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序の三 周りの人々 その7


 ぽっかりと、誰もが見ているだけの騒ぎの中心に動きがあった。


 手首を強く掴まれても怯まず、表情に少し焦りの表情はあるものの、眼前の男に対し侮蔑の視線を送り、


「離しなさいっ!」


 ”孤月の君”の澄んだ声は、罵声を浴びせる続け、抵抗の意思を折ろうとしている男のにかき消される。


 その細い手首を掴み、その場を動こうとしない彼女に対し、語彙の少ない罵声をがなり立てる。耳にピアスを幾つも開けた、売れない水商売関係者と言う印象を受ける男。


 もう一人は、ドレッドヘアの中途半端な短さが印象的な痩せぎすで、だらしなく粘着質な薄笑いを顔に浮かべている。そに両手首には腕を動かす度に、軽く擦れる様な金属音が、紬の気に障る。


 見ているだけで何もしない、黒山の人だかりを割って出てくる少年を見て、ざわめきが起きた。


 ゆったりとした足取りで、紬は三名の側に来ると。ドレッドヘアの男が何か言いたげなであったが、無視。場を納める為に、二度ほど聞こえる様に強く手を打ち。


 同級生から見れば獰猛な。見慣れない者が見れば、正義感溢れる少年が笑顔で、


「はいはい、五稜門のお兄さん達。その子の手を離して回れ右すれば、恥ずかしい思いをしなくて済むかもしれませんよ?」


 背後から馬飼や同級生達が、「やばい警邏か、先生呼んでこい!」、「紬君が微妙に敬語だ、相手は死ぬ!」、「哀れ、いと哀れ也~」、「あー、先輩が好きそうな可愛い人ですねぇ、うふふ」など騒いでいるが、あと一部、自分の趣味嗜好を衆人環視の元で晒すんじゃねぇよと、言いたいのを我慢しての笑顔だ。


 微妙ドレッドの男が腰に両手をあて、紬の顔に、己の顔を近づけ睨み付けながら、


「おいおい、糞餓鬼ちゃん。お兄さん達、この子をお持ち帰りするのに忙しいから失せなよ、ぎゃはは。そこで集ってる奴らもだ、俺達は天下の五稜門生様だぞ、お前らとは出来が違うんだよ、出来が!」


 薄く笑う紬の口元を見て、何を勘違いしたのか。


「は、びびってんじゃねぇか。そらなぁ、お前みたいな糞雑魚にどうにか出来るわけないもんなぁ」


 調子付いて、安物の合成煙草のヤニ臭さの残る、生暖かい呼気を吐き付けてくる。この男を紬は、内心哀れに思いながらも、視線を合わせ、


「黙れ」


 地の底から響くような、重く低い声で一言。その言葉の意味通り、男の表情が凍り付き、触れも何もしていないのに怯えたように後ずさる。


 冷や汗をかき、化け物でも見るような表情を見せる男を、笑顔で、目は笑わず、極めて冷徹に。


「五稜門の生徒は、煙草など喫しませんし。校名を汚せば放校処分の上、人によっては”居なかった”事になりますよ」


 国防大学校関連の事を少しでも調べていれば、誰もが目にする事実を。すかさず、大阪環状壁内で住んでいた者なら暗黙の事実を、


「大阪の外縁部で転がってる”粗大ゴミ”みたく、”処分”されたくないでしょう、”騙り”のお兄さん?」


 紬は、耳元で優しく諭すように、恐怖を煽るよう強弱を付け、言葉を口にする。


 短髪ドレットの男はその言葉から何かを感じ取ったのか、膝から崩れ落ちるように尻餅を付き。顔を両手で覆いながら、何かブツブツと呻いて動かない。


「・・・・・・やり過ぎたかねぇ・・・・・・」


 ぼそりと、小さな声で紬は呟く。

 

 土岐・依折直伝の交渉・恫喝術の一つ、言のことのは。視線や、言葉の強弱、そして殺意を乗せた言葉で相手を斬り伏せ、墜とすだけの技術で、紬が習得出来たのはコレ一つ。


―――自分の中に、確固たる己を持たない者ほど効くとは言うが。見た目のハデさと違って、ずいぶんと空虚だなぁ、おい。


 背後からまたも、「トヘロス、トヘロス!」、「そりゃ、エンカウント後は効かねぇよ」、「なら、あれだニフラム!」「殺意で行動を封じ、言葉で心を折ったな」、「先輩のケモノな眼光が素敵ですぅ」などと再び騒いでいるが、古典文学に出てくる魔法じゃねぇよ、などと心に中で突っ込みながら、笑顔を継続する。 

そのまま、震え、呻くだけになった短髪ドレッドの男の無視し。次の標的であるピアス耳の男に近付いていく。


 何が短髪ドレットに起こったのか分らないまま。紬に、先程と変わらぬ笑顔を向けられ、”孤月の君”に向けられていた怒りと罵声の行き先を、紬に向ける。


「あいつに、なにしやがったてめぇ!ぶっ殺すぞ、てめぇ!!」

 

 語気は未だに荒々しく、”孤月の君”の腕を掴んだまま離しもしないが。相方が人の目を憚らず蹲り、震え呻くだけに成り果てて。


 その顔には困惑と恐怖、その双方が浮かび。二月も終わる、まだ寒い夕刻時にも関わらず、その額には汗が滲んでいる。


 周囲に集まった人だかりは、何が起こったのか判らずに騒然とした雰囲気に包まれており。


「何もしていませんよ、ただ”黙れ”と。それに親切心で事実を言っただけです。五稜門の生徒を騙るお兄さん」


 言葉に言の刃を、その切っ先に殺気を乗せて。その顔は歪み、怯んだ隙に、”孤月の君”の手首を強く掴んだままの、蛇の頭のタトゥーが手首から見えた。


―――蛇のタトゥー。またぞろ入ってきたかよ、しつけぇなぁ、おい。


 過去に何度も、幼馴染みと修羅場を潜った時に、嫌になるほど見たタトゥーの入った腕を掴みあげ。


「そろそろ離そうか、チンピラ。このお嬢さんの珠の肌に傷でも付いたら大問題ですよ?」

 

 言葉と共に、単純に外側に向かって捻り上る。


 肉体的構造上の原理と、関節の痛みにより、ピアス男の手のひらが”孤月の君”から離れた所を、更に捻りあげる。男からは、


「んだぁ、痛てぇんだよ、てめぇ!ブッ殺すぞ、てめぇ!!」


 相も変わらず語彙の少ない罵声を叫ぶが、紬は無視。代わりに、まだ表情の堅い”孤月の君”に振り向いて頷き、


「もう大丈夫、安心して下がっていてください、お嬢さん」


 目の端にうっすらと涙を浮かべた彼女も、呆気に取られた様子で頷き。数歩後ろへ下がるのを確認。すると、同級生や後輩の女子が率先して、守るように”孤月の君”の前に出る。


―――女子のほうが男前だねぇ、まったくウチの学級は。


 微笑ましく思いながらも、目の前の男に関しては、


「その入墨の入った奴に、手加減する必要はねぇよなぁ、おい」


 ピアス男が痛みに耐えかね暴れ出すのを、宣言通り手加減せずに小手を返し捻り上げ。膝を付き倒れ込んだ所を、がっちりと関節を極め拘束する。


 背後から三度、「えげつねぇ、ハンマーロックかよ」「物部っ!極めすぎるな相手脱臼すんぞ!」「五稜門で戦術教練受けてる割に弱くねぇか?」「つか、五稜門って入墨いれてたら即退学だぜ?」「先輩の言葉責め最高ですわぁ」などと、相変わらず騒いでいるが、一部拘束に関して的確な指示が来たので、僅かに力を緩め、笑顔も解く。


 そして、菓子折入りの紙袋を持ち、心配そうな面持ちで見る馬飼に向かって、大きく、

 

「馬飼、そっちの男確保!誰か、警邏じゃなくて、特警を呼んで下さい、特警っ!こいつら、上海系犯罪組織の一員―――」


 正体を見透かされ、特警。つまり国際的な組織犯罪を主に担当する、特別公安警察を呼ばれる事に気が付いたピアス男は、紬に顔を向け、


「この餓鬼離せっ!離してくれっ!!ころ、殺されるっ!!上にバレたら殺される、たす、助け!」


 叫び暴れ回るが、間接を極められ思うように動けず。大人しくしていれば抜けなった肩が、脱臼し豚のような悲鳴を上げる。


 そのピアス男の上で、馬飼を除いた男子生徒や大人達が、短髪ドレッドの男を確保するのを見ながら、紬は大きく嘆息。


「ったく、五稜門に入学が決まった矢先にコレかよ、まったく世間様を騒がせる輩は尽きねぇなぁ、おい」


 誰にも聞かれない独白を零していた。

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