表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/25

序の三 周りの人々 その1


―――そして、あの入学試験から、一ヶ月ほど経った、物部・紬が五稜門高校からの合格通知を受け取った時に戻り――


「それでは、小官。職務がありますので、然らば御免っ!」


 郵便局員の青年が、一礼した後に、踵を返し元来た砂利道を歩いて行く様子を見送りながら、入り口の螺旋締り錠を堅く閉め、動かぬように固定する。


 そして、その場で深呼吸を一度、二度。落ち着くまで繰り返し、頭の芯が痺れたかの様な感覚を得ながら。


「・・・・・・まじかよ、おい」


 思考停止状態のまま、中庭の敷石の道を通り抜け。離れで無く、この家の主である斑目・一目の居るであろう母屋。その母屋に併設された鍛冶工房に向かう。


 鍛冶工房に近づけば、煙突からは煙が立ち上り。中からは、鎚を振るう金属音が交互に重なり合い、外にまで響いてくる。その工房の表。中庭面した広場には、倉庫からせっせと、炭や、砂鉄と言った原材料を運び込む背の低い男性達の姿があった。


 その男性達は、髭面で、筋肉質。その背丈は、一番背の高い男で丁度、紬の胴の辺り。およそ90㎝程度と、通常の成年男子と比べてると異様に低い。


 紬は、見慣れた風景であり、親しい隣人である。毛むくじゃらで、大酒飲みで、酔えば陽気に、歌い踊る。そんな、今は仕事中の彼らに向かい、


「ドワーフのおっちゃん達、一目おじさんは工房?手漉きなら、急いで話したいことがあるんだけど・・・・・・」


 ドワーフと紬が呼んだ男性達の一人、豊かな赤毛の髭を生やし、荒縄で巻いた松炭を両手両脇に抱えた男が振り返り。


「おんやぁ、紬のぼんずやの、どかしたっぺ?一目の頭領なんら、今は中で、材料の選別ばしとっべ、なんぞあったべか?」


 やや訛りの強い扶桑言葉に、稀に聞き取れない言語の混じるが、なるべく扶桑語で喋ろうと努力しているのは、一緒に暮らしている自分が良く知っている。


 本来、この世界においては。お伽噺やファンタジー小説、あるいは伝承の中でしか存在しえないドワーフ。いや、エルフやオークといった幻想世界の住人達が、ある日を境にして突然、この世界に放逐される形で、無造作に、無慈悲に、まるで必要ないと、その住処ごと、唐突に現れる現象。


 空高く、次元境界面の隙間から。ゴミでもこの世界に捨てるかの如く、異世界の断片が、時折落ちてくる現象を。


 これを、【異世界崩落現象グランド・フォール】と呼ぶ。


 この場に居るドワーフは、元居た世界で【異世界崩落現象】に巻き込まれ、この世界に住処ごと、中空に放り出され、地表に叩きつけられてもなお、運良く生き延びた人達。


 父さんや、母さん。その仲間達が、探索者ローグとしての初仕事。葛城山中に落下した、母さん曰くお宝である【異世界落下物】。彼等の住処に調査に赴いた時に、生き残った人達を救出し、運が無かった人達を弔った、その時からの縁だ。


―――根来・一目のおじさんと、ドワーフのおっちゃんや、おばちゃん達には子供の頃から可愛がられたもんだよなぁ。


「ありがとな、おっちゃん。どうせ中に入るから、一つ持ってくな」


 紬は、封筒を持たない方の手で、赤毛の髭のドワーフが手に持っている松炭束を受け取ると。この鍛冶工房の主、根来・一目の背に合わせた、紬の身長よりも1mは高い間口の入り口を通れば、直ぐさま蒸し暑く、熱風と火の粉が飛び交う鍛冶場が広がり。


 この世界の人間の姿も見えるが、圧倒的に異世界からの稀人の率が遙かに高い。ドワーフの鍛冶職人に、犬顔の小人であるコボルトの研ぎ師。


 ここに姿は見えないが、美形揃いで有名なエルフの柄付け職人もこの工房に、一人だが所属している。

 

―――まぁ、エルフの兄ちゃんは、この近所のご婦人方に人気も高く、今頃は店舗で接客中だろうか。彼が来てから売り上げが2割ほど増えて、研ぎ直しなどの依頼も増えたとは、この工房を金銭面を仕切るドワーフのおばさんの言葉だが。


 この工房は、主に堺打刃物の技法で包丁や、裁ち切り鋏。注文があれば、切れ味鋭く、粘り強い扶桑刀も古来より方法で打ち出すが、その伝統技法を先人から継いだのは人間では無い、工房の主。


 奥の板張りの座敷で、胡座を組み。踏鞴場で製鉄された鋼板を一つ一つ摘まみ、その僅かな品質の違いを見極め、より分けている作務衣を着こなし、頭に頭巾を巻いた背中の人物。


 周囲で作業中のドワーフがはっきりと小さく見える、その巨躯。座高からしても、紬の身長とほぼ変らず。鍛冶場の通路を慣れた様子で、作業中の皆の迷惑にならぬ様に進んで行く。


 途中で、松炭束を一時保管場所に置いてから。工房の奥座敷の板張りの上で、背中を向け猫背気味に座る巨躯、


「一目おじさん、仕事中すみません。急ぎ報告したい事があるのですが」

 

 根来・一目に紬は声を掛ける。


「ふむ、紬か。ワシが仕事中とは言え、そこまで畏まらなくて良いと。まぁ、性根は変らんとして、何があった」


 やや、火気で喉が焼け嗄れた声と共に、振り返るその顔には、大きな一つ目と、それに合わせた単眼用の特注眼鏡を掛けた、扶桑に古来より伝わる物の怪”一本踏鞴”に似た姿を持つ、異世界よりの稀人。


 この世界では、ギリシャ神話から名を取り”サイクロプス”と呼称される。世界に数名しか居ない貴重な、製鉄、冶金の種族的な特性を持つ人物が柔和な表情をして振り向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ