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序の二 入学試験当日 その1


 時は遡り、一月中旬。


 試験当日。

 

 晴天に恵まれ、懸念されていた天候による交通機関の遅れなどが無く、格好の試験日和となった日。


 近隣の普通科高校にはギリギリ入れる程度の成績は、一応維持してきた筈だった、筈だったのだが。


「流石、最難関国立高校。・・・・・・試験問題がなんも、まじで、わからねぇなぁ、おい」


 社会なんかは丸暗記すれば良いだけだし。英語や、国語などは基本さえ押さえれば何とかなる。


 問題となったのは、紬が苦手とする理数系分野。


「特に、ハーディ・ラマヌジャンのタクシー数って何だよ。暗号か何かかよ、妙に配点大きいし、これ解けた奴いるのかよ、いやいや、まったく、ガチな奴だろ、これ」

 

 誰も聞いていない独白が、思わず口からこぼれる。


 壊滅的だった理数系の筆記試験を含めた、およそ四時間後、カラスが鳴いて、そろそろ夕日も沈む時刻だ。


 この五稜門を記念受験した同級生達は、ほとんどの者が帰路についたり、駅前にある喫茶店や、軽食屋で談笑している頃合いだろうか。


 中学校の同級生で神童扱いされていた子らが必死の形相で。天から落ちる、一筋の蜘蛛の糸を求める、そんな一縷の望みを託して、自分と同じく一芸試験を申し込んでいたのが印象的だった。


 手元のゴーグルを左目に当て、時刻を確認すれば既に17時少しばかりを回っている。


「貧乏くじならぬ、残り福。縁起を担いで見たものの、それが最後の最後。ドンケツ万歳になるたぁなぁ・・・・・・」


 それだけ、一芸試験を受ける数が多いと言うこと。


 高校の職員も困惑顔で、


「今年は、何としてでも入学しようとやっきになってる感じねぇ、はいどうぞ」


 と、申請書を提出し。一芸入学試験の割印を押して貰っている時に聞いた。

 

 三時頃には、間食として味気ない小麦と、油脂と珪藻類が練り込まれたカロリーバーで済ませ。空腹による集中力の低下や、逆に満腹による眠気などは無いようにしてはみたものの。


「ちょいと、小腹が空いてきたなぁ」


 だが現在は、五稜門高校の裏山にある機巧兵格納庫の中。一番奥にある整備調整用のハンガーに収まった七十七式陸戦。

  

 その操縦槽の背部ハッチを開けて、その操縦席は半射出状態。つまりは高いところから、ゆっくり辺りを見渡しつつ出場待ちの待機状態。


 隣のハンガーでそわそわと、次の順番を待つ男子生徒などは、緊張のあまり周囲がまったく見えておらず、下から拡声器で声を掛けられてやっと気付く有様だ。

 

 普通ならばそう、緊張するはずの事態なのだが。

 

 手慰みに、先ほど解けなかった問題を検索してみたり、電子の妖精掲示板で今回の試験の難しさを、共有してみたり。


 ゴーグルの設定を、機巧兵モードにして七十七式のメインシステムに接続、同期をこっそり取ってみたりと意外に暇が潰せている。


 ・・・・・・やっぱり、機巧兵の操縦槽に座っているだけで、落ち着く・・・・・・


「これが、悟りか」


 感慨深げに、七十七式の単座操縦槽の。操縦席を左右から覆う様に突き出し、取り付けられた操縦桿を握る。


「乗り込んで直ぐに、調整して正解だったなぁ」


 順番待ちの時に見ていたが、この機体に搭乗していた長い黒髪の少女は、自分の体型に合わせて操縦席や操縦桿の位置を変えていた為に、そのままにしておくと紬の体格では操作しにくかったのだ。


 操縦桿にを握れば指先に20を超えるスイッチが、マニュアル操作時以外はほとんどロックされていて動かないが、指先に触れ、感触を楽しむ。


 少し腕を捻るように操縦桿を幾度か動かし、


「右のレバーがちょっとばかし、重い・・・・・・な」


 続いて、足先にも、機巧兵を操縦するために必要なペダルが複数あるが。今乗せている、出力調整をするペダルも少し堅い。


「やっぱ練習用にいろいろギアやら何やら部品抜いてるなぁ・・・・・・、仕方ないか、残念無念って奴かねぇ・・・・・・”こいつ”も」


 搭乗中の七十七式陸戦。左肩に大きく”四”と描かれた、この機体の上でぼやきつつ。


 機体の周囲には、緑色を基調とした作業服を着た、五稜門の生徒達が慌ただしく動き回っているのが見える。

 

 中でも、体格の良い大柄な生徒が率先して、


「そろそろ、試験中の弐号機が戻ってくるぞ、次の参号機の試験が終わりしだい表に出られる様に、四号機に起動プラグ回せっ!戻ってきた機の格納スペース、それと降着後に搭乗者用のタラップの準備も忘れるなっ!」


 的確に状況を判断し、次々と他の生徒に指示を出しているのを眺めていて。


「すいません、四号機の受験者の方!【玄素駆動機アダマス・ドライバ】への起動プラグの差し込み始めます、装甲解除よろしいですか!!」


 指示されて直ぐに、栗色の髪色をした女生徒が機巧兵の動力を稼働させる為のプラグを両手で抱え、自分を見上げながら、若干おどおどしながら聞いてきた。


 起動プラグは、両手に抱える程度の円柱形の部品、先端には赤黒い色をした【玄素アダマンタイン】の高純度結晶体が取り付けてある。


 これは機巧兵の主動力源である【玄素駆動機】を起動させる為の、いわば安全装置の様なもので、国際基準に照らし合わせれば。取り付け位置は腰のスカートと呼ばれる、装甲部分の内側に挿入口があるのが通例だ。


「了解しましたっ!少し離れてください。臀部上方装甲を解除、起動プラグ接続口解放します」


 操縦槽にあるスイッチを幾つかを手慣れた様子で、淀みなく操作し、スカートの装甲の接続が定番の警報音と共にゆっくりと左右に分割解除、挿入口を露出させる。


「わ、弐号機の受験者さんよりはやいです。あの、ご協力感謝しますっ!これから、起動プラグ挿入開始しますっ!」


 この台詞からして、既に試験は始まっているのだと判断出来る。よほど乗り慣れてないと、この動作は普段行わない分、どうしても手間取るものだ。


 少し離れた位置で、ぺこりと頭を下げる彼女。蜻蛉の意匠を施した髪留めが印象に残る。


「了解、よろしくお願いします」


 足早に機体に近づき、挿入口に金属筒の先端を合わせ、ゆっくりと挿入していく様子を見ながら、いろいろと考えることがある。


 まずこのように、各部開閉などは、操作さえ間違えなければ、それはもう旧型だろうが、新型だろうが基本的には同じだ。

 

 機巧兵は内蔵された小型の非常用バッテリーで起動プラグを挿入しなくても、基本的な動作は行える。


 それは、各部間接に仕込まれた補助電源によるものなので、稼働時間は非常に短く、システムによって必要最低限の出力にまで、例をあげるならば、ゆっくりと老人が震えながら杖を持って歩く程度の動き、言い方を変えれば牛歩しか出来なくなる。


 つまりは、公然とした。幅広く周知された英雄に張り付いた、菩提樹の葉と言う奴だ。


 この機巧兵に張り付いた、菩提樹の葉の痕を的確に撃ち抜ぬ事に情熱を燃やし、生身で巨人に挑む者達を【機巧猟兵イェーガー】と呼ぶ。


 起動プラグ部分を破壊すれば、まともに動けなくなった機巧兵は、鈍重な動作しか出来ない的である。そのため拿捕して闇市に売り払ったり、逆に軍から回収依頼を受け、操縦者共々引き渡したりするのが彼らの商いだ。


 基本的に商いする前に、初戦で九割九分九厘が脚部装甲に接触したりして、はじき飛ばされて死ぬんだけどな。


 その中でも、戦場でしぶとく生き残り、機敏に動き回る機巧兵の隙を突いて撃破し、幾つものスコアを伸ばし続ける実力者達を、【巨躯殺し(ジャイアントキラー)】と畏怖と、幾ばくかの憧れをもって呼称される。


 こういう存在は、総じて人間の想像の斜め上を行く人。いや、人も居ると言った方が正しいだろうか。


「・・・・・・、あーあれだ、プラグだけピンポイントで絶対潰すマンとかレディとか、人間じゃねえよな」


 動き回る機巧兵の不整地での最大速度は、約60キロ。全装備重量30トンを超える重量級機体も数多く存在しており、その動く鉄塊の動きをギリギリで避けつつ狙った獲物は逃さないのが、上位の機巧猟兵達だ。


 探索者になったとしても、この手の修羅か羅刹かと言った人達には、


「・・・・・・あんま、関わりたくねぇな」


 紬が、心の奥底から思う事であり。


 機巧猟兵を名乗るのは誰でも出来るが、名をあげて生き残ってる【巨躯殺し】は一騎当万の猛者だけなのだ。そうそう出会うはずも無いだろう。


 人外に思いを馳せ、少し時間が過ぎた所で。先ほどの女生徒から、


「起動プラグ挿入、固定完了しました。ご協力感謝します!それでは、試験のほう、頑張ってくださいね」


 まぁ、機巧兵を使用する国防軍では、この起動プラグを取り付け、取り外す機会は少ない。つまり、これはその道に進む為の実地練習も兼ねている訳だ。


 女生徒が再度離れたのをみて、臀部の装甲を再び閉じてロックを掛ける。音声認識による自動処理も出来るんだろうけど、その為の端末が、


「ふむ、そうだ」


 膝の上に置いていた端末の換わりにコレが使える。ならば、先ほどからこっそり同期させているゴーグルを、だ。


「少し待ってください。すいません、コレ使って良いですかっ!!使って良いなら、七十七式と連動させてみたいんです!」


 愛用の片目ゴーグルを手に持ち、腕を伸ばして装甲を閉じる様子を見ていた女生徒に見せる。


 唐突に声を掛けたせいか、女生徒は


「えと、あの。そのっ!す、少し待ってください!」


 が、判断が付かないようで。慌てて、小動物の様に周りを見渡し判断を仰げる人物を探している。


 上から見れば、先ほど指示を出していた大柄な生徒も、別口の作業で忙しそうだ。


 その代わりにその背後からゆっくりと、わざと気づかれる様に足音と立てながら女生徒に近づく影があり。それは白髪に白衣、少々猫背気味の男性で、飄々としているが一癖も二癖もありそうなご老体だ。

 

 背後の足音に気がついた女生徒が、自分の提示したゴーグルの事で何か話しており。


 白髪の男性が、此方をしっかりと。正確には、自分の持つゴーグルを見てゆっくりと親指を立て、片目をつぶり、にっかりと口角が弧を描き。

 

 更には、無駄に華麗な動きでくるりと白衣を翻し一回転して、再び同じポーズを取る。


 その動きに若干引きつつも、目を離したら何をされるかわからねぇ。そんな、警告を本能が出していた。

 

 そしてこの広く、他の機巧兵を整備しており騒音鳴り止まぬ格納庫の中でも良く響き、よく通る声で、

 

「名も知らぬ少年よ、構わん、構わんぞっ!一芸試験は、己の全力を持って挑むもの。W8全環境対応ゴーグルなんぞ持ってるんだ、おもしろい、存分に使いたまえっ!!私が許可しようっ!この、技術部顧問である渡辺・綱良わたなべ・つなよしがな、わーっはっはっはっ!」


 いったい何だよ、この老人は。


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