本編1-5
その後も赤面したまま困惑を露わにするノヴァーリスをなんとか言いくるめ、当初の所定通り、魔石採取の為、西のチェーツィ、北東のアメルーアの国境に位置する山脈があるアルカンシエル王国最北の村、リーヴァへ向かう。
雷属性の最上位スキル《時空間移動》でなら一瞬で移動出来るのだが、ノヴァーリスにあの脳筋ゴリラステータスがバレるのもなんだか気恥ずかしいのと、いったい何時習得したのか聞かれても答えられないのとで、結局、魔力で動く鉄道——魔鉄道を使う事にした。
形は蒸気機関のままだが、炎属性と水属性を組み合わせる事で蒸気による推進力を生み、レールの上を走る仕組みだ。
鉄属性の《磁力操作》で反発と吸引を繰り返して、リニアみたいに出来ないのかなあ、とも思ったが、そもそも《磁力操作》は鉄属性の上位スキルなので、扱える人が圧倒的に少ない。
現実的じゃないな、と脳内案を却下し、ノヴァーリスに案内された客室に足を踏み入れた。
最北のリーヴァには魔鉄道は走ってないので、一番近くの町まで行った後は、馬車で行ける所までは馬車、その後は徒歩で行く予定である。
予定としては二泊三日。
何事も無ければ、移動時間は片道8~10時間程度だろう。ちょっとした小旅行だ。
個室になっている客室で、十分な間隔をあけて臙脂の布が張られた座席が向かい合っている。大きな窓からは、外の緑がよく見えた。
進行方向に背を向けていると酔いそうだったので、ありがたくノヴァーリスが勧めてくれた方の座席に腰を下ろしノヴァーリスを見れば、彼はスライド式の扉の前で立っていた。
「ノヴァーリスは座らないのですか?」
「いえ……僕は護衛ですので」
「あら。ノヴァーリスは座っていた所で咄嗟に反応出来るでしょう? それだけで護衛としては十分です。目的地に着くまでずっと立っていたら、疲れてしまいますよ」
「セシリア様。何度も申し上げますが、僕は貴女様の護衛です。もっと道具のようにぞんざいに扱ってくださって、構わないのです」
「無理ですわね」
困ったように眉を下げ、最もらしい忠言のように言葉を紡ぐノヴァーリスに、ぴしゃりと返事を返す。
ノヴァーリスの紫玉の瞳が見開かれ、初めて強く言葉を発した私を、驚愕の表情で見つめていた。
今まではノヴァーリスの意見を跳ね返す時でも、言葉遊びのようにのらりくらりと躱して言葉の揚げ足をとっていた私が、初めて真っ向から強く否定を示したのだから、彼の驚愕も当たり前と言えば当たり前だろう。
しかし、譲れないものに対しては、私だって強く出るのだ。
「わたくしは、ノヴァーリスの事を道具だと思ったことも、此れから先、貴方を道具だと思うこともありません。わたくしと貴方は、対等な人間。違いますか?」
「お、御身と僕のような者が対等など、そんな!」
「次期女王と騎紫と言う立場がなければ、同じ肉の身体を持ち、赤い血が流れる人間です。同じではないですか。もしわたくしが全属性でもなく、次期女王でもなければ、貴方はわたくしを魔物のように殺しますか?」
「決してそのようなことは」
「では、この国の民は? 貴方より、力の劣る者は多いでしょう。ノヴァーリス、貴方はこの国で生きる彼らを自分より下と見て、道具のように扱うのですか?」
「とんでもございません。彼らは次期女王陛下であらせられる貴女様がお護りになる、大切な国民達です」
至極真面目な顔でそう答えたノヴァーリスに、思わずため息を零しそうになるのを堪え、席を立つ。魔鉄道は、動き出していた。
扉の前に立つノヴァーリスの両脇に腕をはり、ドン! と扉に手をつく。
私より少し上にあるノヴァーリスの瞳を真っすぐ見つめ、自分でも驚く程低い声が出た。
「では、何故その中に貴方自身を入れないのです?」
可哀想に、同い年の少女に凄まれたノヴァーリスの身体が、ビクリと揺れた。
しかしその実精神年齢は倍ほど違うので、うわ、壁ドンしちゃったよ! なんて言う内心はおくびにも出さず、いかにも怒っていますと言うように目を眇めてみせる。
だって実際、私は怒ってるのだから、何も間違ってない。
「貴方がわたくしの【護衛】と言う言葉と役割に拘っているのも、貴方の行動に文句をつけるつもりもありません。立っていたいのなら立っていれば良い。【次期女王の護衛】と言う言葉をよすがに、それを握りしめるのも構いません」
「っ……」
ノヴァーリスの喉が、ひくりと動いた。
あれだけ「護衛」「護衛」連呼していて、自分がその言葉に執着しているのだと気付かれないと思っていたのが、いかにも15歳の少年らしくて、つい、可愛いなあ、なんて思ってしまう。
「ですが、自分自身を使い捨ての道具のように言う事だけは絶対に許しません。ノヴァーリス・センティッド。貴方はこのアルカンシエル王国の、誉高き七騎士の騎紫。この国の防衛の要。絶対氷壁の氷の騎紫です。最後まで国民を護るべき貴方が、何故まず自分自身を護ろうとしないのです。貴方が居る事で護れる者たちが、いったいどれ程存在していると思っているのですか」
「そ、れは……」
紫の瞳が、まるで迷子の子供のように視線を彷徨わせる。
私から目をそらし、少し逡巡した彼は、今にも泣きだしそうな顔で、静かに口を動かした。
「僕、が……」
「……」
何とか言葉を探して気持ちを口に出そうとするノヴァーリスを、じっと待つ。
多分、今ここで遮ったり急かしたりしてしまったら、彼はずっとその感情を吐き出さないと思ったからだ。
「僕、が。騎紫としての役割を全うすれば、セシリア様は喜んでくださいますか……?」
「……ええ、もちろんです。ノヴァーリスがまず真っ先に自分を大切にし、わが国の国民の為にその力を奮ってくれるなら、これほど嬉しい事はありません」
何でこんな時まで女王陛下第一なのかなあ君は! と内心で憤慨しつつ、微笑みを浮かべ、念を押すようにノヴァーリスに言葉を掛ける。
「…………この国の、為……そう、ですよね……この国の……」
思い悩む彼の手を引き、椅子に座らせる。
心配になるほどあっさりと私に手を引かれたノヴァーリスは、ぽすんと座席に腰を下ろすと、俯いてしまう。
膝の上でぎゅっと強く握られた掌を解き、手袋の上からその手を包み込むように握りしめた。
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