Juno3
肝心な最後の一文が抜けてました。申し訳ございません。そしてプロローグのユノパートはここで終わりです。世界観の説明に、意外にかかってしまうものですね。
召喚獣が「友達欲しい」と言った。
聞き間違い?
いいえ、たしかにそう言った。
ユノは冷静になろうと頭を左右に振る。
視界の端に入った周りの生徒たちの顔にもハテナが浮かんでいる。
「友達?」
「友達って言ったわ」
「召喚獣と友達ってなれるの?」
なれないわよ!とユノは心の内で断言する。
はっ!
いけない、冷静になるのよ、ユノ。
ふーと胸にたまった空気を吐き出す。
そういえば長い間息をするのを忘れてたような気さえした。
「どういうこと?」
ユノはややつっけんどんになって彼に問い返す。
声が尖っている。
これではダメだ。
また呼吸を整える。
少年は不思議そうに私を眺めている。
何も返事を返さない。
それが恐怖を煽る。
冷静に。もっと冷静に。
そうよ、私は序列の2位としても、姫という立場からしても、取り乱すような真似をこんな観客がいる前で見せてはいけない。
胸を二度、三度と叩く。
ユノの心拍が拳のリズムに合わせるように平常な状態へと戻っていく。
状況を整理する必要がある。
私は召喚獣を呼び出した。
私の召喚呪文が成功していれば、その召喚獣の名は『異邦の騎士』
これだけ長い古代語で唱えた詠唱によって呼び出されたからには、彼には相応の力があるはずだ。
――たとえ、魔力を感じなくても。
そして私は召喚の際に古代語の一部を抜け落としたらしい。獣の手綱を引くための『鎖』をつけることができなかった。
鎖も繋げていない召喚獣を怒らせてはいけない。一体どんな状況になるのか皆目見当がつかない。
教室のなかでわかっている者だけにわかる張りつめた緊張感がある。
もし彼をそのまま解き放ったらどうなるのか。
・・・いっそ強大な魔力を感じ取れたほうがどれだけ心のうちで準備ができるか。
『口上』は聞いた。つまり彼がこの世界にいるべき「理由」をユノは把握した。
けれど、それが「友達が欲しい」とはどういうことか。
ふつうの召喚獣であれば、魔物と闘い報酬としてその『神性』を喰うという条件で術師と契約することが多い。
『マナ』とは自然に含まれる生体エネルギーであり、召喚獣にとっては馳走のひとつだ。
召喚獣が暮らす異世界にマナは存在しないらしく、鎖に縛られることになっても『神の生気』とも呼ばれるマナを欲するときがある。
もしくは『炎獣』のように血気盛んな召喚獣ならば、魔物と闘うことそれ自体を目的として呼び出しに応じることもある。
術師の唱える『唄』と召喚獣の願う『口上』が一致したとき、召喚は成功する。
もっとも術師の力が及ばず、召喚獣が「これでは思うような結果が得られない」と判断すれば自ら契約を取りやめ異世界に戻ってしまうこともあるし、術師が召喚獣を危険と判断したり、利害が一致しないと判断すれば『鎖』によって強制的に異世界に返すこともある。
術師にとって召喚獣につける鎖は対等に交渉するために必須のアイテムであり、命綱でもあった。
それがないとなれば召喚獣は自身の魔力が尽きるまでこの世界で好き放題暴れまわる危険をはらんでいる。
・・・必ずそうなるとはいえない。
友好的な者も、気性の穏やかな者もいる。封印術を駆使して異界に返すことも可能だ。
だが、危険がある、というだけでユノにとってここ数年味わなかったヒリヒリとした痛みが体の内側をなでるようだった。
力のある召喚師が呼び出した獣ほど、より力を持っていることが多い。
そして長く難解な古代語ほどその傾向はさらに強まる。
ユノは学園序列2位の才女だ。
彼女が生み出した召喚獣はいかほどか。
果たして封印術は成功するのか。
そのことを理解している者ほどいまの状況の危うさを肌で感じている。
「どうして鎖を・・・」
そんな声が聞こえてきそうで怖かった。
しかし、誰もそれを口にはしない。
ユノへの信頼か、はたまた獣へ意識を集中しているためか。
ユノは唇を噛む。血の味がした。
『彼』がいつまでも戸惑っているようなのでもう一度を促す。
「どういうことか、教えてください。サー」
友だちが欲しい。その言葉の真意を。
「どういうことって・・・えっと、そのまま?」
目の前の少年は首を傾け、歯切れの悪い回答をする。
髪が黒いというだけで、本当にただの冴えない少年にしか見えなかった。
翼の生えていない古代人の姿をした少年。
もしかして
ユノの頭にひとつのおとぎ話が思い出された。
死の王『死獣』はいくつもの顔と姿を持ち、13の種族に顔を変えることはもちろん、ときには動物や魚、幻獣にも無機物にも、果ては概念にも姿を変えるという。
その影を踏んだものに死を、通り過ぎる風を受けたものには災厄をもたらし、その真の姿は永遠に謎に包まれるという。
おとぎ話だと思っていた。
子どもを意味もなく恐怖させる類の、大人たちが語るいたずら。
だが、彼の異質さはユノの疑念を膨らませる。
はっと、ユノの頭にさらに浮かぶ言葉がある。
「友達が欲しいんだ。俺が死んだら親よりも真っ先に悲しんでくれるような、死の間際には自然と名前が浮かぶような、そんな友達が」
彼の先ほどの台詞。
いかにも死の王が笑顔で言いそうな台詞じゃない!
ユノの想像は雪だるま式に悪い方向へと進んでいく。
鎖を忘れるという初期の初期に召喚師が起こすようなハプニングが彼女を狂わせる。
いま私たちが見ている少年の彼は、偽りの姿なのではないか?
ユノの疑念は想像を材料に確証へと変わっていく。
たしかめなくては彼が何者なのか。
「聞かせて下さい、騎士よ。あなたの名を」
彼は驚いた顔をして、すこし頬を赤らめながら答えた。
なんだ、この妙な人間らしさは。
「東和馬。えっと、君の名前は?」
カズマ?
それがメメントの真の名?
ここで名前を教え合えば契約は成立する。
それが彼の「本当の名」ならば。
ユノは一瞬逡巡して、覚悟を決めた。
契約を結ばなければ術師からの魔力が供給されず、通常は異界に戻る。
だが、『鎖』がないこの状態ではユノが召喚の際に呼びだすのに召喚陣に使ったマナを利用して、この獣が姿をくらませてしまうかもしれない。
そして自分が殺されても獣はこの世界にわずかでもとどまることができる。
それならば契約を結んで獣がどこにいるかでも把握しておくべきだと考えたのだ。
いざとなれば自分から命を絶てば獣は異界に強制的に帰される。そのことも一瞬のうちに考えていた。
「私の名前はユノ。サー・カズマ、よろしくお願いします」
私はできるだけ敬意を表し、スカートの裾を持ち上げながら深く頭を下げる。
再び顔を上げたとき、召喚陣のなかには可愛らしく震える一匹のモモンガがいた。
どうして?
その疑問が組み立ててきたパズルの最後の1ピースとなる。
一瞬で少年からモモンガへと姿を変えるその力。
やはり彼は、真の姿を決して見せない怪物『メメント』だったのだ。




