壁際の淑女は紳士達の哀れなる恋心を密やかに聞く
「煩い夜啼き鳥だこと」
夜な夜な色めき立つ殿方達の恋歌に
とある一人の淑女は心底呆れ返っていた。
秋の空よりも移ろいやすいその心情という裏切りの歌声に。
先日の夜会では自分に向けられていた殿方達の甘い言葉も
次なる時はまた別の新しい淑女に向けて
同じように甘く切ないその思いの術を打ち明けているという事を
かの淑女ヴィクトリアは知る事となった。
「ああアンナ。君はなんて美しいんだ」
アンナの部分をヴィクトリアに置き換えるだけで
先日となんら変わりないのである。
ただ紳士の恋をした相手が変わったというだけなのだから。
(まるで手紙の定型文のように変わり映えしない口説き文句ね、ジョシュア)
かつて恋人であった、しかし今はその声の響きすらも届かない男を見すえ、
ヴィクトリアは冷笑する。
「貴方のその恋は、絶対に叶わないわ」
それは移ろいやすいその男を呪うような言葉でもあった。