序の三 周りの人々 その10
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黒緋金なる金属について簡単ながら説明した紬は、最初から真剣に聞いていた大師・環伎や、数寄屋に馬飼からは拍手が。途中から周囲で耳を澄ませ聞いていた同級生達からは、
「専門知識で気を引くとは、ぐぎぎ」「軽すぎるのも問題でおますなぁ」「重さを生かして叩き斬る系には不向きどす」「去年の世界大会で優勝した人ですね、検索検索」「先輩が知的なんて、そんなぁっ!」「大量生産出来れば、拳銃の部品に・・・・・・」
――こ、こいつら。微妙に黒緋金の得意分野と、苦手分野をあれだけの会話で把握してやがんのかよ。
「そうね、物部くんが詳しいのは判ったし。大師さんが行くべき場所も、うん、だいたい判ったわ」
数寄屋は、彼女の横で腕を組み。紬のほうを、ちらりと見てから頷き。
「・・・・・・大師さんは、その工房を訪ねて来た訳、ね。それで何か情報が無いか、それらしき店舗が無いか地図を見てたって事よねぇ、なるほどこれで合点が入ったわ」
大師・環伎が、この五稜門に訪れた理由も、そして行く場所も判ったというのに。
「はい、その。それで・・・・・・」
彼女の声が、どこか固く、ぎこちなく。
先ほど、警邏に連行されていった二人組の事を思い出したのか、表情が僅かに曇り、肩も小さく震えて、今にも泣き出しそうな、そんな雰囲気に。
隣に座り、彼女の機微を見ていた数寄屋は、その小さく震える手をの上に、そっと自分の手を重ねて、
「あーもう、無理に思い出さなくて良いから。よしよし、大丈夫だから、ね?」
まるで幼子をあやすように、大師・環伎が落ち着くまで、そっと優しく語りかけながら軽く肩を抱きしめる。背後の同級生達の声が途端に騒がしくなってくる。
紬と、馬飼。二人は顔を見合わせて互いに、その光景に苦笑しながらも。
「流石だねぇ、数寄屋さんは。今さ、自分が目の前と同じ事するとさぁ、即刻通報案件だぜ、なぁ馬飼」
「そこん所は、物部に完全同意だわ。しっかしよ、楓は昔から”こう”なのさ。困ってる子が居たら泣き止むまで側に居て、震えてたら抱きしめるかんな」
で、あれ止めるか?と、振り返り馬飼の指さす先。
指先の方を、振り向けばそこには、スクラムを組んでいる複数人の姿が。わざわざ照明の当たる位置を中心にして、男女問わず肩を組み僅かに蠢動している事が、何も知らない人達からすれば前衛芸術か何かと、そんな風に勘違いされなくも無いほど息が合っている。
――・・・・・・即席であれだけの動きとか、遊ぶことに関しては、常に全力だすよなぁ、うちの学校。
背後のうねり蠢く混沌と化した風景から、視線も、意識を背けた紬は、隣でその奇怪な光景見続けている馬飼に、
「馬飼そろそろ見るのを止めとけ。あれは同級生じゃなくて逢魔が時の百鬼夜行か、暗黒舞踏みたいなもんだ。見る度に精神が汚染されて正気度が削れるぞ・・・・・・」
「・・・・・・そ、そうだな。なんか、吸い取られそうな気がしたぜ、命とか」
声を掛けた後も、暫くその光景を見ていたせいか、がっつり正気度を削られた様子の馬飼は、目頭を押さえており。
「止めても、止まらないのがウチの中学の校風なんだよなぁ」
つまり止める。ではなく、停止させるには物理的な手段を選ばざるを得ないが、有害なのか無害なのかは判別がつかず。見るだけなら、何かが削れるだけなので現状放置。
「はーい、それでは皆様、そのようにー」
背後では何らかの打ち合わせが終わったようで、誰かが音頭を取り。それに合わせて暇な同級生達は、一列に並び直し、全員が、左右の人間を見て頷き。
せーの、と呼吸を合わせ、
「「「数寄屋さんは、なんて凄い漢女だっ!」」」
現状において同級生や、後輩達が持ち得る最大の賛辞が数寄屋に、大合唱と共に送られ。街ゆくひとも、現場検証を行う警邏の人達も、それを見て何事かと視線が集中する。
数寄屋は、大師・環伎の頭をひと撫でして、無言で立ち上がり。怪しくクネクネと踊る集団に対し、人差し指を突きつけながら、
「待ちなさいあんた達、その乙女って所っ!漢字が違う物に置き換わって無いでしょうねっ!」
数寄屋の声を聞き、全員が真剣な表情で、えっ!と、声を出し。それを回答とした数寄屋は突きつけてた指を、手を返して握り拳に。その身体は怒りに震えて、
「あなた達、全員そこに直りなさいっ!」
理性を残したまま、爆発した。
その瞬間に、その場に居並んでいた集団は、蜘蛛の子を散らすかの如く。
「ぎゃーす、数寄屋先輩がきれたー」「あ、そこの可愛らしいお嬢さんばっははーい、撤収っ!」「泣き顔はにあわねーぜっ!ひゃっはー」「物部はん、月曜日覚悟しなはれや~」「先輩おやすみです、新聞楽しみにしてて下さいねっ!」
今回は、数寄屋が本気だと感じ取れたのだろう。台詞もバラバラ、両手を挙げて、コミカルに冗談っぽく逃げるが、その速力は自らが持ちうる全力全開。
誰一人として、同じ方向に逃げず、捕らえられるリスクを分散しているのは、見事と言うべきであり。
「物部くん、大師さんを任せるわ。目的の場所は良く知ってるでしょ、連れてってあげて。あ、こら、逃げるなっ!今すぐ全員締めてあげるから、覚悟なさいっ!!」
「数寄屋、ちょっと待てっ!自分が連れて行くって――、駄目だ、頭に血が上って聞こえてねぇ・・・・・・」
紬の返答を待たずに、数寄屋・楓が広場へ飛び出し。一番足の遅い同級生は、陸上部でならした数寄屋から、逃げ切れる訳も無く。
「こぉらっ!誰が、男女かっ!」
「我々は、暴力には屈しな、あひん!そして、そこまで言ってな、うひーっ!」
捕縛された男子生徒は首根っこを捕まれて、なぜか喜んでいる様子も見受けられるが、普段と何一つ変わりない、いつもの奇行と割り切る。
「すまねぇ、物部。ちょっと、楓の奴がやり過ぎないように見てくるぜ、じゃあ、詳細は月曜日に聞くから楽しみしてんぜ!」
じゃあなと手を振ると、にやりと笑う馬飼は、正に古典映画の番長を思わせる雰囲気で、数寄屋の走っていた方向に歩いて行く。
その光景を、目を丸くして見ていた大師・環伎はくすくすと、声を抑えながら笑い。追いかける数寄屋の背中や、それから逃げ回る同級生達から、紬に視線を移し。
「ふふっ、皆様楽しくて、優しい人達、なんですね。私を笑わせようと、気を遣って下さって、本当に嬉しいです」
「くく、それをそのまま伝えると調子に乗っちまうなぁ・・・・・・」
大師・環伎はうっすらと目を閉じ、両手を胸に当て。
「私は、皆様が少し羨ましく思います。皆で笑っていて、楽しそうで・・・・・・」
「そうかねぇ、年相応に馬鹿やってるだけなんがなぁ・・・・・・、自分も、あいつらも」
そろそろ紬や級友達も、三月の中頃の卒業式を終えれば、別の学校に行ったり、家業を継いだりと、
「こうやってはしゃぐのも、そろそろ最後かねぇ」
感慨深いものはあるが、本当の最後には、今しばらくの余裕が有り。数寄屋にも頼まれたので、大師・環伎の目的の場所。黒緋金を取り扱う、根来刃物へ案内しようと、座ったままの彼女に手を差し出し、
「どうぞ、大師さん。お探しの根来刃物へお連れ致します。って、気取ってみたが、似合わねぇなぁ、おい」
「ふふっ、気取った姿もお似合いでしたよ。それでは、案内の方よろしくお願いいたしますね、物部様」
書きため終了しました。次回は、2~3日後を予定しております。




