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僕と12の王ーー13番目の召喚獣ーー  作者: ラフフ
第1章 誰がために火は灯る〜Sara〜
11/12

Sara1

 闘う理由はいくらもある。

 魔獣。

 マナを喰らう獣。

 この世界、“アースガルド”に居座る異界のモノ。

 人と相対する存在。

 そして、私の両親を奪った、敵。


 夜の森のなか、さらに深い闇がそこに蠢く。

 狼を象ったシルエット。

 影が実体化したように現実感がなく、輪郭は朧気、身に纏う汚染されたマナがゆらりと煙のように揺れる。

 血に染まったような赤い瞳が、私を捉えた。

 更なるマナを求めて、たぎる。

 獲物は私だ。

 黄ばんだ牙を剥き出しにして、今にも喰らわんと裂けた口を広げる。



 立ち向かわなければならない、私は。

 コイツを倒せば、本校への推薦も手に入るといわれた。

 それは長年望んでいたはずの、両親が望んでいたはずの、夢だった。

 そのためにあの学校で学んできたっていうのに。

 たとえ一人になっても続けてきたのに。

 こうして、魔獣と闘えるように力もつけてきたはずなのに。

 どうして。

 どうして足は動かない。



 魔獣の低く響く唸り声が私の身体の自由を奪う。

 背後にある木に支えられることでへたりこんでしまうのを何とかこらえていた。


 仲間たちは無事だろうか。

 ファニもエルフレンドも、私を頼りにしてくれていたのに。

 彼女たちは大丈夫なのか。

 いや、いまは私が一番危機を迎えている。

 誰かの心配をしている場合ではない。

 嫌な汗が頬を伝う。

 魔獣の住む森に、ひとり。

 そんな愚行。

 どうして私は。

 任務(クエスト)だといわれていても、所詮は学校の課題だと甘っちょろい学生気分でいたのか?

 そんなつもりはなかった。

 でも。

 震える手。

 構えた槍の照準が迷いと恐れでひどくぶれる。


 魔獣が踏み込むために後脚に力を入れた。

 地面をジリッと焼くような音にハッと気づき、サラは咄嗟に叫ぶ。


「κό(ウプシロンカッ)!水の精霊よ、汝に誇りの唄を捧げよう」


 震える声。割れるような高音。

 それでも詠唱できたのは、日ごろの訓練で頭ではなく体が覚えていたからだろう。

 ケレス先生に感謝だ。


「浄化を示す水は聖なる力を持ち、我が身を守る矛とならん。邪を退ける力を貸せ!」



 サラの周囲の空気が急激に冷え始め、いくつもの水滴が空中に浮かぶ。

 時を止められた雨が戸惑って漂うように。

 サラの魔法の気配を感じた魔物は瞬間、前に飛び出すための力を後ろに向けた。

 サラから目を逸らさないまま、反対方向に飛びずさり距離をとる。


 一時とはいえ、助かった。


 魔獣が離れた瞬間、止められていた呼吸が再開される。

 ハッハッ、と激しい動きをしたわけでもないのに、息が荒れる。

 そのまま襲ってこられたら為すすべもなくやられていた。

 下手に記憶能力があるといいことはないな。

 傭兵団と闘った時にでも、魔法に恐れを抱いていたのか?

 サラがにやり、と固い笑みをむりやり浮かべる。

 こいつは、魔法を恐れている。

 サラはそれだけで優位に立ったと思う。

 この魔獣に、魔法は効くのだ、そう自分を鼓舞する。


「はあああああああ!」


 左手の槍に魔力を込める。

 得物の先に水滴が収束し、点たちが重なりひとつの巨大な水泡となっていく。


 ――溜まった。


 同時に、魔獣が危険に反応してか、大地を轟かすような咆哮をあげる。

 振動で、透明な水球体が表面にさざ波を浮かべる。

 サラの人としての勇気を吹き飛ばすような獣の脅威。

 逃げたい。

 そんな恐怖がサラを襲う。

 後ずさろうと足が勝手に引ける。

 が、背後の樹木がそれを許さなかった。

 もう一歩も後ろにはいけない。

 ダメだ、逃げるんじゃない。倒すんだ。

 そこで弱気な気持ちを何とかもう一度立て直す。

 くだけそうな膝に力を込める。

 恐れるな。照準をずらすな。


「矛は形を変え、敵を穿つための刃に。我の手を離れ、己が意志を持ち、自らの正義を貫かん」


 練習で何度も作り上げてきたイメージを形にする。

 巨大な水泡がギリギリと締め付けられるように回転し、鷲の嘴のように鋭利になっていく。

 限界まで尖った水泡は――もはや水泡ではなく、月の光に輝く一本の矢となり、魔獣の喉元へ向けて尖った。

「消えろ!化け物!」

 サラの声とともに水の矢が飛ぶ。

 最大限の魔力を込めた。

 勝った。

 矢を放った瞬間に勝利を確信した。


 槍から放たれた水の矢は大きく広がった魔獣の口に飛び込み、そのまま尾まで抜け、瞬時に身体を貫いた。


 ――はず、だった。


 だが水の矢は魔獣の体内に飲み込まれたまま、でてこない。

 どうして。

 何事もなかったように、魔獣は口を閉じる。

 感情のないはずの獣の顔には、微笑みすら浮かんでいるように見えた。

 くしゃくしゃっと魔獣が紙を丸めるような音をさせる。

 まさか、私の魔法を、食べた?

 そんな。

 魔獣がマナを食べるなんて言っても、『詩性(サガ)』で唱えた攻撃魔法まで食べてしまうなんて。

 それが普通のことなのかどうか、魔物と初めてまともに闘うサラにはわからない。

「嘘だ・・・」

 そう信じたいという無意味な言葉だけが虚しく漏れる。


 グルルルルと体内を震わすような音をだして、魔獣が体熱を高めていく。

 同時に魔獣の魔力が大きく膨れ上がった。

 私の魔法を食べて。消化でもしたのだろうか。


 のそり、と一歩、獣がゆっくり脚を踏み出した。

 次の魔法を警戒して慎重になっているのではない。

 魔獣はサラに対する注意を先ほどよりも随分と弱めている。

 今あるのは何だ。

 油断、いや、余裕だ。

 魔法をひとつ味わったことで、サラの地力を見通した。

 敵ではない。獲物だと、そう判断したのだ。

 あとは逃げられないように追い詰めればいい。

 血の瞳が知能を無くし、興奮で揺れている気がした。


 後ずさろうと思っても、足は動かなかった。

 初めから木に支えられてようやく立っていたのに、そんな都合よく身体が機能してくれるわけもなかった。

 腰砕けとなった自分は蛇に睨まれた蛙だ。


 魔獣の鼻先がすぐ目の前に迫る。


「人は案外簡単に死ぬもんだよ」


 臆病者のカズマがいつか言っていた台詞を思い出す。

 あの時、私は何といった。

「当たり前だ」と答えたのではなかったか。

 そんな覚悟はできていると、カズマの不安を一笑に付したのは虚勢ではなかったはずだ。

 だから、任務から逃げたカズマを心底軽蔑した。


 だが。

 実際目の前に死がぶら下がるとどうだ。

 本当に覚悟ができているというなら、最後の最後まであがくべきだろう。

 でも、身体が、動かない。

 カズマ、どうやら私はひどく甘かったようだ。

 ここに来なかったお前は、臆病者だとしても、結局正解だったのだと思う。

 自分の力を過信して、制止されたのも振り切って、一人で死んでいく私に比べれば、ずっと。

 父様、母様。

 二人の顔が浮かぶ。

 私もそちらに行く番が来てしまったようです。

 何も叶えられず、申し訳ありません。


 魔獣が虚ろな闇のような口腔を見せた。それは死の入り口のようだった。

 だが、涙でそれも滲む。

 言葉にならない、何か理不尽なものが私を縛り付けているように感じられた。

 悔しい。

 私の最後の感情はそれだけだった。

 狼の魔獣はその腐臭のような唾液の匂いが漂う距離まで迫っていた。


 ――最期を受け入れるように、私は目を瞑った。


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