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TOGETHER  作者: SINO
~第二部 切り札~  一章 八人目は居候
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ナンバリング・9

 小さな呼び掛けに、反応があった。

 ゆっくりと開いた実の瞳が、覗き込んだ玲を映した。

「ア……キラ……?」

「こんにちは。久しぶりだね」

 なぜ、彼がここにいる?

 実は記憶を辿るように、ぐるりと頭を動かした。

 確か、リビングで、健たちが食事を済ませるまでの間、寝ているつもりだったのだが、ここは……。

 起こそうとした体を、玲の手が、柔らかく抑える。

「動かないで。僕はケンに呼ばれたんだよ。君を診るためにね。先に言っておくけど、僕の診断には逆らわないように。これは、ケンからの要請であって、君は拒否することはできないからね」

 情けない言いようだが、仕方がない。

 健たちがまだ、独自に訓練をしていた頃は、彼らの主治医に決まっていた自分が、今では、健の名を出さなければ、実を診断するどころか、近づくこともできないのだから。

 だが、これは、彼らの絆の深さゆえのことだということも、充分わかっている。

 決して入れない。いや、入ってはいけない領域なのだ。

 多分、この絆がなかったら、玲は彼らに、砂一粒ほどの魅力も感じないだろう。

 特に、実に関してはそうだ。

 玲が初めて実の名を、現実を含んだ声で聞いたのは、護の口からだった。

 ノーセレクト専属医、その、最初の患者であった護の精神の中に、その名、存在のすべてが、たった一つの想いとして、残っていた。

 護にとっての、唯一である実とは、どういう人間なのだろう……。それが、玲の興味であり、実際に会うことができてから約、一年と半分。

 未だに、会えば必ず、実の態度が違う。イメージが変わる。

 だからこそ、興味は尽きない。

 今もそうだ。

 嫌なものに触れられているかのように、実は玲から顔を逸らした。

 そして、そこに護が座っていることに気づいた。

「シノ……は?」

 聞きながら、また、部屋を見回した。

 部屋が、違う。

 なぜ、自分は護たちの部屋に寝かされているのだ?

 セーターを捲り、シャツのボタンを外し始めている玲の存在を無視して、起き上がろうとする実を気遣いながら、護は小さく答えた。

「ケンと、出掛けた」

「ケン……と? いつ?」

 咄嗟に自分のブレスレットで時間を確認しようとして、手首にはめられているアームバンドを思い出した実は、乱暴に護の右手を掴み寄せた。

 昼近くの時間を示していた。

「君の代役で……」

「じょ……冗談じゃない! マモル、どうして止めなかったんだ!」

「ミノル! 動かないでくれよ!」

 毛布を剥ぎ取った実の手に弾かれた玲が、慌てて肩を押さえつける。

 しかし、彼の力で止められるはずがなかった。

「離せ! ケンを……連れ戻す! 行かせろっ!」

 思いきり振りほどき、実はそのままベッドから飛び降りた。

「ミノル! ダメだってば! マモル、抑えてくれ!」

 言われるまでもなく、護は動いていた。

 ドアに手をかけようとした実の正面に回り込むと、彼の左腕を引き寄せ、思いきりその頬を……叩いたのだ。

「マ……マモル」

 まさか、彼が実に手を上げるとは思わなかった。

 よほど強い力だったのだろう。護が腕を掴んでいなければ、壁に当たっていたかもしれないほどだ。

「な……にを……」

 上手く喋れない、と、同時に、足が崩れた。

 僅かな感情すら排除したときの彼は、誰にも敵わない。正に、今がそうだった。

 もし、感情が入れば、護は実に手を出せない。 

 が、彼を誰よりも大事に思うからこそ、今は、一切の思いを排除できた、と言える。

 護は、掴んでいた彼の腕を思いきり引き上げると、担ぐようにベッドに運んだ。

「アキラさん」

 事の成り行きを中腰のまま呆然と見ていた玲は、呼び掛けに、

「あ、ああ……うん」

と、曖昧な言葉を返した。

 衝撃のためか、それとも、初めて護に叩かれたショックからか、実はもう、動かなかった。

 護は、そのまま、なにも言わずに部屋を出ていった。

 その後ろ姿を半ば無意識に見送った玲が、ドアが閉じられた音に反応して、ようやく、椅子に腰を下ろすと、ベッドのスイッチを押した。

 背を起こして、着崩れたままになっていた実の服を、改めて脱がしてから、聴診器を当てた。



 単に、診察をするだけならば、時間は掛からなかった。

 玲は、困り果てた様子で部屋を出ると、階下へ降りてきた。

 リビングのソファに座っていた護の対面に腰をかける。

 途端に、気疲れからか、力のないため息が漏れた。

「あれで良かったのかなぁ」

 自分の診察に自信がないわけではないが、玲はまだ、納得をしていないのだ。

「……ありがとう……」

 ポツリとした、小さな労いに、気を取り直してにっこりと笑う。

「なんの。君のほうが辛かっただろうに。……彼、泣いていたよ。心音が聞こえなくて、仕方なく薬で落ち着かせるしかなくてね」

 俯いていた護が、僅かに玲を見上げたが、すぐに逸れてしまった。

「ケンを……心配しているから……だろう」

「どういうこと? 君が手をあげたからじゃないのかい? 初めてだったんだろう?」

「ちがう」

 囁くように、しかしきっぱりと否定する。

 護もまた、自分の行為に後悔はあった。

 実の感触が残る左手を見下ろす。

 彼の心と体、あのときは、どちらを優先するべきだったのか、迷いもしなかったのに。

 だが、今は……。

 健を心配することに、異常なほど神経質になっている彼を、本当ならば行かせたほうが良かったのかもしれない。彼が、何を懸念しているのかは、今になれば容易に想像もつく。

 しかし、護は、彼の体を休ませることを優先した。

 間違っていたかもしれない……。

「ねえ、マモル、君もまいっているんじゃない? 僕はもう、君の役には立てないけど、せっかく来たんだから、話くらいは聞けるよ?」

 玲から顔を逸らし、窓の、カーテン越しの外の景色を見つめていた護の頭が、僅かに一度だけ、振られた。

「ミノルは……?」

 やはり、まずは彼、か。

 玲は、極力護に心配をかけないように、軽い口調で言った。

「簡単に言ってしまえば、過労、だね。ケンも言ってたけど、彼自身、症状は自覚してるんだよ。ただ、ノーマルと違って、君たちは特殊なんだね。心身ともに、ギリギリまでは何ともない……というか、普通の人以上に我慢できちゃうんだよ。だから多分……ミノルは、想像以上にダメージを受けているはずなんだ。このまま動いてたら、早い時期に体が動かなくなる可能性もある」

「疲れ、で?」

 僅かな反応があった。

 戸惑いに似た、微かな表情の変化が、ゆっくりと玲に戻る。

 玲は、わざとおどけるように頷いた。

「疲れをバカにしちゃいけないよ。体の疲れはね、ひどくなると筋肉が硬直してしまうんだ。それが痺れになって、やがて麻痺してしまう。神経が死んでしまう場合も、あるんだよ。そうなるともう、ダメ。手遅れになる前だからこうして平気で君にも言えるけれど。……でも、ミノルはそれだけじゃないから厄介なんだ。体の疲れより、彼の場合は、間違いなく精神的なものだ。だから、そっちのほうが重大だ、といえるんだよ」

 彼は、決してメンバーの心の中を覗こうとしない。それは、健たちが何も言わないからだ。

 どちらかというと、彼の本来の仕事は、彼らの心のケアだ。だから、それを全うするのなら、悩みや苦悩を、時間をかけても聞きだし、体調の診察をしながら治していくべきなのである。

 それをしないのは……。

 目の前にいる護で失敗したからだ。

 もう、五年近く前になるんだ、と、改めて思い出す。

 あの頃は、多少はノーセレクトの要素を持つ自分の腕を、過信していた部分もあったのだ。だからこそ、護の百パーセントというノーセレクト数値を軽視してしまった。

 彼のプライドの前では、たかが四十パーセント台の数値しかない自分の腕は、何の役にも立たなかったばかりか、彼に深く入り込みすぎ、そして、反撃された。

 無意識に、玲は右腕をさすった。

 長袖の下に隠された三本の長い傷跡は、時おり疼き、護の実への、底の見えない深い想いを思い出させる。

 健たちと初めて顔を合わせたのは一年半前のことだ。

 付き合っていくうちに、メンバーの絆は、太く、強くなっていった。

 もう、彼らの中に入っていくことは、叶わないのである。

 主治医という、名ばかりの自分に今、できることは、実が唯一、診察できない相手……つまり、彼自身を、健たちの力で治せるようにアドバイスするだけだ。

「これは、ちょっと言いにくいんだけれど……」

 彼の口調が弱くなった。

 それでも、護は返事もしない。

 玲は続けた。

「彼があんな風になるということは、君たちに言えないことがあるってことじゃないかな。だとすると、彼を治せる人間は存在しないも同然だ。……ケンの……帰りを待っていてもいいかな?」

 実が故意に、秘密を抱え込んでいるとしたら、玲がどのような説得をしても、口を開かせるのは不可能だ。

 しかし、このまま帰れば、後悔する。

 せめて、健には直接、説明しておきたかった。

「……コーヒーで、いいですか?」

と、言いながら護が席を立つ。

 彼なりの答えに、玲は安堵しながら腰をあげた。

「悪い。腹が減ってるんだ。ユウコちゃんがいないみたいだから、勝手に何か作ってもいいかい?」

「すまない」

「じゃあさ、君はミノルについていてあげてよ。料理ができたら呼ぶから」


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