序の三 周りの人々 その4
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店舗と、工房の合間にある。い草の青い薫りが漂う座敷で昼食を取った後、紬はその場で一人。丸ちゃぶ台の上に書類を並べ。時折、手に持った赤鉛筆をくるりと器用に回しながら、入学準備に必要な物品の確認を行っていた。
改めて見返すのは、合格通知証。その文面に記載された、【専科】の文字。
「確か、五稜門高校の合格者の内、筆記試験で合格した者は普通科。一芸試験込みで突破した者や、専科を希望する者は、より専門的な技術を学ぶ【専科】に振り分けられるんだったか」
自分は、筆記試験だけでは不合格だった。そう、記載されている事に他ならず。
―――ギリギリ足りたって、感じだなぁ。先日の試験内容から見ても、筆記試験はボロボロだったし。それに、相対戦は近衛二尉とは勝ち星を預けあったけど、高校側からすれば、自分の敗北には変わりは無いだろうし。
紬が、入学準備要項の用紙を一枚ずつを読み進めていく。封蝋もそうだが、量子通信技術の発展と、小型端末の高性能化。映像などの空間投影、射出技術が進んだ世の中で電子書類では無く。
「合格通知書だけってなら、理解も出来るがなぁ。入学準備要項なんてお知らせにも、同品質の高級紙を使うとは全く、一般市民の自分にゃ、想像も付かねぇなぁ」
筆記試験の問題も、解答用紙と筆記用具のみ。それも、学校側が用意した物を使用する徹底ぶりだった。この時期行われる、一般的な普通科高校では、小型端末による投影選択式が主流にも係わらずだ。
「ま、あの良く分からん数学の問題なんざ出たら、検索したくなる気持ちも分かるがねぇ」
要するに、不正防止の一環であると紬は推測し。
「五稜門を初めとした国防大付属は、異世界崩落現象に係わる人員の教育機関でもあるし。何時でも何処でも、便利な物は使えませんよって。そういう事、だよなぁ」
異世界崩落現象により現れたばかりの、真新しい異世界落下物の周辺では小型端末や、通信機が不調になる場合も多く発生し。
母さん曰く、『この世界に馴染んで居ない、違う世界の断片は、私たちの常識では起こりえない物事が、いとも簡単に、平然と、当たり前のように起こっている』と、話していた。
この程度の、普段と違う試験方式に躓いている様では、異世界崩落現象に関わる人員としては不向きだと、そういう事かと紬は納得する。
このように幾度か自分で、書類を読む作業を時折中断させながらも、用紙を捲り内容を確認し、必要となる部分に赤鉛筆で丸を付けて、用紙の上の端を折る。
五稜門高校は、近畿圏内の各地から学生が集まるため、学校の内外に学生寮があるが。紬は、この離れが現状、自宅扱いであり。
特段必要も無い項目なので、省いて次のページを捲る。
途中に、別紙参照と書かれた用紙が挟み込まれた制服の項目は、色鮮やかな総天然色。
いや、フルカラーのページには、目に優しい薄緑と、白色を基調とした五稜門高校の制服が印刷されており、両腕には校章の五角形の中に五芒星。そして、中央に五つの花弁を持つ桜のデザインがなされたワッペンが縫い付けられている。
他には、基本的に男子は格子模様のズボンで、女子は同じ柄のズボンか、スカートを選べると書かれており。
――健全な男子中学、高校生諸君にとって、スカートから覗く、その瑞々しい、健康的な素肌を合法的に見る機会が減る、と、嘆くだろうが、自分は腰から、その窪み。そこから尻にかけてのラインに祈りを捧げる、尻神様の信奉者であると・・・・・・。
そこまで考えて、頭をを邪念を振り払うかのように、左右に振り、
「・・・・・・っ、別紙参照によると。専科は、本年度から赤と黒を基調とした上着に切り替わると・・・・・・」
少し顔を赤らめながらも、読み進めていく。
五稜門の制服の種類は、普通科の薄緑と白。今年から専科は、赤と黒を基調とした物に変更され。特待生や、ある一部の家柄を持つ入学生は、白を基調とした制服となる。
「白い制服と言えば、練兵場で自分の動きを見てた、”孤月の君”のブレザーも白だったけど、なぁ」
”孤月の君”とは。紬が勝手に、その時の印象から付けた名称で。あの相対戦の後で、七十七式の機上から見回して探してみたが居なかった美少女だ。
左目に付けっぱなしのゴーグルの縁を指で押さえ、網膜上に選択画面を表記。
その中の記録媒体から、あの日の相対戦直前のデータを再生。彼女がサブモニタに映っている所で停止し、画像が粗いので補正を掛け。
補正後の静止画像は、ある程度はっきりとした色調や、輪郭が強調され。孤月の君の衣装は、五陵門の制服とは違う学校のものだと言うことが分かる。
―――同じ機巧兵での、一芸入試を受けてたのかも、だが。まぁ、確かに美少女ではあったし、じっと見つめられて悪い気はしねぇが、なぁ。
「今から思い返しても、幼馴染みの土岐・依折とは別な意味で怖え、関わると碌な目に合わない、そんな予感がする」
幼馴染みの紅一点の事を思い返せば、一番自分を巻き込んだのは彼女だ。
当時、大阪一帯で複数の機巧兵を使い、犯罪を行っていた上海系犯罪組織。その構成員に、行きつけの駄菓子屋を強制撤去され、駄菓子屋の婆さんが大怪我を負った時の事。
当時の警邏機構の一部が、その組織と懇意にしており。全てを有耶無耶にして動かなかった事が、彼女の怒りに火を付けた。
色々あって土岐・依折や、従兄弟殿達と、組織の倉庫に忍び込んだ時。
ふわりと豊かな栗色の腰まで長く伸びた髪を棚引かせ、年齢にそぐわぬ魅惑的な声、蠱惑的で豊満な体付きの少女。その少女が、組織の密造工場の鉄骨の張りに腕を組み、仁王立ちと言う姿で、
『ほら、紬。憧れの機巧兵を使って、ここら中、全部ぶっ壊してしまいなさい。ええ、あたしが許可するわ、あ、た、し、がっ!』
『責任ねぇ、ほら此処にも、彼処にも責任を取ってくれる親切な外道共が、一杯いるのよ。だから、あたし達はこの戦闘に巻き込まれただけの、可哀想な子供達なの。襲ってくる外道を潰すのは正当防衛なのよ?』
『そろそろ警察上層部の醜態を、国防軍と公安委員会にリークし終えた頃ね、仁が。それにしても繊細ねぇ、機巧兵の玄素駆動機だけを避けて爆発させずに十二騎も墜とすなんて、外道達も泣いて喜んでるわよ、ほら』
怒りに燃える土岐・依折の顔と、声。過激な複数の発言を思い出し。”孤月の君”とは、また違った寒気を得る。
―――前言撤回、土岐に関わっても碌な目にあってねぇや。機巧兵に出会えた切っ掛けって点では、感謝はしているんだけどなぁ。
「そういや、従兄弟殿や、幼馴染み連中は何処の学校に行くのかねぇ・・・・・・、受験のゴタゴタで連絡とってねぇな。思い出した縁だ、後で連絡入れとくかねぇ、従兄弟殿に」
紬は、静止画を消去。変わりに自分の音声をゴーグルの記録媒体に記憶し、十九時丁度に、発言を再生する様に設定する。
―――あと、は。
入学準備要項も最後の項目になり。専科入学者に対しての注意が記載されており、
「専科は異世界崩現象に対応する為、自衛力を磨く観念から、各自武装(銃火器を含む)を認めます。正し校内に持ち込む場合において危険性の高い武装には、安全面を考えて事前に機殻を施しておいて下さい。又、銃器においては学校指定の各口径に対応した模擬弾がありますので、購買でご購入下さい。入学後のオリエンテーションで使用する場合がございます・・・・・・」
―――まじか、銃器OKかよ、そりゃ探索者になれば携帯・使用許可降りるけどさ。拳銃向けられたら自分は一般人枠だから、従兄弟殿や幼馴染みの山本・五十鈴みたいに拳銃から銃弾が発射されてから回避余裕でしたってのはさぁ。
「無理だわ、死ぬ。自分、機巧兵乗らないと、まともに戦力にもなりゃしねぇからな」
持ち込むべきは、機巧兵。その考えが脳裏によぎった紬は、その考えを振り払う。
「機巧兵は、流石に不味いなぁ、おい」
機巧兵はあくまで、陸戦”兵器”であり。自衛力と言う観念からすれば、大きくその範疇から逸脱している。そのことから、常識的にも、倫理的にも、紬の心情的にも、持ち込みは不可。
左目のゴーグル。全環境対応のM8もまた、、武装と言う観念から見れば、補助道具的な扱いにしかならず。考えが早速似津まった紬は、丸ちゃぶ台を手に持った赤鉛筆でコツコツと音を立て叩く。
「自分が扱いやすくて、取り回しの良い武装かぁ、どうしたもんかねぇ」
座ったままの姿勢から、両手を広げ、畳の上に背中から倒れ込む。い草の青々とした薫りが、冷たい畳の感触が心地良く感じる。
天井に羽目板は無く。そのまま水平に張られた、むき出しの太い梁を見上げながら。
「必要なものは、駅前から五稜門にいたる商店街で買えるし。そろそろ、菓子折も買いにいかねぇとなぁ」
視線は、柱に取り付けられた時計に向き。時刻は、三時に差し掛かろうかと言った所。
菓子折を買いに行く店は、遠出すると面倒なので、駅前商店街の和菓子屋だと決めており。
「この時間になると店頭に並ぶ、できたての小豆餡をたっぷり包んだ大判どら焼きが、絶品だよなぁ」
あつあつのどら焼きに齧り付く、青い狸のロボット。いや、猫か。その気持ちが分らなくも無い美味しさで、近所の方の評判も高い。
不意に寝転がり、鍛冶工房に顔を向け。ぼんやりと職人が鎚を振り下ろしている現場を、その奥の、普段使わない道具類を立てかけている棚を。
目を見開き、左目のゴーグルの拡大機能を使用して、鍛冶職人でも滅多に使うことの無い、長柄の道具を見つけた。
―――丁度、良いのがあるじゃねぇかよ、おい。
起き上がり、胡座をかいて座り直した紬は、膝を打ち。
ちゃぶ台に乗っている入学準備要項の最後の項目に大きく赤鉛筆で丸を付ける。
時折、鍛冶工房から中庭に持ち出して、修練代わりに振っている、取り回しも良く、手に馴染んだ自衛も出来る道具、いやこの場合は武装と言うべきだろう。
「仕方ねぇや、一目おじさんに”アレ”を借りるかねぇ。機殻の取り付けも、一緒に頼めば一石二鳥だよなぁ」




