KING of ATLUS
アトラス王国の片翼と言われている、セルティ=プレイアスは苛立っていた。
そもそも本人は自分が苛立っていることに気づいていないが。
「今日こそはきちんとけじめをつけてもらわねばな…」
彼はそう言うと、固く閉ざされているであろう王室の扉をいとも簡単に開いてしまう。
「お、お辞めください! 宰相殿!」
「急に…どうなされたのですか!」
「五月蝿い。いいから通せ。
俺は我が王に用事がある。」
近衛達を押しのけると、つかつかと豪華な装飾が施された王室に足を踏み入れる。
通常ならこのような無礼をはたらくなど、場合によっては万死に値するのだが、セルティには関係の無いことだった。
…少なくとも、このアトラス王にとっては。
「!……セル!わざわざ来てくれたの?嬉しいなぁ~」
先程まではなにやら気難しい表情を浮かべ、書類とにらめっこしていた青年は、打って変わって笑顔をみせた。
「よほど寂しかったのかなっ!?
俺が居なくて!!!ね!そうでしょ!?!?」
…その青年こそが、名だたる強国を屈服させ、
アトラス王国を再び光の当たる所へと導いたアトラスの100代目の国王、『クロウ=ルイ=アトラス』である。
今の反応から予想はできるだろう。
クロウにとってセルティはただの補佐官ではない。
クロウは彼を"セル"と呼ぶなど、親しい間柄…そう、言うなればセルティとクロウは唯一無二の友であると言える。
そしてクロウが近衛に「さがっていて」と言うと、
自分とあまりに温度差がある友に 半ば呆れながらセルティは切り出した。
「…私がわざわざ昨日の内に仕事を終わらせて、ここに来た理由………わかりますか。我が王よ?」
皮肉を混じえるようにセルティはわざとそのような口調で言った。
彼は普段は皮肉屋などとはかけ離れた性格なのだが、よほどクロウに苛立っているのだろう、人格崩壊してしまうほどらしかった。
「ん??寂しかったんじゃないの??」
「はぁ、違います」
「ええ………?」
自分の立てた予想と違うことが判明し、ショックだったのだろう。クロウは情けない声をこぼす。
「なあんだ…残念!
君ってば俺には冷たいよね~」
クロウはテーブルに肘をつき、もう一度セルティの顔を見ると、子供のような顔で無邪気に言った。
「ではでは、俺の優秀な補佐官君?
その理由をわかりやすく教えておくれよ
なんせもう年だからね。昨日のディナーも忘れちゃうくらいだ。君が不満に思ってる理由、思い出せないんだよ」
どの口が。と、言いかけてやめ、セルティも彼に向き直る。
「…お前のそういうところは…嫌いだ。」
ため息混じりに言うと、いつものセルに戻った!とクロウはより一層笑顔を浮かべた。
「ル……いや、研究部の例の実験について…だ。」
1度咳払いをしたのちに、セルティはそう答えた。
「へぇ、なるほど。
つまりセルはあの実験をいつまで続ける気かっていいたいんだね?」
分かっていただろうとは思っていたセルティだが、
余計な遠回りをしたことをハッキリと自覚させられ、「本当にお前は何がしたいんだ。」
と、思わず王であるクロウを小突いてしまった。
「ご…ごめんよぉ…
ちょっぴりふざけただけじゃないか!
俺はお茶目なの!!」
まるでこの王は駄々っ子である。
…話は戻るが、アトラス王国にはクロウが国王の座についてから間もなく、『アトラス王国軍【研究務省】(※またの名を研究部とする)』
と言う組織が追加された。
研究部では国家規模の研究を専門にし、今までに無い実験を繰り返している。
それは非現実的なものであったり、人や動物保護について、はたまた宗教的なもの…そして、軍事兵器……など、幅が広い。
彼ら、研究部員は皆優秀な専門家たちばかりで、
成功事例も少なくないため、国民からも多くの支持を受けている。
弾丸が必要ない、レーザー線式のアサルトライフルを発明した時には一躍有名な組織となった。
そしてその研究務省の筆頭が、セルティの多くいる兄弟達の中の1人、『ルウィス=プレイアス』である。
恐らく…セルティの心配の種はそれであった。
ルウィス=プレイアスは良くいえば心優しい。
悪く言うとお人好しだ。
アリ1匹すら殺すのに躊躇してしまう。
…そんな彼が提案した研究課題
【異世界とリンクさせ、王国の更なる発展を目指す】
なんとも馬鹿馬鹿しい内容だ。
研究論文だけを見れば、
「ああ、なんと素晴らしい!」と誰もが絶賛するだろう。
……ただし妄想に限るが。
確かに彼の発想は今までに無いものであり、
実現するのが可能ならば世紀の大発見と褒め称えられるものとなるだろう。
…しかし、あまりに無謀すぎるのだ。
突拍子がなさすぎて、話にならない。
故に、大切な弟がいつまでも実現不可能な夢を追い続ける姿を兄のセルティは見ていられなかったのだろう。
だからこうしてセルティは王に問いている。
"いつまで弟の人生を棒に振る気だ"…と。
「彼が好きでやっている事だ。」
「それがいけないと言っているんだ。」
セルティが机を叩く。
それに少し驚いた様子を見せた後、クロウは
やれやれ、コレだから君は。と苦笑いをした。
「セル、君は少し勘違いをしているようだから訂正させてもらってもいいかな?」
「…勘違い?どういう事だ」
「ああ!違うよ、君が悪いってわけじゃないんだ。
寧ろ君は弟思いのいいお兄ちゃんだよ。」
不服そうなセルティの顔を見て、慌てて弁明する。
「…そうだねえ…
まず初めに、君が前提と話していたことなんだけど、あれは間違いだよ。」
セルティが前提としていたもの。
そう、ルウィスの研究は
「馬鹿馬鹿しく、実現不可能な【夢】」という事だ。
つまりは固着したレッテルを知らぬ間に自然と貼っているが、それは所詮『こじつけ』や『偏見』であり、
不確定要素を 不可能と決めつけているに過ぎないのだ。
「俺はね、君につまらない大人になって欲しくないのさ。まぁ、もう大人なんだけどね。」
と、クロウはおどけてみせる。
「ということは、まだ【夢】となるには早いと?」
「そういうこと!」
クロウは意志が伝わったのが嬉しいようで、
手を叩いて喜ぶ。
セルティの憶測は少なくとも数ヶ月前までは間違っていなかった。
【ルウィス=プレイアスの馬鹿げた研究】は
沢山の研究者を悩ませた。
なにせ、あの天才と呼ばれたルウィス氏があんな突拍子の無い研究論文を発表したのだ。なにか裏が有るのだろうと多くの研究者が考えた。
中にはきっと魔が差したんだ、と呆れる者もいた。
しかし、夢は夢では無くなった。
ルウィス=プレイアスは大発見をしたというわけだ。
「…それは…本当か……?」
セルティは目を丸くしている。
ここまで彼が表情をコロコロ変えるのはとても珍しい事だ。クロウにとってはそれがどれほど嬉しい事か。
「ああ、そうだとも!
君の弟は大したものだよ、セルティ。」
「ルウィス…あのルウィスが…」
「信じられないかい?ならばもう一度言おうじゃあないか!ルウィス=プレイアスは
【異世界とリンクさせる】というあまりに無謀で馬鹿げた研究を成功させたんだよ!」
兄弟の中で1番泣き虫だったルウィスが、今や国の役に立っている。自分が愛したこの色彩の美しい国を、共に支えている。セルティはそれを考えるだけで胸がいっぱいになっていくのを感じた。