鰥寡孤独のカートリッジ
年老いて行く男に
子は居るが
妻は居ない
四十代の頃
妻とは別れた
男の独り暮らしは
自由しか無い
七十代を過ぎ
命とも別れそうだ
年老いて行く女に
子は居るが
夫は居ない
四十代の頃
夫とは死別した
女の独り暮らしは
年齢に
挫折する事しか無い
七十代を過ぎ
女である事とも
別れそうだ
鰥寡孤独の夜
独りで 独りで
居たくない事すら忘れて
このまま死ぬのだと
一言 呟く
他人の匂いのしない
この部屋で
このまま死ぬのだと
一言 呟く
生まれたこの子に
友人は居るが
親は居ない
三十代の頃
家族が作れた
あの頃の寂しさを
埋めるように
大切にした
七十代を過ぎ
今も まだ
笑っている
年老いて行くこの人に
友人は居るが
子は居ない
三十代の頃
選んだ道は
間違いじゃないと
信じたい
戸籍上 独りぼっち
七十代を過ぎ
何かを悟りながら
死を待っている
鰥寡孤独の朝
独りで 独りで
居る事に意味があると
何処かの正義で
作り出しては
このままで死ぬのだと
一言 呟く
他人の形を見ながら
この部屋で
このままで死ぬのだと
一言 呟く
身寄りの無いまま
ここまで来たのは
もしかしたらと
怯えて 怯えて
二度とあんな想い
したくないからと
跳ね返して 跳ね返して
生きてきたから
他人の優しさに
頷けた人から
きっと
独りじゃなくなる
裏側に張り付いてる
そのフジツボは
掃除してしまえば良い
大切になるかもしれない人間は
必ず居るのだ
それは八十年経っても
固まる事の無い
素直な心の周りに集まる
鰥寡孤独の昼
一人と 一人と
知った顔が集まる
いつもの形である事が
明確な物を
作り出している
死んだらヨロシク
一言 呟く
わかっているから
安心して死んでくれ
冗談の中の優しい本音
死んだらヨロシク
一言 呟く
いつもの顔より
シワが深くなるから
この杖も
この押し車も
カッコ悪くない
どんな人生であれ
カッコ悪くない