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序の三 周りの人々 その3


 紬が手持ち無沙汰で、暫く待っていると。根来・一目は子供の、宝物を手に入れたような笑顔で、


「封蝋にひび割れも無く、中の書類にも破れも無い。またせたな、紬」


 根来・一目は顔を上げると。まず、封蝋を胸元から取り出した和紙で丁寧に包み、袖の下に直し込んでから、封筒から入学に関する書類を取り出す。


 同じく胡座を組んだ紬との間。玄素鋼の脇、比較的綺麗な、煤で汚れていない板張りの床面に並べていく。


 作業を終えて、そろそろ昼食と言う時間帯に、板張りで向かい合う二人を見て。午前の作業を終わらせた鍛冶工房の職人達が、なんだ、なんだと集まってきた。


 その衆人環視の中で、まず根来・一目手に取るのは、物部・紬と書かれた合格通知証だ。


 そこには、【あたなは、皇紀2867年度国防大学校付属五稜門高等学校入学者選抜試験”専科”に合格しましたので、通知します。ついては、入学手続要領等により入学手続きを行ってください。入学手続の完了をもって入学を許可します】


 この文面を見た、職人達は。あるものは、隣にいる者と顔を見合わせ、あるものは目を大きく見開き。あるものは興奮のあまり震えており。


「ふむ、紬」


 根来・一目が猫背気味の姿勢を正し。一呼吸間を置いてから、周りに集まった職人達が息を飲む中で、


「改めて、五稜門高校合格おめでとう。皆の衆、今日は誠に目出度き慶事なりっ!今日は土曜で、明日は日曜だ、目出度き事にあやかって夜半は飲み明かそうぞっ!」


 紬の合格を発表すると共に、大きく腕を開き、宴会を宣言する根来・一目。


 その言葉に、その場で話を聞いていた職人達が、特に酒類をこよなく愛してやまないドワーフからは、やる気がみなぎっており。


「てんめらっ!昼メシ食べたらな、ばっと、仕事終わらせて飲むんべっ!」「うんだば、うんだば仕事やるっぺよ」


 掛け声と共に、拳を天に突き上げて、気合いを入れ。古馴染みの職人が、涙ながらに自分が五稜門に合格した事を、配偶者に小型端末を使って連絡をしていたりと、ざわついた雰囲気になる。


―――こ、こいつら。自分の合格祝いにかこつけて、浴びるほど飲む気だなぁ、おい。これは、ご近所さんに今夜は騒がしくなりますと、挨拶回りに行ってこにゃならんかねぇ。


 基本的に、根来・一目は酒の飲み方を心得ており。庭先に縁石に座り、ちびちびと、扶桑酒を月や星。季節によっては桜や、雪景色を眺めながら風情を楽しむ飲み方をする。


 コボルトは、基本的に飲むより、まず食い気、特に赤身の多い牛肉に走る。不思議な事に、A5ランクの特選霜降りには目もくれず、彼等がまず食べるのは、赤身肉だ。

 

 エルフの兄ちゃんは葡萄酒や、果実酒を好むし、有馬温泉。今は、エルフ達が集まってアリマ・ヘイムと呼ばれるが、そこの特産品の炭酸水で酒精を割るのが、最近のお気に入りだとか。


 紬の知る稀人の中で騒ぐのが、そうドワーフ、


「ドワーフのおっちゃんらは、酔うと歌って踊るからなぁ」


―――まぁ、暴れて物を壊すこたぁないし。明日は日曜日で、工房は休みだ。中庭は騒がしくなるが、偶には夜更かしも良いかねぇ。


 紬は、確認の済んだ合格通知証を、手に取り。もう一度文言を確認してから、大事そうにして封筒に仕舞い込む。


 暫く、騒がしい職人達の様子を眺めていた一目が、


「紬。入学に際して必要な物品があれば、遠慮無く言うと良い。それとなぁ・・・・・・」


 今夜は、鍛冶工房や、店舗に勤める人達で宴会をする事が分かっているので紬は、一目の言葉の意図を読み取り。


「ご近所さんに、今夜騒ぐから、ご迷惑掛けますって、菓子折持って挨拶して来るって言うのは、毎度の事だからなぁ」

 

 静かで閑静な、昔ながらの家屋が並ぶ裏通り。騒ぎもすれば、それなりに音は響くので。近所付き合いにおける、最低限の配慮は必要なのだ。


―――前回は、パリっとした皮で小豆を包み。その小豆餡の甘みが絶妙な最中だったからなぁ、次は何処で、駅前にある洋菓子店のクッキー詰め合わせも良いねぇ。


「少し遠出して、隣町の亀屋万年の羊羹も良いが、あれは値が張るし、どうするか・・・・・・」


 比較的安価で、ご近所の皆様に満足して貰える菓子折を思案する紬に、一目は、申し訳なさそうに、


「すまんな、菓子折の領収書は【根来刃物】で頼む。さて」


 気分を切り替えた、根来・一目は、ふぅ。と、一息吐き。

 

 少々騒がしい職人達に対して、その大きな両手のひらを、二度ほど打ち合わせ、その音で皆の注目を集める。


「皆の衆、騒ぐのはそこまで。今宵の宴までには時間もある、それまでに仕事を仕上げて、ゆっくりと楽しめるよう。それに・・・・・・」


 大きな目で、根来・一目が見たのは、工房内に設置された時計。文字盤は、既に十二時を少し過ぎており。


「そろそろ、昼餉を腹に入れぬと、午後からの仕事に精が出ぬぞ」


 その言葉に皆が頷き。幾人かの腹からは、ぐぅと、腹の虫が鳴り、どっと笑いが工房内に溢れた

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