序の二 入学試験当日 その5
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皇宮守備隊。
扶桑皇国において象徴とされる、やんごとない御方の住まい。皇宮御所全域を守護し、御身と、そのご家族を脅かすあらゆる万難を万全を期して排除する任を受けている、統合幕僚監部直轄の部隊である。
そして、この近衛・兼定と言う操縦者も。宮中に仕える五摂家筆頭である近衛家出身であり、25歳と言う若さで皇宮守備隊に、そして儀仗兵として御身の側に控える事を許された。将来を有望視され、また約束された、将来様々な物語の主人公になるべき配役に居る人物でもある。
―――洒落にならない威圧感だぜ、これは。
正面に立つ近衛・兼定の搭乗機である<Dragon・Tooth>も、欧州で。特に大英帝国で人気のある機巧兵の一つだ。
七十七式陸戦よりも頭一つ分ほど高く、特筆すべきは機体フレーム自体が頑強だが重く。その上に分厚い装甲を幾重にも取り付ける為に、機動性を犠牲にして鈍重。戦場では、決して倒れず相手に食らいつき、噛み砕くような苛烈な戦闘が可能な機巧兵だ。
この為、実測数値のみで見るならば、瞬間的な機動性なら、練習用の七十七式陸戦に多少の有利がある。
―――本来ならな。
「・・・・・・腰両側部の電磁速射砲、肩部と肘部装甲は取り外して。一番重量のある、背部の懸架ユニットの左右、120㎜長身滑空砲と、3.5m級単結晶両刃剣が二振り納められた鞘が無い」
今回は徒手空拳。だから、固定ハンガーからは主武装の突撃単槍砲と、シールドは降ろされておらず。
駆動機の出力の差もあり、多少の有利分が帳消しどころか、不利になった。
「これと、徒手空拳とは言え相対戦をしろってのが、また無茶ぶりだよなぁ」
紬が、愚痴を独白しつつ。サブモニタを横目で見れば、先ほどの厳めしい髭面の軍人が、帽子を脱ぎ、真っ赤になった禿頭を晒しながらも、少々怒気を孕んだ声で、
「儂は、中学生相手だから軽く揉んでやれ、とは言ったが。最後の最後で<Dragon・Tooth>を持ち出すとは、まったくきいておらんぞ、聞いておるか近衛二尉っ!」
近衛・兼定に向かい、強く苦言を呈しているが。近衛・兼定本人は、至って真面目、然としており、
「聞いていますよ、辻・是清一佐殿。まぁ、私としてはです。相対する四号機の受験生の彼や、このように陽が暮れて寒い中、見学している受験生や、我が君。それに、後輩である五稜門の諸君に、機巧兵の良いところを見てほしいじゃないですか、ね?」
メインモニタに投影されている近衛が、紬に向かって片目をつむり。おそらく、同じ機巧兵に搭乗する者として同意を求めているのだろう。
紬としても、機巧兵の良いところを見て欲しい気持ちもあり。自分が目指す”探索者”と言う職業としても、軍との連携無くしては成り立たない事も理解している。
―――目の前の相手に比べれば、機巧兵の扱いが少し巧いだけの自分が、遙か格上に、どこまで食らいつけるか、自分が、今どの程度相手にされるのか、良い機会だなぁ、おい。
モニタ越しではあるが、まっすぐに。お互いの視線が交わる。
「物部・紬、中学三年。未だ不肖の身ですが、近衛・兼定二尉の胸をお借りします」
「よろしい、私を真っ正面から見つめるとは、良い気概をしているね、物部君。改めて皇宮守備隊所属、近衛・兼定、いざ参るっ!」
紬も、近衛も。互いに、機巧兵の操縦桿を握り。今すぐにでも、相対が開始出来る、張り詰めた空気の中、水を差すのをためらうかの様に、強面の軍人。辻・是清がサブモニタ越しに、
「お互い待て、少し待てっ!流石に、練習用に装甲を木製に変えている七十七式陸戦と、<Dragon・Tooth>が殴り合ったら一発で七十七式が操縦槽ごと内部構造が吹っ飛ぶわっ!今、教師陣と試験内容の変更をしている。だから言ったのだ、事前に話をしろと言ったのだっ!」
辻一佐の必死の声を聞いて、再び視線を交わし、紬と、近衛。二人ほぼ同時に、小さく吹き出した。
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