1.先生、頭大丈夫ですか?
登場人物詳細はブログ参照(http://sacrificenote.blog89.fc2.com/blog-entry-14.html)でお願いします。
一部過激な描写がありますが、ご了承の上で読んでくださると幸いです。
「と、いうわけなのだよ狂夢君!」
「小説だからって省略しても意味わかんないっすよ先生」
放課後の教室で数学の補修をやらされていた狂夢は、苦笑いしながら教師の鷺宮隆一を見上げた。
数学の補修だったがプリントを配られて終わったので、ただの監査に全然関係ない国語教師の鷺宮が来てこの有様だ。
一人残されている狂夢に、ここぞとばかりに鷺宮は近づいてとある相談事をしていた。
「伊織ちゃんが欲しい」
うわ。
まっすぐストレートな表現で言われて狂夢は一歩退いた。
鷺宮は負けずに一歩近寄って力説する。
「僕の運命の花嫁は彼女なんだ。君は友達として協力するべきだと思うんだよ」
病気だこの人。
また一歩退いて、狂夢はプリントをさり気なく机の遠くに爪で弾いた。
大体にして狂夢はわけがわからなかった。
なんでこの男は伊織が好きなんだろう?
この男性教師鷺宮隆一は、その芸能人顔負けのルックスに女生徒のファンを多数抱えている。
校内の美女もほぼ全員が確かこの教師のファンだったはずだ。
なのになんで、あんな女王様然とした白崎伊織が好きなのだろうか?しかも病的にまで想っている。
ひとつだけ思い当たる点は…。
「先生、ただ一人だけ自分をカッコイー☆って言わない伊織にむかついてます?」
隆一に迫られてもうすぐブリッジ出来そうなまでに身を反らしていた狂夢に苦しい声で聞かれ、隆一はキョトンとした。
何も知らない誰かが見たらその現場は、男子生徒に迫る危ない男性教諭の図だったが、思い直して椅子に座り込んだ隆一のおかげで、狂夢は苦しい体勢から逃れることができた。
「まぁ…僕も最初はね、そう考えていたんだよ」
額に手を当てて考え込むその仕草すらキャーキャー言われそうなくらいに決まっている。
狂夢はシャーペンを握ったまま顎をついて、隆一を見た。
「でも、気が付いたんだ。それはきっと彼女からの一途なラブコールなのだと」
ぶっ。
狂夢は盛大に吹いて机に頭を打った。
ついでにシャーペンの芯が折れてどこかに飛んでいった。
「伊織ちゃんは朝声をかけると、小さい声でおはようございますと返事をして足早に去っていく。これは照れだね」
嫌がってるだけなんじゃないかな。
思ったが狂夢は言わずにおいた。
「遠くから僕を見つめている視線を感じた。振り向くとそこには伊織ちゃんがいるんだ」
いやあいつ鷺宮隆一を呪い殺す藁人形作るって息巻いてたけど。
狂夢は突っ込みを飲み込んで、大人しく聞いた。
「僕の誕生日に、伊織ちゃんはなんと抱きついてきたのだよ。階段で抱きとめたのだけど、ロマンチックだね!」
いやそれ純粋に落ちただけだと思うよ先生。あいつ意外とどじっこだし。
「それに帰り道、僕の愛車で送ろうかと声をかけると顔を真っ赤にしていいですって言って走って行くんだよ」
顔真っ青の間違いじゃないかな。先生病院で頭と目を診察してもらったほうが絶対いい。
狂夢がこう思うのもちゃんとした根拠があってのことだった。
国語担当になった隆一は、授業中に度重なる恋愛術トークを広げて、まったくちっとも授業をしない。
国語という授業を愛してやまない伊織は、前々からそれに腹が立っていたのだった。
しかも隆一の振る舞いひとつひとつがキザったらしくて、それは伊織の嫌悪感のドツボを突いていた。
それが溜まりに溜まって、伊織はだんだんと隆一に敵意を通り越した殺意を抱くようになっていたのだった。
案外と周知の事実であるのに、なんと隆一本人は気づいていない。
それどころか自分へのアピールなのだと信じきっている。
「先生、あの、さ」
まじで事故に見せかけて殺されかねない。伊織なら絶対にやる。止めなければ。
狂夢はどう言い出そうか困って言葉を切った。
どうすれば隆一を傷つけずに諦めさせることが出来るだろうか。
このまま走らせていれば絶対に危ない。夜道にバットで撲殺されかねないのだ。
「なんだい?狂夢くん。……まさか!」
「へ?」
少女マンガよろしく驚きのポーズを取っている隆一は、狂夢をキっと見据えた。
「まさか君、伊織ちゃんを好きなんじゃ…!そうか!だから邪魔しようとしているのだね!」
なんだかとんでもない方向に話を持っていった隆一に、狂夢はぎょっとして慌てた。
「ちょ、なんでそうなるんですか!?」
むしろ僕は先生の命を助けようとしてるのに。
隆一は構わずに椅子から立ち上がると、狂夢に向かってビシっと指を突きつけて高々と言い放った。
「僕は負けない!伊織ちゃんは僕のものだ!」
そう言うと隆一はさっとキビスを返して教室を出て行ってしまった。
狂夢は呆然としたまま隆一の出て行ったドアを見つめた。
「だめだあの人…」
翌日、朝に教室でいつも通りに集まっていた4人の話題は、昨日の狂夢の話で持ちきりだった。
「うっへーマジかよ。もう病気だな。怖ぇ」
ちょっと茶化すように言って、甲威は笑いながら伊織を見た。
「モテる女はツライねぇ?」
「殺すよ」
ピシャリと返されて甲威はきゃーきゃー笑いながらわざとらしく狂夢の後ろに隠れた。
面白そうなことになるのかと小さく笑いながら観察している男二人に、月江は深々とため息をついた。
「あのね二人とも。隆一先生は男なんだよ?伊織は女の子なの!分かってんの?」
「伊織がか弱い女だったら、いかついプロレスラーもか弱い婦女子だぜふひひひ」
いやらしくからかう狂夢を一発蹴って黙らせると、伊織は髪をかき上げて言った。
「しょうがないわね。殺るか」
「それ一番やばい方法です先生」
月江に宥められて、伊織は口を尖らせた。
「だってあと他に方法が思い浮かばない」
「先生、誰か白崎さんを保健室に。頭イっちゃってます」
小さく手をあげてしゃべった狂夢を一睨みして、伊織はため息をついた。
月江がよしよしと伊織の頭を撫でる。
「あたしが良い方法考えてあげるねっ!月江ママにまかせなさい!」
「いやいや、ここは僕が最近作り上げた怪しい薬の実験台に」
「え、それよりも誰か激しいガチホモに先生襲わせた方よくない?きゃぁきゃぁ」
思い思いの考えを喋って勝手に盛り上がる三人に、伊織は頭痛を感じた。
本格的に奴をなんとかしなければいけなくなるのだろうか。
もう授業で顔を見るのさえも苦痛な伊織にとって、それは生きた地獄に突き落とされる感覚だった。
しかも今日は一時限目に、まさに頭に花が咲き乱れているだろう鷺宮教師の国語がある。
何も知らない男子生徒は眠る準備派と鷺宮支持派に分かれているし、女子生徒は鏡を見て誰もが熱心に身だしなみを整えている。
毎度毎度のことで馴染みの光景だが、多分転校生が来たら「なんだこの異常は」とか言い出しかねない雰囲気だ。
「ねぇ、いいこと思いついたお!」
ネットのやりすぎで語尾が怪しい月江に袖を引っ張られて、伊織は死んだ魚のような目のまま振り向いた。
本当に精神的に参っている伊織に一瞬ぎょっとした月江だったが、構わずに続ける。
「好きな人がいるんですって言えばいいよ!王道ぢゃん!」
まさに名案と目を輝かせて言う月江に言われて、伊織はなんとなく狂夢達の方を見やった。
どちらかというと可愛い系の顔立ちをした美堂狂夢と、黒縁眼鏡をかけたまさに優等生然とした正統派男前の蒼条甲威。
狂夢と甲威、どちらも同じくらいに男女に人気があったが、告白される回数が多いのは甲威の方だ。
甲威は本音と建前を使いこなすが、狂夢は建前なんて言葉が辞書にない。
「蒼条くん!私、ずっと好きでした!」
「ごめん、俺は今そういうのに興味がないから」
こんなやり取りは日常茶飯事だったが、狂夢の場合は違った。
「美堂くん!私、ずっと好きでした!」
「ごっめーん☆僕、カッコイイ男の人のが好きなんだぁ☆きゃるーん☆」
ちなみに、ものすごく本音である。
そう、美堂狂夢は自他共に認めるガチでホモだったのだ。しかもそれが、こっそりと伊織の思い人なのだから救われない。
好意を表すことに死ぬ程嫌悪感のある伊織に、しおらしく告白してみろという方が無理である。
そんなことになったら伊織は奇声をあげながら狂夢を5回くらい蹴って殴って、そのまま警察に御用になりそうだ。
言えるわけがない。好きな人がガチホモだなんて、実らないにも程がある。
伊織はしょんぼりと俯いて、「うん」と気のない返事を返した。
「おやおや、伊織ちゃんってばもしかして好きな人いないのかにゃー?」
俯いた下からにやにやと狂夢に覗き込まれ、伊織は「いやああああ」と叫んで見事な膝蹴りを狂夢の顎にヒットさせた。
「ふ、ふははは…さすがは女格闘家免許皆伝の白崎。なかなかやりおるわ」
涙目でうずくまりながら顎を押さえて、絶対に伊織とは目を合わせないようにしながら狂夢が言った。
「あんたが悪い」
少し赤面しながら腕を組んで、伊織はふんとそっぽを向く。
伊織の気持ちを結構随分と前から悟っている甲威と月江はお互い目配せすると、にやりと黒く笑った。
「なぁ狂夢。お前って友達大事にする奴だよな?俺ら、親友だもんな?」
「なんだよ気色悪い」
同じようにしゃがんで肩を組んできた甲威に、狂夢は青ざめて苦笑いしながら後ずさる。
「助けてやれよ、伊織を。結構困ってるぞ?」
「あぁ……うーん」
ちらりと伊織を見上げて、狂夢は少し真剣に迷ったが「でも」と切り出した。
「逆効果にならないかな?俺先生好きだし。あ、いや、ラブな意味じゃないよ!?」
途中月江に射殺されそうなくらいに睨まれて、慌てて付け加える。
その凄みを聞かせた月江の視線が、突然にっこりと微笑んで和らいだ。
「助太刀しないと殺す」
笑顔のまま紡がれたそれに、ムンクの叫びよろしく青ざめた狂夢は小さく「はい」と返事をするしかなかった。
少し驚いた展開になっている会話に、伊織は目をキョトンとさせて3人を見回していた。
「ほら、狂夢っち協力してくれるって!なんとか目覚まさせてやりなよ」
頼もしい笑顔の月江に、伊織は感涙に咽びながら抱きついた。
「月江ぇ!」
「おーよしよし」
感動のシーンをしゃがみながら見ていた狂夢は、小さく笑ってぼそりと呟いた。
「白崎伊織さん、今日は珍しく苺模様のぴん」
続きの台詞は伊織の素早い蹴りによって打ち消されてしまった。