本編1-6
「ひとつ、訂正があるのですが」
「セシリア様……?」
「わたくし、わたくしの手元に来てくれた道具は、大切に大切に扱う質ですの」
「は、い……?」
「自身を道具扱いする事は決して許しません。ですが、貴方がどうあっても自分自身を道具だと思っても、わたくしは大切に致しますよ。ノヴァーリスの心まで支配する事は、到底わたくしには出来ません。ですから、貴方自身が自分を道具扱いしても無駄だと解るまで、わたくしは大切に、大切に扱います」
前世では、物持ちは良かった方だ。
ボタンが取れれば繕うし、家電もきちんと掃除して、手入れもして。収集したグッズは飾るか、プラスチックケースに仕舞うかしていた。
流石に経年劣化ばかりはどうしようもないが、小学生の時に使っていたモノが、今も現役。みたいな事はザラだった。
しかも相手は生身の人間。前世で散々「人が好い」と心配された私が、ノヴァーリスをぞんざいに扱える訳もない。
まあ、うん。身内に甘い自覚はあるんですけど。この場合「家族」ではなく、「懐に入れた人に対して甘い」というのが正解なんだろうけど。
「今すぐノヴァーリスの認識を変える事は、わたくしには出来ません。ですが、どうしても貴方が自分自身をわたくしの道具だと思ってしまうのなら、そう思えなくなるまで、わたくしはノヴァーリスを大切に致します。ですから……」
「……」
紫の瞳が、ゆらゆら揺れる感情をあけすけに宿して、じっと私を見つめてくる。
今まで自分が培ってきた……いや、植え付けられてきた価値観が根底から覆されてるんだから、困惑するのも無理はないと思う。
それでも、すんなりと自分自身の事を「道具」って言ってしまうのは、もはや洗脳だ。
《預言者》のせいでこの先に起こる悲劇を知っている私からすると、今この時点から、少しずつでもノヴァーリスの認識を変えていけるかが、《預言者》による可能性の可視化を覆す分水嶺になる気がした。
「ですからどうか、自分自身の行動で、言動で、傷つかないでください。わたくしが、悲しくなってしまいます」
ああ、この言い方はずるい。
現状、女王陛下第一主義のノヴァーリスにこんな言い方したら、彼は私の言葉に従ってしまう。
案の定、ノヴァーリスは少し考え込むように瞼を伏せた後、こくんと頷いた。
「……セシリア様が、そう、望むのであれば」
「……」
違う。違うんだよ。
そんな風に言わせたい訳じゃない。そんな事を言ってもらいたい訳じゃない。
セシリアが望まなくても、ただ、自分の為に生きて欲しいだけ。
だって私は、君に生きていて欲しいんだから。
「……ええ、わたくしの、望みです」
しかし、今のノヴァーリスに何と言ったところで、もうこれ以上なにか伝わる事はないのだろう。
15年分の洗脳が、そんなあっさり覆る訳がない。
一先ず、これでノヴァーリスが自身を蔑ろにする心配はなくなった。
まずはそれで良いじゃないかと自分に言い聞かせ、私はノヴァーリスの手を放し、向かいの座席に腰を下ろす。
ガタガタと音を立てて進む魔鉄道は、真っすぐ北へ向かっていた。
本日2本目の投稿になりますので、前話未読の方はご注意ください。




