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ノヴァーリス・センティッド

ノヴァーリス視点のお話です。


 ——その日、僕は女神と出会った。

 

 夕日に揺れる小麦畑のように深い金色の髪に、オパールの輝きを切り取った、全属性の瞳。

 僕に向かって美しく微笑んだ少女は、神託によってアルカンシエル王国次期女王に選ばれた、セシリア・メヌエット・エグランディーヌ様。

 初めて対面した時は、まるで、無機質な人形のような美しさを持つ人だと思った。

 この人が僕の主。僕の女王陛下。僕と言う道具の、所持者。

 この人なら、意味のある結末を与え、僕を壊してくれるだろうか。

 そうであって欲しいと願い、頭を垂れ、名乗りを上げる。

 僕を見て数度瞬いた彼女は、その美しい瞳に涙を浮かべ、微笑んでみせた。


「——今度こそ、私は貴方を幸せにします」


「……え、」


 どういう意味かと問うよりも早く、その華奢な身体が力を失う。

 寸での所で抱き留めた身体は、自分よりもずっと薄くて小さいのに、自分より遙かに強い人なのだと、痛感させられた。


「この人が……僕の、女王様……」


 僕が、生涯を掛けて護る人。そうであれば良いと、咄嗟に思ってしまった自分を諫め、エグランディーヌ様の身体を抱き上げる。

 不敬な事は重々承知だが、今は一刻も早く、彼女をきちんとした寝台で休ませたかった。


 エグランディーヌ侯爵家の応接室を出ると、扉の前にはエグランディーヌ様の侍女だと言う女性が控えていた。

 サクリーナと名乗った侍女に恐れ多くも部屋まで立ち入らせてもらい、寝台にエグランディーヌ様を寝かせる。

 後の事は侍女に任せ、僕はエグランディーヌ侯爵家を後にした。


 そして、アルカンシエル王国の宰相であるタイサン・トリス様に呼び出され、またエグランディーヌ様と対面した。

 不敬を罰せられると思っていた僕に向かい、あの時は申し訳ありませんでしたと逆に謝罪をしてきたエグランディーヌ様。

 とんでもない事だと思った。

 悪いのは勝手に御身に触れた僕なのに。

 それでも彼女は優しい笑みを浮かべて、罰を求めた僕を許してしまう。

 しかも名前を呼ぶ事も、触れる事も許してくださって、僕は驚きのあまり、数分の間、固まってしまった。

 道具である僕が、こんなに優しくして頂いていいのだろうか?

 それでも彼女……セシリア様は、優しい笑みを浮かべたまま、綺麗な声で僕の名前を呼んでくれる。

「わたくしの騎紫」「心優しいノヴァーリス」セシリア様にそう言って頂く度に、不思議な気持ちになる。

 僕は、セシリア様の道具なのに。貴女の道具で在りたいと、そう、思っているのに。

 この胸の奥がくすぐったくなるような感覚を、僕は知らない。

 僕に在るのは、痛みと、苦しみと、紫色の闇だけ。

 そんな中でセシリア様は、確かに、光だった。

 だから、彼女の護衛という役割を道具の僕に与えてくれたことが、どうしようもないぐらい、嬉しかった。


 セシリア様の言葉が、慈雨のようにぽつりぽつりと僕に降り積もっていく。

 危険な魔石採取など、護衛である僕に任せればいいのに、彼女は僕を危険だと解っている場所に一人で行かせる訳にはいかないと、頑として譲らない。

 優しいけれど、優しいが故に、頑固な人。

 貴族の令嬢にしては、確かに破天荒なところもあると思う。

 7部丈のトラウザーズでエントランスに現れた時には心底驚いたし、彼女が纏っている服の色が僕の色彩と同じだと気付いた時には、もうダメだった。

 胸の奥が熱くて、でも痛くて。それでもその痛みは不快ではなかった。

 結局彼女に言いくるめられて、そのまま最北の村、リーヴァへと向かう。


 魔鉄道の客席へセシリア様を案内して、扉の前に立つ。

 此処なら窓の外で不審な様子があった時も、扉側から襲われても対応できると思ったからだ。

 しかし、そんな僕をセシリア様は不思議そうに見つめ、「座らないのですか?」と声を掛けてくださる。

 断りを入れつつも、また彼女に言いくるめられてしまうのかな、と思っていた僕は、しかし激昂の色を露わにしたセシリア様にたじろいだ。

 怒らせた? 優しいセシリア様を?

 嫌な汗が背中を伝う。心臓は、壊れそうな程脈打っていた。

 セシリア様を怒らせてしまった理由が解らず狼狽する僕に、彼女は言う。

 自身を……僕自身を道具扱いする事は、決して許さないと。


 ……意味が、解らなかった。

 だって、僕は道具だ。そのために今まで生かされてきた。

 道具が傷ついて、いったい誰が悲しむんだろう? 壊れたのなら、また新しい物を用意すれば良い。僕は、使い捨ての道具だから。

 だけど、セシリア様は、それを許さない。

 じゃあ、僕はどうすれば良い? セシリア様の道具で在りたいのに、僕は、どうすれば……。

 惑う僕に、セシリア様は国の為に生きろと言う。

 僕が居れば、救える命があるから、と。

 セシリア様。僕は、セシリア様の役に立って壊れたいのに。セシリア様の為に、壊れたいのに。

 そう思えた事が、僕にとっては特別で、とても、大切な事なのに。

 それでも、怒りから一変、悲しみの表情を浮かべたセシリア様が、僕に言った。

 僕が僕自身を道具じゃないと思えるまで、僕を大切にするから、と。

 道具じゃない僕?

 それは、どんな僕なんだろう。道具ではなく、僕は「人」になれる? セシリア様と同じ、「人」に。

 掌から、じんわりと手袋越しにセシリア様の体温が伝わるぐらい、長い時間、手を取られていた。

 聞き分けのない小さな子供に言い聞かせるように、セシリア様が優しく言葉を紡ぐ。

 セシリア様がそう望むのであれば、僕自身が「道具」でなくなることを望むのなら、頑張ろうと思えた。

 僕がセシリア様と同じ「人」になれるとは思わなかった。でも、僕が「人」になる事が、セシリア様の望みだから。

 そう思い頷いた僕に、しかしセシリア様は、今にも泣きだしそうな、悲しそうな顔をする。僕はまた、何か間違えたのだろうか?

 この慈悲深く優しい、まるで女神のような人を悲しませることを、してしまったのだろうか。セシリア様の望みを叶えたい。その為に、僕は僕自身を蔑ろにしない。それが、セシリア様の望みだから。

 ……そもそも、僕がそう思うこと自体がおこがましかったのだろうか?

 ぼんやりとセシリア様を見れば、彼女は優しく微笑んでくれた。

 良かった。僕はまだ、この女神さまに嫌われてない。使えない道具だと、棄てられた訳じゃない。


 優しくて、慈悲深くて、完璧な僕の女王陛下。


 しかし、彼女にも苦手な事はあるのだと知ったのは、5時間後——リーヴァの村について、魔物と遭遇した時だった。






ノヴァーリスの中にある、闇の部分の片鱗です。だいぶヤバい子ですね。

まあ、ヤバい子じゃなければ後追い自殺はしない←

不要だなと判断したら、削除致します。

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