序の二 入学試験当日 その4
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格納庫前にある、機巧兵専用運動場。通称を練兵場と呼ぶ山一つを切り開き、整地した空間。紬の搭乗する七十七式陸戦機巧兵が、照明塔が照らしだす人工的な光の中で、一騎のみ影を作り、その場で佇んでいた。
「試験官側の七十七式に、多少不備があり別途機体を準備中の為、20分ほど待機のほどを、お願いする」
国防軍より派遣された試験官らしい、深緑の制帽目深に、そして飾り気の無い軍の制服に身を包んだ。如何にも強面でいかつい髭ずらの軍人を絵に描いたような壮年の男性が、サブモニタ越しに声を掛けてきてから、既に15分ほどが経過しており。
「待つのは良いけどさぁ。そろそろ腹がへってきたねぇ・・・・・・、って、声まねしても似てねぇなぁ」
最近、端末などで良く聞くフレーズを真似するも、自分の声では愛らしさの欠片も無く。照明塔の強烈な光の中、メインモニタから入る光度を下げて、辺りを見回し。
人が一番集まっている簡易的な天幕が張られた見学席を、メインモニタからゴーグル越しの視線を使って切り出し、拡大して様子を見てみる。
パイプ椅子が数十ほど並べられており。最前列には、先ほどの強面の軍人が多少苛ついた表情を浮かべて腕を組んで座っており、時折小型の投影端末で誰かと会話しているのが見える。
その後ろでは、このような遅い時間にも係わらず見物する物好き。いや、試験を終えた受験者や、五稜門の緑の基調とした制服を着た学生達が集まっている様子が窺えた。
その天幕から少し離れた練兵場の位置にも、数人の集まりが幾つか。その中でも気になったのは、元々備え付けのベンチに足を組んで座る長い黒髪の、
「一応、とびっきりの美少女なんだがなぁ」
どこの学校かは知らないが、白を基調としたブレザーに格子縞のスカート。すらりと長く、組んだ脚をより強調する黒いタイツを履いた少女。
その周囲には、彼女の気を引こうと幾人かの男女が話しかけてはいるが、濡れ手に粟。その尽くが無残にも、興味を引くことさえ出来ず、有象無象の愚衆としてあしらわれている。
そんな彼女が、数分前から。じぃ。と、擬音が付くかの如く此方を見つめており。本来視線など合うはずの無い、サブモニタ越しに目が何度も合ってしまう。
紬も、健全な青少年であり。美少女と聞けば、一目見に行こうか、と。その程度の興味を持ち合わせている年頃であるが、
「暗夜に浮かぶ孤月。他者を寄せ付けない孤高の美しさを湛える、触れれば切れる氷の刃って、詩的すぎるかねぇ」
決して手の届かない、指先で無造作に触れれば、即座に切り落とされる。そんな美しさを持った彼女から視線を外し。
時折、七十七式の駆動機の出力値を確認し、その値は高い水準で作動しながらも安定中。今か、今かと試験が開始されるのを待っている状況だ。
「にしても、向こうさんの状況が、よく判らねぇな」
同型の七十七式陸戦を用意するなら、自分が搭乗している四号機を除いて、格納機内に整備中の機体を含めた3騎があり。簡易的ではあるが、整備が終了しているであろう壱号機を学校側に申し入れて借り受ければ良い。
そうすれば、即座に試験が再開出来るはずだ。
それを今更ながら、別途機体を準備するとは。
「四号機さんよ、嫌な予感がしないかい?なんかこう、さ。試験官の皆さんが、今年も最後だからって、お遊びでさ。ものすごくヤバイ機巧兵でも準備してるんじゃなかろうかって、ちょっと思っちゃうんだよなぁ・・・・・・」
七十七式に話しかけながら、操縦桿を握り。徐々に出力を上げ、いつでも飛び出せるように呼吸を整える。そして外部の音を慎重に、僅かな機械音も逃さず拾っていく。
左目のゴーグルには、熱探知。サーモセンサーで、試験官側の機巧兵や作業機械、車両など駆動機の発する熱源を調べ、一番低温になっているのは、輸送車両と思わしき台車に横倒し。輸送状態のまま膝を立てて寝かされている機巧兵らしき姿だ。
七十七式の立ち上げ準備を行っているなら、同種の駆動機から発せられる音は似通っており。同種の駆動機から発せられる温度も、近似値によるはずなのに。
暗がりの向こう側から聞こえる、駆動音は静かに。それでいて甲高く、高出力駆動機独特の作動音が響き。駆動機の形式が新しければ新しいほど、熱変換効率が良く無駄が少ない為に、機体温度はそれほど上昇しない。
―――これは、聞き間違えねぇだろ。七十七式に比べると、遙かに高出力の駆動音だよ、これは。やったぜ、残り福ならぬ、残り地獄確定だ。
大型輸送車が暗がりからゆっくりと現れ、左右6本の杭が練兵場の地面を穿ち、車両を固定。
続いて2本のレールが立ち上がり、油圧昇降機の作動音と共に、格納庫の物と同じサイズの固定用ハンガーに搭載された。七十七式とは似ても似つかぬ機巧兵が、眼前にはっきりと現れる。
「これより試験官側機巧兵の起立動作を開始します。受験生の方、もうしばらくお待ちください」
試験官側の拡声器が、何度も注意を促しており。見学席も、予想外の機体の登場にざわめきが起きている。
扶桑の実質剛健な無駄の無い意匠を持つ機巧兵とは違い。欧州で数多く採用されている銀色に輝く湾曲装甲を多用した、単眼の騎士の姿が、ゆっくりと降着状態から、起立状態へと移行していく。
―――おいおい、まじかよ。
紬は、この機体に乗る人物を知っている。直接知っている訳ではないが、機巧兵に少しでも興味を持った者なら何度も目にする機会のある人物。
「お待たせしてすみません、七十七式陸戦の受験生さん」
落ち着いた、機体の印象に見合うだけの品格。少々垂れ目気味で愛嬌のある若い男性の顔がモニタ越しに写り、声が響く。
「皇宮守備隊所属、近衛・兼定。<Dragon・Tooth>を持って相対を開始します」
皇宮守備隊付き機巧特科のエース、その彼が、愛機を持って登場したのは流石に予想外だった。