カズマ3
目の前には天使がいた。
西欧の絵画に出てくるような天使に、和馬は思わず感涙しそうになった。
『彼女』が俺に手を伸ばしてくれたのだと一目見て直感する。
両肩から白銀の翼を生やす、美しい女性の天使。
天使に歳があるのかわからないけれど、和馬には同い年くらい、つまり、15,6歳くらいに見えた。
長い艶のある金髪は前髪に少しカールがかかって愛らしさがあり、エメラルドグリーンの瞳はまさに宝石のようで、見つめていると吸い込まれてしまいそうだ。
どこかの国のお姫様のような、絢爛な恰好。
後ろに立っている天使たちよりもひと際目を引く。
だが、『彼女』からあふれ出す気品はきっと往来のものなのだろう。
天使のなかでも女神さまだ、きっと。
整った顔立ちの向こうに、和馬は『彼女』が何らかの特別な才能があるのだと感じ取った。
ここはきっと「天国」だ。
死後の世界は本当に存在していたのだ。
自分の足で立っているという事実で安心がふつふつと湧き上がってくるのと同時に、存在そのものが消えていく「死」という恐怖を先ほどまで感じていたのが他人事のように思い出されて、身震いする。
もう大丈夫だ。
自分に言い聞かせる。
だって、あの唄を届けてくれた『彼女』が目の前にいるのだから。
力の入らない足をこらえて、俺を囲む天使たちの方に向かって問いかける。
「君は・・・女神さま?」
最期の方は消え入るようになってしまった。我ながら情けない。
死んだすぐあとってこんなにも辛いものなのか。
なんだか魂の一部を抜かれてしまったみたいに疲れている。
『彼女』は困ったような戸惑ったような表情を浮かべる。
俺の体調が優れないのを心配してくれてるのかな。
『彼女』はその問いに答えずに首を振った。
「願いは?」
「え・・・?」
「あなたの願いを、聞かせてください・・・!」
彼女は拳を握り、気丈に叫ぶ。
どうしてその声が震えているのかはわからない。
俺を救ってくれた君が。どうしてそんなに怖がるみたいに。
「えーと、あの」間を繋ぐ声をだして考える。
周囲の天使たちも固唾を飲んで俺の言動を、それこそ一挙手一投足を逃しまいと観察している。
――願い
それを聞き漏らさないようにとしてくれているのか。
「・・・俺の、願い?」
その形をはっきりさせるかのように俺は尋ねた。
『彼女』は頷く。
願い、なんて聞いてどうする。
天国ってのは死人の望みを叶えてくれるのか。
そうか。
そうだよな。そりゃ、天国だもんな。
向こうの現実じゃ、手に入れられなかった願いのひとつやふたつ、叶えてくれるよな。
うん、俺の願いは決まってる。
そのためにあの光に手を伸ばしたんだ。
神さまどうか、と。
死の間際に後悔したことをやり直すんだ。
息を思いきり吸う。
雷に焼かれたはずの肺が心地よく新鮮な空気を吸い込んだ。
さあ、女神様、俺の一生の願いを聞いてくれ。
「友達が、欲しいんだ」
改めて言うと、なんだか恥ずかしいな。
沈黙。
誰も何も言わない。
あれ?
「ごめんなさい、何ですって・・・?」
女神が怪訝な顔で聞き返す。
あれ、そんなに珍しい願いかな。
俺はもう一度大きく息を吸い込もうとしたが、さっきのような新鮮さはなかった。
それでも俺は絞り出すように言う。
「友達が欲しいんだ。俺が死んだら親よりも真っ先に悲しんでくれるような、死の間際には自然と名前が浮かぶような、そんな友達が」
うわ、改めて言うとめっちゃ恥ずいな。
これが青春の一歩なのか?
勝手に赤面して俯いて、和馬は女神が口をへの字にしているのを見逃した。