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序の一 ある日の午後 その2


「はい、今行きますっ!」


 紬は大きな声で返事をすると共に、土間に揃えてあったゴム草履をつっかけて庭に出る。入り口までは所々に敷石があり。植えてある桜の木を迂回しながら入り口まで続いており。

 

 少し不安げに、声は聞こえたものの姿が見えずこちらを伺う郵便局員を表す制帽、そして紺の制服に身を包んだ青年の表情が桜の木を抜けた所で見えた。


 あちら側の郵便局員の青年も、こちらの顔を見て安心したような、眼帯を見て驚いたような。それでいてほっと胸をなで下ろしたかのような表情を浮かべている。


「ご苦労様です。すいません、お待たせしました」


 紬から声を掛け、入り口の鍵。電子錠でもなければ、南京錠のようなモノでもない。ネジ締まり錠と呼ばれる型の、現存していることが希だという二世紀も前から使われていた引き戸用の鍵。いや正確にはネジ部分に手を伸ばす。


 これを、回すように捻る事によって引き戸の枠を固着させ動かせなくすると言うのだが。力を入れて引き戸ごと蹴り倒せば、鍵いらずですんなり押し入ることが出来そうで、非常に不用心でもある。

 

 郵便局員は、珍しい型の鍵をみて不思議そうに、興味深げに開いた手をあごに当てて。そのネジ締り錠の解錠シーンを見ており、


「・・・・・・現物は初めて見ました、郷土史の資料でしか見たことの無い鍵が未だにあるなんて」


 この離れに来たばかりとき、開け方が分からずに塀をよじ登り学校に行ったのは良い思い出で。


「この辺りは神戸や、横浜に東京。それに未だ半壊した大阪や、ここから浜手に見える堺の工業地帯に比べて何も無い郷土地域だったから、東亜連との戦争被害が少なくて、旧世紀以前のモノがいろいろと残っているらしいですよ」


 かつて戦争が。物部・紬を初めとする若い世代の知らない。隣国との間に三年に及んだ極東戦争とも、極東騒乱とも呼ばれる戦争が起きていた。


 東アジア社会・共産主義圏共和連合、略して東亜連。

 かつて中華人民共和国と呼ばれる国家を中心とした、朝鮮、蒙古、ミャンマーなど合流した社会・共産圏国家連合は、扶桑に亡命したある重要人物の引き渡しを要求し、当時の政府首脳陣はそれを突っぱねた。

 その数ヶ月後。宣戦布告の無いまま、彼らの軍は秘密裏に海上哨戒線を抜け、特殊作戦を行う部隊が上陸・強襲した「扶桑皇国同時襲撃事件」。その中でも最大級の人的、物的被害を出した「大阪事変」は教科書にも数ページに渡って記述される程の重大事件であり、地元の為か社会の教師が熱弁を振るっていたのは覚えている。


「いやはや、小官。ここに赴任して初仕事だったのですが、おっと失礼。まずは職務を全うせねばなりませんな」


 職務に忠実なのだろう表情が引き締まるのがわかる。先ほどの不安げな表情と打って変わり、手に持った封筒を紬に差し出して一言、


「おめでとうございます、物部さん。小官の初仕事が、この封筒を届ける事になるとは、感無量であります」


 本当に感無量といった感じの郵便局員氏から封筒を受け取り、まず感じたのは。ずっしりと重く、次に封筒に使う紙の品質にしては高級過ぎると言う事。

 

 封筒を裏返せば、見えるのは扶桑の国花を象った「桜」の赤い封蝋が押されている。


 得も言われぬ重圧感を感じながらも封筒には、確かに物部・紬様と宛名書きされており。確かに、自分宛のものであるがその差出人。いや、差し出した教育機関の名称と、表記されている文言にまず眉をひそめる。


「・・・・・・扶桑皇国国防大学校付属・五稜門高等学校・・・・・・合格通知証と入学のご案内っ!まじかっ!!」


 紬の驚く声に苦笑しながら、郵便局員は敬礼し、


「本気とかいて、まじと読むくらいマジでありますよ」

 

 紬が声を上げて驚くのは当然であり、驚くなというほうが無理と言うのが、この高校の名前の恐るべき所である。

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