本編1-7
5時間掛けて、魔鉄道が北の最終ターミナルであるリブートに到着する。
そこから馬車で2時間ほど走れば、最北の村、リーヴァへ到着だ。
西のチェーツィ、北東のアメルーアの国境にその裾野を広げる広大なアジット山脈は、上質な魔石の採掘が出来る鉱山として、アルカンシエル王国の中でも有名である。
が、魔石が上質と言う事は、その場に一定数以上の魔力が満ちているという事。
つまり、それに伴い魔物の発生確率もぐんと上がってくる。
リーヴァに住まう人々は、そんな魔物との付き合い方を学び、そして鉱山から毎年少しの魔石を採取し、日々の糧としていた。
人口わずか百名ばかりの小さな村の入り口から、アジット山脈の魔石採掘場までは、村の人の足で歩いて1時間だと言う。
村の代表を務める村長のような役割の人に挨拶をすませた私とノヴァーリスは、案内兼護衛をと言う言葉を断り、様子見がてら、アジット山脈に向け歩き出した。
アルカンシエル王国の北西から北東に掛けて裾野を広げるアジット山脈は、まさに自然の要塞だ。
険しく切り立つ断崖絶壁の数々。襲い来る魔物の群れ。この山を踏破しようと思えば、相当な時間が掛かるだろう。故に北側の交通網はほぼ遮断させているに等しく、北に住まう人たちがチェーツィかアメルーアに行こうと思うと、まず北西か北東へ向かう必要がある。
「自然の要塞とは聞こえが良いですが、不便ですよね」
「……そうですね。この山は魔物の出現率も高いので、土地勘のあるリーヴァの人々以外、殆ど立ち寄りませんし、それ故に、リーヴァの村は流通が滞りがちと聞きます」
「で、あるなら、尚更わたくしたちが彼らの貴重な資産である魔石を、彼らが作り上げた採掘場から頂く訳にはまいりませんね?」
「ま、まさか、その為に護衛を断られたのですか!?」
つい、にんまりと物語の猫のような笑みを浮かべてしまった。
目を白黒させるノヴァーリスは、私の言いたい事が理解出来たらしい。
流石優秀な子だよ君は!
「仮にも次期女王で、侯爵令嬢であるわたくしの護衛が、ノヴァーリス一人だという時点で可笑しいとは思わなかったのですか?」
「お、もい……ました、けど」
「まあ。可笑しいと感じつつもわたくしについて来てくださったのですね。心優しいわたくしの騎紫。ありがとうございます。さあ、魔石探索に出発です」
「あ、え、……ええ……?」
心の底から意味が解らないと言わんばかりの「ええ……?」に、つい、ノヴァーリスから顔を背け、ふすりと空気を抜くように笑みを零す。
今の! すごく! 可愛かった!!
内心で吹き荒れる萌えの暴風をなんとか鎮め、ノヴァーリスに笑みを向けた。
魔鉄道での会話を気にしていたようだったけれど、今は頭の上に疑問符を浮かべて、首を傾げている。
その様子に、ほ、と小さくため息を零した。
この子が道具? 今、首を傾げている「感情」を持ったノヴァーリスの、いったい何処が道具だと言うのだろう。
私が破天荒に振り回せば、ノヴァーリスはきちんと「感情」を表してくれる。
それが無性に嬉しくて、私は足取り軽くアジット山脈の山道へ足を踏み入れた。
脳筋ゴリラステータスのセシリアと、元々騎紫になる事を前提に鍛えていたのであろうノヴァーリスの歩みは、予想よりだいぶ早かった。逆に言えば、普通の護衛は足手まといになるだろうと思っていたから、宰相閣下から出た護衛の申し出も断ったのだが。
まあ、そもそも深窓の貴族令嬢は魔石探索なんて言い出さないか。
獣道と言える道を歩くこと、30分。
少し開けた場所に出た私たちの前に、ソレは現れた。
つい5時間ほど前、ノヴァーリスを壁ドンしちゃったよ! とか内心はしゃいでた私に言いたい。
その5時間後には、泣きながら《大煉獄》を発動する羽目になるよ、と。
ひゅ、と喉が鳴る。
「——ひ、……いやああぁあああぁぁあっ!!」
ソレを目視したのは、ノヴァーリスとほぼ同時だったと思う。
岩肌がむき出しになった、少し開けた場所。
ぬう、と姿を現したのは——白い体毛でその身を包んだ、見上げる程大きな、毛虫の魔物であった。
ぞぞぞぞぞっ! と、背中に悪寒が走る。
笑みを浮かべる余裕も、ネコを被る余裕もなく、私は無意識に《大煉獄》を発動させていた。
ぶわっと涙が滲む。引き攣る喉で悲鳴を発し、最早脊髄反射と言って良いレベルの速さで、毛虫——対象を焼き切る。
ごう、と灼熱の業火が地面を舐めた。
澄み渡る蒼穹に木霊した私の悲鳴をBGMに、見上げる程大きな毛虫は、一つの塵も残さず、炎の中に消えた。
力なくその場に蹲った私は、隣で唖然としているノヴァーリスに構う事無く、恥も外聞もプライドもなく、べそべそと泣き続ける。
彼だって、毛虫の魔物だと認識した瞬間、剣を抜こうとしていた。
中途半端に剣を抜き切らない体制のまま、今だ轟々と唸りを上げて周囲の岩肌を焼いている業火と、蹲って泣いている私を見やり、困惑12割と言った表情だ。
無理もない。着ぐるみレベルのネコを脱ぎ捨てて、咄嗟に発動したのが、炎属性最上位スキルの《大煉獄》だ。
ノヴァーリスの混乱は最もだと思うのだが、お願いアレを切らないで。
ヤツはヘモグロビンを持っていないから、当然のように体液は赤くない。いや、赤ければまき散らして良いという訳では勿論ないので、矢張り塵も残さず燃やしてしまうのが最適だ。
「せ、セシリア、様……」
「……っ」
——ヤバイ、なんて声を掛けよう。
そんなノヴァーリスの声が聞こえてくるようだった。
そりゃそうだろう。散々あんな偉そうな事を言っておいて、毛虫の魔物と遭遇しただけで泣き叫んで炎属性の最上位スキル《大煉獄》を容赦なく放つ女——字面だけで見ると、だいぶ危ない。
「大丈夫ですか……?」
「……」
ノヴァーリスの躊躇いがちな問いかけに、いまだぐしぐしみっともなく泣きながら首を左右に振る。主に精神面が大丈夫じゃない。
もう嫌だ。穴を掘って埋まりたい。
「何処かお怪我はございませんか?」
「……」
してると、本当に思っているのだろうか。出会い頭の《大煉獄》。怪我をする要素がない。とりあえず、首を左右に振る。
「毛虫が……苦手なのですか……?」
「……」
躊躇いつつも、首を一回だけ縦に動かす。
もうね、弁明のしようがないからね。辛い。埋まりたい。
地面に座り込み泣き続ける私と視線を合わせるように、ノヴァーリスも岩肌がむき出しの地面に膝を折った。
《大煉獄》によって熱された風が、熱を持って私たちの頬を撫でる。
「……完璧なだけでは、なかったのですね」
「……え?」
ごう、と風が吹いた。
ぼそりと呟かれたノヴァーリスの言葉が聞き取れなくて、思わず言葉を返す。
なんだか嬉しそうに口元を引き結んだノヴァーリスが、私の涙で濡れた瞳を見やり、ふにゃりと微笑んだ。
「っ!」
「僕にも、セシリア様を護れる所があって、嬉しいです」
「へ……え、ひ、引いて、ないの……?」
「ひく……とは? ああ、一先ず、あの炎を消させていただきますね」
「え、あ、ハイ」
パキ、と、冷気が頬を掠める。
燃え盛る《大煉獄》を飲み込んだノヴァーリスの《永久氷牢》が、パキン、と、周囲一帯を凍らせる。
パキン、パキンと音を立てたそれは、細かな氷の光を放ち、炎諸共、砕け散った。
閲覧、感想、評価、ブクマありがとうございます!
感想まで頂きまして! 本当にありがとうございます!!
引き続きお気に召しましたら、ポチっとお願い致します。
ノヴァーリスの内心を挟んでからの、ようやく戦犯登場です。