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深夜のティータイム

 外出も終わり、いよいよ海に行く準備が整ってしまった。

 心配事は色々とあるものの、決まってしまったものはどうしようもない。

 

「まぁ心配事は多いけど、やるしかないよね。ボクの毛、大丈夫かなぁ……」

 毛を傷める塩分と日差しには十分注意しよう、ボクは心の中で誓った。


 ミナと後で合流することを決め、ボクはそのままゲームにログインする。

 一瞬意識が落ちていくような不思議な感覚の後、意識がだんだんとはっきりしていく。

 いつも思うことだけど、このゲーム世界にログインする時の感覚は夢を見ている時の感覚に近いものがある。

 まるで今まで寝ていたかのように、ボクはアルケニア世界で覚醒するのだった。


「寝てる……。のは当たり前か。む~? 何でフィルさんが抱き着いて寝てるの……?」

 目を開けると木製の天井が目に入る。

 それは見慣れたマーサさんの家の部屋の天井だった。

 ふと横を見ると、あどけない寝顔をしたフィルさんが抱き着いて寝ていた。

 どうやら今は夜のようだ。


「う~ん? ゲーム内時間は夜中の一時か。起きたらフィルさん起きちゃうかな? ちょっと飲み物飲みたいし、少しだけ起きておきたいな」

 そっとフィルさんの腕を外し、太ももに絡みつく太ももを外して起き上がる。

 フィルさんの太ももは思ったよりもぷにっとしており、触っていて楽しい。

 深夜ということもあり、暗い室内には月明かりが差し込んでいる。

 現実では夜中に起きたことはあるけど、自分の生活している場所とは違う場所での夜というのは、なんだかわくわくしてくるものだ。

 現実の深夜も普段と違う雰囲気を感じられて好きなんだけどね。


「ふんふふ~ん。やっぱり夜は楽しいよね~」

 ボクはインベントリから買ったばかりの紅茶の茶葉を出し、小さいケトルを用意する。

 水は前に汲んできた泉の水で、まだ飲めるはずなので煮沸して利用する。

 それから机の上に焦げないように敷物を敷いて金属の板に小さく火の刻印を打つ。

 五行刻印のスキルは設置型や中距離型が多いので、少数を倒したりスピード感溢れる戦闘シーンではあまり出番がない。

 でも、それ以外の部分では意外に応用できたりするのだ。

 まずは金属板に火の刻印を打ち、その上に台を用意して物を置く。

 それからその火の刻印に込められた火の属性の力を解放すると、上に置いたものが徐々にだが燃え始めるのだ。

 今回はそれを利用して小さなケトルにいれた水を沸かしているのだ。

 直接刻印に接触させていると勝手に発動してしまうけど、ある程度離した状態でなら勝手に発動することはない。

 直接刻印に接触させていると火力の調節が面倒だけど、ある程度離した状態でなら微調整も楽々だ。

 

 そんなわけでケトルの中の水がお湯に変わるまで、ボクは暇つぶしに冒険者ギルドからのお知らせに目を通すことにした。

 金属のケトルが熱される音が静かな室内に響く。

 そんな音を聞きながら、ギルドからボクに当てられたメッセージを確認し目を通す。


『ギルドランク昇格のお知らせ。

 冒険者ギルド受付嬢のアニスです。

 今回、専属担当であるスピカちゃんのギルドポイントが一定基準を越えました。

 大変おめでたいことですね。

 そこで、次回お越しくださったときにでも昇格手続きをさせていただけたらなと思っております。

 ついでにお話もあるので、早めに来てくれたらなと思っています。

 お会いできることを楽しみにしております。

 アニスより』


 うん、お知らせの話なのに私用も混じった変なメッセージだ。

 というか、いつからアニスさんが専属になったんだろうか?

 なんかボクが知らないところで話が進んでいそうで怖い……。


 そんなことを考えていると、ケトルから湯気が噴き出し始めた。

 意外と火力があるのでお湯が沸くのが早くて助かる。


「わっと、ティーセット、ティーポット……」

 インベントリの道具欄から必要なものを取り出し、さっそくお茶を淹れていく。

 温めを忘れず、蒸らしも忘れず……。


 こぽこぽと音を出しながら、カップに注がれていく紅茶。

 灯りは月明かりだけのため紅茶の色まで見ることはできない。

 異世界でののんびりした夜の一時は、ボクにとって最高の癒しの一つになった。


「はぁ、おいしい。でもルードヴィヒさんには敵わないなぁ……」

 ティーセットやティーポット、そして茶葉やケトルはルードヴィヒさんが用意してくれたものだ。


『お嬢様のためにご用意させていただきました。淑女である以上、嗜みでもございます』

 ルードヴィヒさんにはボクがお上品なお嬢様に見えるのかもしれないけど、ボクは多分やんちゃな方だと思うからご期待には添えられないかもしれない。

 ただ、意思だけは汲み取ってこうやってお茶を淹れて飲むのだ。


「異世界、楽しい」

 ただ漠然とそう思うのだった。


「ん~? 紅茶の香り?」

 ボクがひっそりと楽しんでいたら、フィルさんが起きてしまった。

 むくりと起き上がり、きょろきょろと辺りを見回す。

 そして、ボクを見つけるとゆっくりと近寄ってきた。


「スピカ、紅茶飲むの? 私も飲む」

 コノハちゃんと同じような話し方をするフィルさんだが、フィルさんの方が片言に聞こえる。

 コノハちゃんの場合は口数が少ないだけというか、表情は割と豊かだと思う。

 笑顔でも話すし、きょとんとして首をかしげる時なんかは教えてほしそうな顔をする。

 フィルさんはそういうのはなく、本当に無表情だ。

 まぁそんなコノハちゃんも、最近はちょっとずつ口数が増えて来たけどね。


「はい、どうぞ」

「ありがと」

 同じように紅茶を淹れ、フィルさんに渡す。

 フィルさんはふーふーと息を吹きかけ、少しでも冷ましてから飲もうとがんばっている。

 そんな光景を微笑ましく見守りながら、ボクも紅茶を啜る。


「おいしい。夜に飲んだことはないからなんだか新鮮」

 表情は相変わらずだけど、その言葉は少し嬉しそうに聞こえた。


「飲み過ぎるとトイレ行きたくなるから注意しないと」

「夜のトイレは暗くて少し怖い。なにもいないけど、雰囲気が」

 フィルさんはどうやら、夜のトイレが少し怖いようだった。

 意外な弱点発見かもしれない。


「行きたくなったら一緒に行くから安心してほしいな。ねぇフィルさん、専属って具体的にどんなことをするの?」

 ボクは気になっていたことを質問した。

 専属というのは聞いたけど、まだよくわかっていない部分もある。


「スピカのために色々作る。移動する時ついていく。でも、他の人は専属や契約と言ってもそこまでしない。家庭あるから。私にはそれがない。お婆ちゃんも自由にしていいって言った。だからずっと一緒についていける。ご近所づきあいは、まぁがんばる……」

 最後だけ苦手なのか、言葉に力がなかった。

 要するに、自分達の為に色々としてくれるということだ。

 ただ、家庭や生活基盤を持ってる人は専属や契約と言っても、ついてくることまではしないようだ。

 この辺りはフィルさんだけなのかも。


「あと、アニス」

「えっ?」

 フィルさんが急にアニスさんの名前を持ちだした。


「アニスもついてくる。あの猫獣人、ストーカー。契約したら首輪付けておく方がいい。あと、精霊の郷にはアニスは入れない。私は交渉次第で行ける。勝利」

 若干勝ち誇った様子のフィルさん。

 どうやら、お話とは契約に関することのようだ。

 それにしても、アニスさんは精霊の郷には入れないのか。

 良いこと聞いたかもしれない。


「よっし、じゃあ朝になったら色々済ませて、さくっと転職するよ!」

「転職、がんばって。応援してる」

 手を握ってぐっと力を入れてそう言うフィルさん。

 小さい子の応援ってなんだか元気出るよね。

 ボクとあまり変わらないけど……。


「うん、がんばっちゃうよ! さて、寝ようか?」

「うん」

 金属に打った刻印を消し、後始末をしてからボクたちはベッドに潜り込んだ。

 ベッドに入ると同時に尻尾を身体の前にまで持ってくるのだが、フィルさんにそれを奪われ、ボクの太ももはフィルさんの太ももで挟まれるという状態で就寝することになった。

 尻尾抱き枕を奪われた……、悲しい。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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