言うまでもない。
「この場所から南東方面に約1キロ程行った場所に、小さな洞窟があるのですが、その中に魔物の物とは違う、大きな熱量を感知しました。恐らくですが、セシリア様がお求めになっている大きさの魔石があるかと思います」
「村の方々の魔石採取場とは、違う場所ですか?」
「はい。方向が真逆ですので、セシリア様が考慮なされているリーヴァ村の魔石採掘量に影響は与えないかと」
「そう、ですか……」
ほう、と息を吐いて、肩の力を抜く。無意識に仕事モードになっていた。
「流石、私のノヴァーリス!」
「うわっ!?」
正確には「女王陛下」のだけど、細かい事は気にせず、感情のままノヴァーリスの頭を撫でる。
少し背伸びをして撫でた銀糸はとてもサラサラしていて、零れそうな程目を見開いて顔を真っ赤にしているノヴァーリスに、ふすりと笑ってしまった。
本日2本目の更新になります。
未読の方はご注意ください。