序
満月の浮かぶ、晴れた夜だった。
「…赦さん」
否、赦すものか。
やっと。それだけを、男は喉から絞り出した。
黒く染まった畳の上。膝をついて俯き、憤怒と憎悪に肩を震わせながら。
地をどろどろと這う低い声で、やっと言葉として、その心中を吐いた。
腕に抱いた骸に、もう温もりはない。男が自邸に戻った時、既に事切れてから暫く経っていた。
いつも花のように笑って男を出迎えていた存在は、今、冷たく硬い土人形のように変わり果てた。
──目の前に立つ、宿敵のせいで。
「蘆屋道満──‼」
押し留められない憤懣が込められた慟哭。それで呼ばれた呪術師は、月を背にただ。
ただ、美しく微笑んだ──。
「貴様は、私がこの手で屠る……必ず、必ずだ」
目前に立つ呪術師は、不老不死だという。だが、それがどうした。そんなことは関係ない。
強く噛み過ぎて千切れた唇から、血が滴る。骸を掻き抱いて、男は尚も怨嗟の叫びを続けた。
「この安倍晴明が、必ず貴様を討つ──!」
言葉自体に宿る力を言霊と呼ぶ。
男は、この時、言霊で己を縛り付けた。『どんな手を使ってもこの仇敵を滅ぼす』と。
その様は実に狂気染みており、またとても人間らしくあった。
そして、それから千余年。
因縁は現代へ続く──。