プロローグ
パチリ、と瞳を瞬く。
走馬灯、とは。こう言う感覚を言うのだろうか。
目眩がしそうな程の情報量に、齢十五を迎えた私は、硬い床の上に膝を付きそうになった。
見た事もない人達。見た事もない景色。
様々な情報が記憶と言う形で脳内を通り過ぎて行って、目の前がチカチカとスパークするように点滅する。
「セシリア様……?」
しかし、不意に掛けられた不安げな少年とも青年ともつかないその声に、私はハッと顔を上げる。
あれ、何だ。私、この声を知ってる。聞いた事がある。確かにそう感じるのに、頭の奥がズキズキと痛んで、まともな思考が出来ない。
「どうかなさいましたか? まさか、何処か具合でも?」
柔らかな白月光の髪。抜けるように澄んだ瞳は、思慮深さが伺える紫玉。
何処かで見た気がする。何処で?
両手に持ったポータブルプレイヤー。物語の始まりを告げるオープニングムービー。
音楽と共に流れるのは、大好きな絵師さんが手掛けた流麗なイラストの数々。
飛び交う炎、雷、水、氷。様々な魔法。
未だ目の前で眉尻を下げる人に向かって、ガンガン鐘を突くように響く頭痛のせいで滲む涙はそのままに、歪みそうになる口角を必死に上げて、私は微笑んだ。
「――今度こそ、私は貴方を幸せにします」
「……え、」
驚愕に見開かれる紫玉の瞳。
当たり前だ。私達は初対面なのだから。突然「今度こそ」なんて口走った電波女を気味悪がるのも当然の反応だろう。
それでも、さも当然のように、その言葉はするりと私の口から零れ落ちた。
ふ、と身体の力が抜けた少女の元に慌てて駆けよれば、未成熟な、しかし確かに女性として開花を始めている少女の甘やかな香りが鼻腔を掠めた。
慌ててその身体を抱き留めたは良いが、まだ非公式とは言え、アルカンシエル王国の新女王陛下に就任する予定である女性、セシリア・メヌエット・エグランディーヌ嬢に許可もなく触れてしまったと、ノヴァーリスは冷や汗を流す。
いまだノヴァーリスの腕の中で意識を失っている薄い身体は、壊れてしまうのではないかと思うぐらい粗い呼吸を繰り返している。
七色の光彩が煌めく不思議な瞳を持った、不可思議な少女だった。
突然告げられた言葉に、ノヴァーリスは戸惑う。今度こそ。初対面である筈なのに、少女はいっそ美しいまでに微笑んで、そう言い放った。
神に祝福されたかのように煌めく、夕暮れの小麦畑を思わせる深い金色の長い髪。総ての属性を宿した瞳は、国の名を冠する虹色。
白磁の頬は触れたら壊れてしまいそうなぐらい繊細で、花が綻ぶような笑みは可愛らしくもあり、美しい。その瞳から零れた涙は、まるで光り輝く宝石のようですらあった。
瞳以外、色素という色素が抜け落ちてしまったかのような自分とは大違いだ、と、ノヴァーリスは誰に告げるでも無く一人ごちた。
「この人が……僕の、女王様……」
――僕が生涯を掛けて、護るべき人。
小さくそう呟いた所でハッと我に返ったノヴァーリスは、倒れ込んだ少女の呼吸が正常に戻りつつある事を確認して、繊細な硝子細工を扱うようにそっとセシリアの身体を抱き上げると、音もなく立ち上がった。
のんびり更新です。
よろしければお付き合いください。