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序の三 周りの人々 その2


「これは、めでたい。最近は手伝いの後に、どうやって探索者となり。機巧兵を入手するか悩んでいて、心配はしていたものだが、実にめでたい。これは、晩酌に秘蔵の大吟醸を付けねばならぬなぁ」


 紬が五稜門高校の入学試験に合格したと聞いた、根来・一目の反応は心底嬉しそうに膝を叩き。そして、秘蔵の扶桑酒を堂々と晩酌に付けることが出来る事が、更に嬉しそうにしていた。


 根来・一目ねごろ・いちもくは、商売柄。国防軍との取引も有り、紬があの今代の”鬼武蔵”と誉れ高い近衛・兼定と相対し、敗北を喫するも。その勝敗は紙一重であると、そう聞き及んでおり。


 勿論、紬は入試から帰宅して直ぐに根来・一目に、近衛・兼定との経緯を話していた為、


「紬が、中学卒業後は父母と同じ”探索者”への道を選ぶと聞いて心配はしては、おらんがな。あの二人の息子だから。しかして、五稜門の門戸を叩けば。かの”鬼武蔵”と再戦する機会が、存外早く巡ってくるやもなぁ」


 汚れた袖を捲りあげ、大きな右手で紬の頭を昔と、子供の頃の様に撫でる。


「いやいや、一目おじさん。子供じゃ無いんだから」


 軽く抵抗する素振りを見せる紬だが、子供の頃から、この大きな手で頭を撫でられてせいか、恥ずかしいと思いながら受け入れている。


 暫くして、その大きな手が、名残惜しそうに紬の頭から離れ。一目は、紬から合格通知証と、入学案内の入った封筒を受け取ると、


「さて、入学準備だが。必要な書類や、制服も揃えなければな・・・・・・」


 紬の持っていた、五稜門高校からの封筒に赤い封蝋を見つけ。一度、大きな目を瞬きさせる。


「封蝋とは、なんと古風な。ワシが元居た世界でも、同じような封蝋は使われていたが、この世界。いや、この扶桑で見るとは、八重桜の印璽もなかなかに情緒豊かで、何とも良い」


 根来・一目はこの封蝋に押してある印璽のデザインが大層気に入った様子で。こうなると、止まらないのが根来・一目だと言うことは、紬も重々承知の上であるが、


「さて、封蝋を痛めぬ様に、ワシがこの封筒を開封する。異論はないな、紬」


 胸元の内側に仕込んでる道具入れから取り出したのは、艶やかな黒檀で出来た一振りの、そう言って差し支えの無い木製のペーパーナイフ。


 それを、慎重に。慎重に、封筒と封蝋の隙間に差し込んで行く。その巨躯からは、考えられない繊細な作業を行っているのを横目に見ながら、


「一目おじさん、封蝋って開ける時、割れる事前提じゃ。それに差出人側からしても、割られる事前提じゃないのかなぁ、と思うんだけどって、聞いてないなこれは」


 紬は諦めて、他の作業員の邪魔にならぬように板張り座り、胡座を組む。床には、一目が仕分けていた玄素アダマンタインを含有させた玄素鋼アダマスの板が、大凡の品質順に並べ、積まれている。


 この玄素自体も、異世界崩落現象の副産物。異世界の特定の地質が、次元境界面を通り抜ける際に、境界面が何らかの作用を起こし、地質表面上に付着していた部分のみが変質する。


 この時に、赤黒い水晶に変質したものが玄素と呼ばれており。


 高純度の玄素結晶に圧力を加えると、核融合炉並の高出力が得られ。爆発しても放射能を撒き散らさない、比較的安全で、クリーンな動力源として機巧兵など、高出力が必須とされる兵器群に採用、搭載されている。


 この玄素を、従来の鋼に混ぜ合わせる事で、剛と柔。二つの相反する特性を持つ玄素鋼が、料理人が手にする高級な包丁から、機巧兵の間接接合部などに幅広く使われるようになったのは、近年になってから。


 そして、この玄素などが生成される”なんらかの作用”は、未だに解明されてはおらず。


 特定地質によっては、白く淡く光る霊銀鉱ミスリルや、硬く、錆びず、軽いと三拍子揃った緋色金ヒイロカネなどが発見され、その名称は国際的な学会で過去の文献。リバイバルブームを引き起こしていた、世界的な幻想小説などから引用し、名付けられたとされている。


 そして、この学会の裏では。この新たな金属を加工出来る技術者と招聘しようと、今も各国の暗闘が続いている。


 玄素鋼の製造方法と、加工技術は、そこで楽しそうに封蝋を壊さないように外している、根来・一目が創り上げたもの。つまりは、この世界を舞台にした血塗れの暗闘に巻き込まれた、当事者の一人であり。


―――大東亜・朝鮮が図々しくも、一目おじさんを引き渡せと抜かした時には。前例通りの、第二次極東戦争でも始まるのかと、子供ながらに冷や冷やしたもんだがなぁ。


 今は、玄素鋼の特許を申請して公開している為か、少なくとも生命を狙われる事は無くなった、とは言っていた。


「もう少し掛かりそうだな、封蝋切り離して、書類の中身を確認するのは」


 中程まで封蝋を切り離し、次はどこからペーパーナイフの切っ先を差し入れようかと悩む、根来・一目の姿を見ながら呟いた。


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