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第31話 スピカ、悩む

「や~っと帰れた~!!」

 メルヴェイユ南ダンジョンから街へと帰りつくころにはすでに6時を過ぎていた。

 片道一時間は結構長い。


「お疲れ様です、ご主人様。まずは落ち着くためにお風呂に入られてはいかがでしょうか?」

 メルヴェイユの街の南門はすでに開門しており、行商やら冒険者のチェック、積み荷の確認などが行われていた。


「朝からにぎやかですね? こんなに行商と冒険者さんがたくさん」

 ミアはその光景が珍しいのか、しげしげと眺めている。

 まぁボクにとってはさほど珍しい光景というわけでもないんだけどね。

 何せ、街での手伝いをしている時はよく見かけていたのだから。


「チェックかぁ。ボク達もやったほうがいいよね?」

 メルヴェイユ南ダンジョンに向かうことは前日に伝えてあるものの、みんな並んでいるのだから並んでおいた方がいいだろう。

 ボクはそう思い、長蛇の列となっている列の最後尾に並ぼうとした。


「お~~~い! まってくれ~~~!!」

 長蛇の列の最後尾は結構遠くにあるので、行くだけでも時間がかかる。

 おおよそ2時間ほどかかるだろうか?

 そんなことを考えながら歩いていると、門の方向から大きな声が聞こえてくる。


「んん? なんだろう?」

 直接的にはボク達には関係ないかもしれない。

 でも、厄介ごとだとしたら大変だ!


「はぁはぁ、よかった。止まってくれていたか」

 一人の若い兵士さんがボク達の前で立ち止まる。


「あれ? ベイルさん?」

 メルヴェイユ南門の守衛の一人、若い衛兵の『ベイル』さんだった。

 金髪を首元まで伸ばしたちょっとナンパな感じのイケメン兵士さんだ。

 甘いルックスとその高い身長から、女性陣に人気がある。

 NPCはもちろん、プレイヤーにすら人気があるNPCだ。


「はぁはぁ、ふぅ。落ち着いた。ダンジョンからの帰りなんだろ? 事前申請もあったし、すぐに入れるようにするからついてきてくれ」

 ベイルさんはそう言うと、ボクの手を引っ張って歩き出す。


「わわっ、ベイルさん?」

 ベイルさんは歩幅をボク達に合わせながら、手を引っ張って歩いている。

 なんで手を引っ張られているのかはわからないけどね。


「ベイル様、なぜご主人様の手を?」

 ミアがベイルさんに疑問を投げかけた。


「あぁ、すまない。ただ、こうしておかないとイライラした護衛の冒険者達が文句を言ってくるんだ。ただでさえ早く街に入れるんだから、君たちをやっかむ輩はいるだろう」

 ナンパな男ではあるものの意外と思慮深く、機転の利く行動をとることが出来るベイルさんは、衛兵の中でも副隊長という役職についていたりする。

 衛兵の中では意外と出来る男だったりするのだ。


「別に急いでなかったから良かったんですけど……」

 疲れてはいるものの、急いで街に入らなければいけないほど緊急を要しているわけではない。

 なので、ここまでされる理由も必要もなかったのだけど。


「これはこれでやくと……いや、なんでもない。マーサさん達が心配するからね」

 何かを言いかけたベイルさんは、慌てて訂正すると、それっぽい理由を口にした。

 マーサさん達の話題を出されては断るわけにもいかない。


「まぁ……、そういうことでしたら」

「でも、手を引く理由ではないはずですね?」

 ボクがそう言うと、待ってましたと言わんばかりにコノハちゃんが食いつく。


「え? いや、ほら、レディーをエスコートするのは男の役目だって、死んだじっちゃんが言ってたし」

「ベイルさんのおじいさん、まだ生きてるじゃないですか」

 ベイルさん、勝手に殺してはだめですよ?


「あ、いや、ほら、昔から言うだろ? まぁ、とにかくだ。もうすぐ門だからそこまではこのままで!」

 街に入るための列は街道側、つまり草原の方向へと伸びているため、森とは反対方向だ。

 ボク達が出てきた森は、門から徒歩10分程度。

 それから歩き始めて5分くらいの時にベイルさんに捕まった。


「なんだか待ち伏せしてたと言わんばかりのタイミングですね? それとベイルさん、朝にいるとか珍しくないですか?」

 ベイルさんは朝が苦手だと良くぼやいていた。

 なのに朝にいる。

 明らかに不自然だった。


「べっ、別にやましいことがあるわけじゃないさ。ただ、その、合法的に手を握れるチャンスなんてあまりないだろ? だから……」

 ベイルさんが何を言ってるのかはわからないけれど、手を握りたいというだけなら断る理由もない。

 といっても、それはそれでなぁ……。


「まぁ何でもいいですけど、だまし討ちみたいな真似はやめてくださいね?」

「ごめん」

 ベイルさんは素直に謝ると、手を引いたまま門へと歩いていく。

 

「よう、ベイル。お前さん、許可取ったのか?」

 警備隊長の『ランス』さんが低い声でベイルさんにそう告げる。

 顔は笑顔のままでだ。


「あっ、あはは……、隊長」

 ベイルさんはランスさんの前で固まってしまっていた。


「よう、嬢ちゃん達。ちょうどいいからさっさと街へ入ってしまえ。ベイルにはし~っかりと説教しておくからよ?」

 ランスさんは笑顔でそう言うと、ボク達を街へと招き入れてくれた。

 門さえくぐってしまえばあとは特に何もないので、お店に帰るだけだ。


「す、すみませ~~~~ん! 隊長、お許しを~~~~!!」

 懇願する声が門から聞こえるけど、ボク達は聞かなかったことにした。

 下手に関わってもいいことはないのを知っているからだ。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



「おや、おかえりよ。疲れたろう? お風呂は沸いてるから好きに入りな。ご飯もあるから上がったら言うんだよ」

 お店の扉をくぐると、マーサさんが笑顔で迎えてくれた。

 この街のNPCは優しい人が多い。

 特にマーサさんはボクのことや兄妹のことを結構気にかけてくれる。


「ただいまです、マーサさん」

「ただいま戻りました」

「ただいまです」

 ボクとミア、そしてコノハちゃんの3人はそれぞれにただいまの挨拶をする。


「フィルさんは?」

 今ここにいないのはフィルさんだけだ。

 いつも朝はだるそうにしているのに、今日は珍しくいない。


「あぁ、今は寝てるよ。まぁほっといておやり。お風呂の扉には魔術でロックかけておくから、安心して入っておいで」

 マーサさんはそう言うと、ボクの背中をぐいぐいと押してくる。


「いってらっしゃい。私は後でいく」

「いってらっしゃいませ、ご主人様」

 コノハちゃんとミアに見送られ、ボクはお風呂へと向かう。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



「ふぅ。今日は大変だった。システム時間はまだ16時か。こっちの時の流れの方がやっぱり早いんだなぁ」

 服を脱いでインベントリに収納。

 その際、現実の時間を一緒に確認する。

 こっちは朝だけど、向こうは夕方だ。

 ボク達は結構長い時間ダンジョンにいたようだ。


「それにしても、天狐かぁ。ボクの種族だけど、まだ慣れないな」

 月天狐。

 夜を支配する種族の1つ。

 その中でも神とすら言われている種が天狐種だ。

 男性は太陽の下で強靭さを増す陽天狐。

 女性は月の下で強さを増す月天狐。

 それぞれの性別はそう呼ばれ区別されている。


「あんなに暴れるなんて、予想もしなかったよ……」

 お湯をかけ、布で身体を洗う。

 石鹸は意外と高いので、一欠けらずつ使うのが基本らしい。

 凹凸の無い平たい身体を洗いながら、今日の出来事について考えていた。


「月天狐、夜の戦闘になると、あそこまで暴れちゃうんだね」

 夜の戦いは爽快だった。

 全てのしがらみを捨ててしまったかのように身軽で、心が軽かった。

 同時に、敵対する者の命すら軽視するような、そんな高圧的な態度。

 自分が自分じゃないと感じた時は、本当に怖かった。


「これ、制御できるのかな……?」

 お婆ちゃんのように制御することが出来るんだろうか。

 ボクの豹変ぶりに、みんな怖がらないだろうか。

 不安は尽きない。

 誰も知らない、自分ですら知らなかった夜の自分。

 戦闘しないときは何も変わらないのに、戦闘時にだけ人が変わったようになる。

 それはとても怖いことだった。


「もし戻れなかったら、どうしよう」

 丁寧に体を洗い、お湯で流す。

 髪も少しずつ丁寧に洗っていく。

 長い髪は洗うのが大変手間だった。


「今度お婆ちゃんの所にいこう。そういえば……」

 悩みを打ち明けにお婆ちゃんの所に行くと決めた時、ふとあることに気が付いた。


「お婆ちゃん、ボクと違ってすごくセクシーだったよね? 何でボクはまな板なんだろう?」

 明らかな差がそこにはあった。

 多少丸みはあるものの、全体的に平たく、寸胴である。

 お婆ちゃんはハッとするような美女であるのに対して、自分はこうだ。

 ああなれるんだろうか?

 将来に漠然とした不安を覚え始めた時、不思議な感覚に襲われた。


「あれ? なんでボク、お婆ちゃんのようになりたいって思ったんだろう? 今までの身体とあまり変わらないのに、急にどうして?」

 いつの間にか、自分の感覚が女の子の感覚になっていると感じてしまった。

 今まで考えたこともなかったことを、意味もなく考えてしまう。


「性別が決まったせいかな……」

 男性のこともわからないけど、女性のことはもっとわからない。

 男性であれば、今までと変わらなかったんだろうなと、ボクは考えてしまった。


「まぁ、どっちにしてもきっと悩んだよね。こういう種族だもん。仕方ないよ」

 考えても変わらないなら、受け入れるしかないだろう。

 性転換したというわけでもないのだから。

 ボクは自分にそう言い聞かせて、髪の泡を洗い落としていった。

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