序の二 入学試験当日 その3
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弐号機が戻ってきたことで、頭上の討論会はお開きになり。その場に残るのは、操縦槽に座る紬とハンガーのタラップに移った渡辺のみ。
「で、どこまで出来るんじゃね?あー、そうじゃな、名前を聞いてなかったな少年。いやぁ、失敬、失敬」
「物部。物部・紬です、渡辺先生で良いんでしょうか、その・・・・・・、どこまでとは」
紬の問いに、肯定という意味で頷き。言い淀むのを見て、
「あー、すまん。聞きたいのは、この各部の装甲も、サスもヘナヘナ七十七式陸戦での。相手は軍が、試験に合わせて用意した七十七式。それに、新米とは言え正規の訓練を受けた機巧兵乗り―――」
・・・・・・まって、正規兵?おかしいだろ、入試試験に正規の軍人が出張ってくるのは、普通は教師とかだろっ!
渡辺先生の台詞が耳に入り、逆方向に抜ける刹那の間に、此岸と彼岸を渡った気分になり。カクカクと、顔だけを向ける。
「はぁ!なんで、そんなのが。学生相手に、そんな無茶が・・・・・・、あ」
紬の驚きの表情を確認した渡辺は、にんまりを人の悪い笑みを浮かべ。地面を指さしながら、
「ここ、国防大学校付属じゃぞ?かわいい後輩になるかもしれん、ならないかもしらんが学生を可愛がるのは使命じゃろう?勿論手加減は加えるとの事だから、の?」
「うわぁ・・・・・・、嫌になるなぁ」
流石、国防大学付属の高校だけあると感心しながらも。
この試験の相対者は、正規の訓練を受けた機巧兵乗りと言えば、特殊作戦群並のエリート部隊の一員である。
近畿圏内なら国防軍中部方面隊に所属する伊丹の機巧特科あたりか、新関西国際空港島周辺の警護を行う関空守備隊が有名ではあるが。
京都御所を守護する、皇宮守備隊所属の機巧兵乗りが出張ってきても、この学校の場所的にはおかしくない。
・・・・・・気合いを入れ直す必要があるな。
「渡辺先生。先ほどの問いが勝てるか、勝てないか。なら、自分はこう答えますよ、負けませんって」
自分に言い聞かせるように、紬ははっきりと。淀みなく、気負いも無く答えた。
その答えを聞き、渡辺が先ほどより笑みを強めて、好奇心旺盛な子供のように、
「ならば、負けぬ所を見せてくれい。先ほどから試験を受けた受験生諸君がボロ負けしておっての、実質的に勝ったと呼べるのは一人だけなんじゃよなぁ」
癖なのだろう、親指を立てて腕を突き出し、
「期待しとるぞ、物部君」
外からは、何度も聞いた試験終了の合図が聞こえ。その合図に負けぬ大きな声で、先ほどの大柄な生徒がハンガーを駆け上がってくる、
「渡辺先生、そろそろタラップから降りてください!それと四号機の受験生くん、君が最後だ、頑張れよっ!」
一度大きく手を振り。そして、渡辺先生を肩に米俵のように抱え、足早に整備ハンガーの階段を降りていく。
応援と言うものは、良いものだ。正規兵相手と聞いて、硬くなった気持ちが少し楽になる。
「ありがとございます」
手早く答えると。紬は操縦桿を握り、
「七十七式陸戦機巧兵、起動準備。操縦槽を格納後、即座に出撃状態へ移行、命令実行開始」
紬の言葉の通り半分ほど外に出ていた操縦槽が機巧兵内部へ格納され、背部ハッチが閉まる。その上から、左右分割されていた背部装甲がしっかりと。背部ハッチを抱き込むよう閉じる。その上から8本の、緊急時には炸裂ボルトとなり背部装甲をはじき飛ばす、金属の螺旋によりがっちりとロックされ。
操縦槽の中に、装甲がロックされた金属音が響くのを感じながら、七十七式に搭載されたOSは命令を先送りで実行しており。前方視野270度をカバーするメインモニタと、顔の直ぐ両側面に後方90度をカバーするサブモニタが、既に空間射出され投影されており此方を見上げる学生達の姿がよく見え、その中で、
「がんばってくださいねっ!」
起動ユニットを挿入してくれた、名前を知らない小柄な女生徒の声が指向性集音器を通して良く聞こえる。
「各部駆動系、伝達系共に良好。玄素駆動機の起動プラグ着脱確認、起動、命令実行開始」
左目のゴーグルに投影され表示された各種データ、その中で、駆動系関係の数値が跳ね上がる。
なにより、喜ばしいことは玄素駆動機の出力の上がり方が、旧式の割には安定しており短時間ならば、かなり良い動きが出来そうだ。
「よし、この試験だけの付き合いになるかもしれないが、よろしくな四号機」
声を掛ければ、無機質な金属と精密機器の塊である、七十七式陸戦の四号機の出力係数が瞬間的に上がり、意思を持って答えたかのようにも見える。
左右の操縦桿をニュートラル位置へ、出力調整関連のフットペダルは起立をスムーズに行うために軽く踏んでおく。
ここまで来れば残りは、会場に移動して存分に動きを見せるだけだ。外部マイクに向かい、
「周囲に注意喚起、七十七式陸戦四号機。ロック解除後に、降着状態から起立状態に移行。起立動作完了後に、移動を開始します」
「作業員、全通路から待避完了っ!あれだけ、講釈垂れたんだ、他の奴らとは違うところを見せて貰うぜっ!通路及び進路に障害物無し、どうぞっ!」
渡辺先生との会話を聞いていたであろう、男子生徒が進路確保の旗を振る。それをメインモニター越しに確認し、
七十七式が膝を突き、上半身を前に倒した降着状態からゆっくりと無駄の無い動きで、玄素駆動機の重く唸る音と共に立ち上がった。
「さぁて、ここからは一発勝負だ」
紬は、操縦桿を握り治し。徐々にメインの出力を上げて、機嫌の良い駆動機の音を楽しみながらも前を見据え。
格納庫の通路を、挙動が重いはずの旧型機巧兵が、さも人間が丁度良い鎧を着込んで歩いている、さながら人型機動兵器の理想型にような。重量感を感じさせない足取りで、歩を進めていった。