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序の二 入学試験当日 その7


 一瞬、視界が、世界がぶれると共に、肉が、骨が、内蔵が一つ一つ押し潰される感覚を得る。


 サブモニタからもたらされる映像は、全て後方へ流れていき。メインモニタに映る、竜の大顎の真正面に、両腕で抱え込める位置に到達。突っ込んできた七十七式陸戦を、


「はっ、そう来るか、次はどうする、物部君っ!」


 近衛二尉が、感嘆の声で迎え。続けて鉄の両腕を大きく広げて、捉えようとする。


 紬には二尉に、その感嘆の言葉に返答する余裕は無い。次の、その次の操作を、滑らかな正確な動作で行う事に意識をさいているからだ。


 操縦桿のロックが解除されたボタンを流れるように押さえ、右半身のサブスラスターの角度を0.01単位で調整し、最大加圧で噴射。

 

 左足の爪先から、足首、膝関節を一時的に、ロックし。その勢いのままに急速旋回ピック・ターンを行い<Dragon・Tooth>の脇を高速で地面を掠めるように、すり抜ける。

 

 更なる横のへの衝撃が紬を襲い、目の前にあった機体が正面から、側面、そして背面へ秒に満たない時間を持って流れる。そして、踵部分に内蔵されているローラーで後方へ、<Dragon・Tooth>の背面を見ながら一気に下がり距離を取る。


「あっぶねぇ、ありがとよ四号機っ!」


 左目のゴーグルで、各部損耗の値を見れば、左脚部全体の損耗が、警告を示すオレンジゾーンに突入し、もう一度、急速旋回を行えば四号機の左。特に足首のアクチュエーターが破断する可能性が高い。

 

 今の動きを、近衛二尉の視点から見れば、正面から背面へ瞬間移動したような錯覚を覚え。その声が打ち震えるかのように、


「いやぁ、今年の試験は不作かと思っていたけど、最後の最後で、思い切りの良い少年が来たものだっ!!」


 <Dragon・Tooth>は、停止状態から。重量級機巧兵とは思えぬ速度で180度回転し。腰を屈め、背部スラスターを全快にして、両足の爪先が地面から離れ、僅かに浮きながら、恐ろしく直線的な動きで追ってくる。


―――なんつう、出力と、前進加速力してんだよっ!一応、そっちの方が重いんだろがよぉ、なんで浮いてんだよ、おいっ!


 紬は、手元を忙しく動かし、爪先は微細な動きで、視線は常に各所に映る<Dragon・Tooth>を捉えている。


 本来なら、七十七式にこれほどの動作は、それこそ自動制御に頼っていては不可能。それを常時手動による、油圧系や伝送系を最適化する事で、意図しない挙動を押さえ込む事で機体を安定化させながら。


「本来なら、ここで軽機関砲や、煙幕筒。誘導憤進弾による牽制なんかするんだけどなぁっ!停止と、旋回角度が正確過ぎて怖いですよ、二尉っ!」


 何度かの瞬間的な攻防が続き、背後に竜の気配を背負いながら。


―――二合、いや一合半も打ち合ったら、確実に手の内を、皮を剥ぐようにばれるパターンだなぁっ!

 

 追ってくる竜の顎を、変速的な動きで、時折、二段階加速による緩急を付けながら、交互に迫り来る腕を躱し続ける。


「市街戦で追われる状況ならば、それが最適解だろうねっ!動きに関しては、慣れさ、慣れっ!逆に、あまり慣れていない七十七式で、そこまで動けるなんて。そうだ高校卒業後は、国防軍に来ないかいっ!」


 二尉は、勧誘しながらも七十七式の動きを先読みして、手腕を伸ばしてくる。その速度が、一手毎に正確さを増していく為、対抗策として、常に挙動を変え続けなければ一撃で刈り取られる勢いだ。


「将来は、両親と同じ探索者なんで、軍と協力する事があるかもしれませんから、その時はよろしくお願いしますっ!」


 軽口を叩いてはいるが、紬の表情は笑っておらず。目の前の竜の隙を窺い、どうやって逃げおおせるかを常に考え、最適解を導き出し、その動きを七十七式に操縦桿とペダルを通し伝え続ける。

 

 サブモニタの片隅に投影されている、近衛二尉の目も笑ってはいない。

 

「それは、残念だけど。まだ三年も、大学に行けば七年もあるからね。時節毎に、勧誘は掛けさせて貰う、よっ!」


 言えば、臀部装甲に内蔵されている非常用スラスターの推力までも全開にして、再加速。先ほどの勢いを超える速度で、眼前に迫ってくる。


―――ここ来て、まだ隠し球があんのかよっ!


 七十七式の左脚部損耗を示す色は、逃げ回ってる間、丁寧に、負荷を最低限に抑えており。損耗を警告を示すオレンジの色は少し濃くなった程度で推移している。


「四号機、超過駆動残存時間はっ!」


 ゴーグルに投影されている機体の各情報を読む時間も惜しく、紬は四号機のOSに対して口頭で指示を出し、

 

『残り7秒で超過駆動、強制停止。通常駆動状態に移行します』

 

 この相対戦における残存時間は、6秒を、今切った所だ。誤差は一秒と、瞬か、刹那か。


「仕方ねぇ、向こうが鬼札を切るなら、こっちもだっ!」


 七十七式の動きが、不意に鈍る。相対的に見れば、まるで急停止したかの様な速度で、背後に迫る<Dragon・Tooth>に接触するような位置にも係わらず、だ。


 ―――これは、勝つ勝たないじゃない。悔い無きように、全てを出し切らずに、負けるかよっ!


 <Dragon・Tooth>に背を向けた状態で、瞬時に右脚部を間接を固定し、左回転からの<急速旋回>の挙動を見せる。その動きを、止めようと、近衛・兼定は左方向から大振りの一撃を加えようとして、


「なんと、その状況から牽制を含めた背面急速旋回クイック・バック・ターンかっ!」


―――これも、気が付くかっ!だが、遅いってもんだなぁ、おい!


 今まさに七十七式に竜が掴みかかる、触れるか触れないかの刹那の合間に、残った推力全てを側部スラスターに回し、左方向へ全噴射。その勢いで、右方向への<急速旋回>を一挙に敢行。


 滑るように、前面から側面へ、芸術的な加速と、曲線を描きながら、

 

「―――っあぁ!踏ん張れ四号機っ!」


 側面から、<Dragon・Tooth>の背後へ抜ける、その道筋を辿る。紬は横目で、サブモニタに映る機体が前面に配置されたスラスターを全開にして制動を掛けているのが見え。


―――やっぱり、近衛二尉はすげぇわ、なぁ、おい。


 唯の機巧兵乗りなら、これで逃げ切れるが。相手はあらゆる状況をねじ伏せ勝ち続けてきた、だからこそ扶桑でも五指入るエースだ。


「我が君が見ている前でね。二度も、流石に抜かれる訳には、いけませんから、ねっ!」


 残り1秒を切った時点で、強引に制止状態から急旋回。右腕を伸ばし、鋼鉄の手指の。中指の先端が、側部をすり抜ける七十七式の肩部装甲に触れたその時。


「90秒経過、両者そこまでっ!」


 辻・是清一佐の声が、操縦槽内に響き。


「これを持って、五稜門高校入学試験の全試験を終了する。両者、直ちに操縦槽を展開。降着及び、格納庫内に入られよっ!」


 続いて、渡辺・綱良の声が練兵場に取り付けられた拡声器から、響き渡った。

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