序の三 周りの人々 その5
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「一目おじさんも快諾してくれたし、これで武装関連は一安心だなぁ」
紬が選んだのは、扶桑刀の製造過程の一つ。"鍛錬"と言う、刀匠と弟子が呼吸を合わせ、交互にその道具を振い、鋼を何度も折り返し、圧搾する作業に使用されるもの。
それは、大鎚と呼ばれる道具。
その中でも、先端部分には玄素鋼から削り出された金属塊。柄は、通称”ウシゴロシ”と呼ばれる、希少なカマツカの古木から切り出しており、長さは、およそ120cmほど。
紬が、玄素鋼の先端部に全体重を乗せて地面に振り落とし、地に響く程に叩きつけたとしても、強靱で粘り強い柄がその衝撃を上手く吸収してくれる。
なにより大鎚は、扶桑刀などに比べると、基本的な技術習熟に長い時間が掛かる事もない。
根来・一目としても、普段使わない道具である事、そろそろ鋳溶かして、別な物を拵えようかと考えていた所だったようで。手が空いた時にでも、磨きや、機殻加工と言った整備を施してくれると言う。
その事から、専科の武装選びに頭を悩ませずに済み。左目のゴーグルは外して胸元に、服は作務衣のまま、運動靴に履き替えて。気持ち的に軽い足取りで、裏口から砂利道へ、そして砂利を踏みしめながら、浜手の南山電鉄五稜門駅と、山手の五稜門高校を繋ぐ通りに出る。
この通りは、極東戦争の被害を逃れた木造建築物が数多く残されており、各地から移築されもしている。
そう言った理由から、昔ながらの、何か懐かしい気持ちになる町並みと、それと調和するような喫茶店や、根来刃物のような生活用品を販売する店が建ち並ぶ。
時折、大阪湾を望む事が出来る緩やかなカーブを描く坂道は、この時間帯。そして土曜日と言うことも相まって静かだ。
―――五稜門の入学式や、文化祭。それに、体育祭なんかは店舗の前が大渋滞ってなもんだがね。
片側一車線で、普段交通量は少ないが。五稜門の入学試験日の様に、大型輸送車両が通れば、大きく車線をはみ出してしまい、もう一方は停車し、譲らなければ立ち往生してしまう半端さもあるが、
街灯に内蔵された端末から、公共看板の映像が射出され”飛び出し注意”と書かれており、子供の飛び出す映像が流れている。紬としては、ある意味微笑ましく、苦笑。
「・・・・・・大阪環状壁内縁部なら兎も角、外縁部は酷かったからなぁ・・・・・・」
戦後、未だ復旧の終わらない大阪環状壁外縁部なら、ほとんどの端末が不法にハッキングされて、子供の教育に好ましくない、桃色に彩られた過激な広告が流れており、行政側も対策はしているがキリが無いためか、放置状態。
通学路にまで、薔薇色の過激広告が流れてたからな、あれは酷かった。一部の女子が、腐女子に進化したのが、非常に厳しい思い出の一つだ。
流石に、五稜門高校の通学路に当たる道で、そう言った不法を行う者は少ないだろうが。
「そうか、父さんと母さんが依頼を受けて、熊野大社付近の調査に出て、一目おじさんに預けられて、もう三年か・・・・・・」
大阪外縁部を離れてそれだけの月日が経つが、当時の事が鮮明に思い出されるのは、それだけに濃い経験を送ってきたからだろう。
過去に思いを馳せ、のんびりと坂道を下りきれば比較的大通りに出て。その通りを渡れば五稜門駅前商店街のアーケードで、人通りも格段に増える。
この地域の目抜き通りと言われる場所だけあって、多種多様な店舗がずらりと軒を連ねており。
全国でも有数の総合百貨店を始め、衣服や食品、雑貨に書籍。現代では欠かすことの出来ない、個人用小型端末の販売店まであり、一般的な生活必需品の大半が商店街だけで揃ってしまうほどに、充実している。
食欲旺盛な年頃でもある紬の視線の先には、香ばしく焼き上がったパンの香りが鼻腔をくすぐり。小腹の空いた、丁度この時間帯には、おやつ代わりのお好み焼きや、たこ焼きと言った大阪を代表する”粉もん”など、たまらなく食欲をそそる。
―――備長炭で焼き上げる、あの店の焼き鳥。特に皮とか香ばしくて、最高だよなぁ。あー、やべぇ、腹減ってきたなぁ、おい。
「すいませーん、鶏皮一本下さい!」
腹の虫が鳴いたので、鶏皮の焼き鳥、一本65円也。
食欲と言う名前の誘惑には、耐えられず購入し、皮のパリッを焼き上げ、焦げ目は香ばしく、柔らかな脂の旨味を楽しみつつ、胃に収める。
目指す和菓子屋は、このアーケードの中程にあり、戦前から続いている老舗だ。この近隣では、評判も良く、時節の贈答品にも使われる程。
紬は、この店の小豆本来の旨味と食感が楽しめる粒餡と、甘酸っぱい苺を包んだ苺大福が好物なのだが。
「父さんも、一目おじさんも。漉餡の栗饅頭を所望するので、”きのこ”とか、”たけのこ”並に争いになるしな、自分は”切り株”派だが」
―――結局は、母さんが小倉あんの銅鑼焼きと言い切るために、この不毛な戦争は休戦するが。時期が来ると、また勃発するのはお約束だろうか。
「それにしても今日は、人通りが、妙に多いなぁ・・・・・・」
特に、不動産関連の店舗前で、物件内容を空間射出した看板を見る親子連れが多く、紬の目に付く。その表情は明るく、新生活に希望を抱き、興奮冷めやらぬ様子。
親子の話題が、五稜門に関する事なので合格した学生なのだろう。
―――五稜門高校入学おめでとさん・・・・・・、なんか忘れてるような気もするが。まぁ、まずは菓子折代わりの、銅鑼焼きだ。
脇を通る時に”一人部屋”と聞こえ、入学準備要項の一文に思いたる。
【校内学生寮は、二人部屋のみ。一人部屋が必要な場合は、学外にて個別に賃貸住宅などをご契約下さい】
確かに二人部屋だと、プライベートな空間と、共有空間の境界線が曖昧であり。個人の時間に干渉されたくない場合に関しては、確かに有用だろうが。
家賃だけを横目で見れば、紬が考えている以上に高額。
―――1ヶ月の家賃で、入学金と、前期の授業料を払ってもまだおつりが来るとはなぁ、洒落にならねぇな、まったく。
前を見れば、目的の和菓子屋には行列が出来はじめており。
「やっべぇ、銅鑼焼きが売り切れるっ!」
紬は、人と人の合間をすり抜けながら、足早に。一歩進む度に行列が伸びていく、目当ての和菓子屋に急いだ。




