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TOGETHER  作者: SINO
~第二部 切り札~  一章 八人目は居候
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ナンバリング・6

 マンションから出てきた一人の女性が歩き始める前に、一度辺りを見回した。

 建物の影から、絵里が笑いかける。

 それを確認して、彼女は駅のほうに足を向けた。

「昨日まであなたが持ち帰ったゴミは彼女のものなの?」

 女性のあとをついていく絵里に、夕子が尋ねる。

「そうよ」

と、怖いくらいの表情で答えた。

 神経を、女性の周囲に向けながら歩く。

「正確には、タカヒロが持ち帰ったものよ。あたしは無駄だと言ったんだけれどね」

「彼女はどうしたんですか?」

「ストーカー」

「狙われているの? それなら、後をつけるより、家の方を見張っていたほうがいいんじゃないですか?」

 この疑問はもっともなことだ。

 細かいゴミまでも絵里たちが処分しているとすれば、留守中に家捜しをしていないとも限らない。

 絵里は、返事をしなかった。

 彼女の真剣な表情に、夕子が青ざめる。

「まさか……直接狙う……と?」

「ゴミを持ち帰ったのは、念のために過ぎないのよ。あたしたちの仕事は、そのストーカーに思い知らせること」

 歩調は変わらなかったが、絵里は、チラッと夕子を見ると、言った。

「はっきり言うと、あんたじゃ戦力にならない。あたしではあんたの面倒までは見られないから、危なくなったら逃げるのよ」

 普段の彼女は、夕子にこれほどきつい言い方はしない。そこには、やはり直前になって、実と護が抜けたことと、男手もなく、彼女一人で向かわなければならない緊張があった。

 健たちと同様、昨日までの二日間、何事もなく出社できているから大丈夫だと思うが、女性に付きまとっている男の姿を、絵里は一度、目にしているため、気が抜けないのも確かだ。

 夕子は、あまりにも真剣な彼女に、小さく体を震わせて頷いた。

 実際、彼女は、何も聞かされずに絵里についてきただけなのだ。

 邪魔だとわかっていて同行させた隆宏は、一人の任務ではいくら絵里でも、今以上に固くなるだろうということを考慮していたらしく、彼女も、その配慮の意味を理解している。

 だから、口では夕子にきついことを言っても、断らなかったのである。

 絵里は続けた。

「もし、今日も何もなければ、明日からはちゃんと手伝えるように説明してあげる。とりあえず、今は何も聞かずについてきてちょうだい」

「はい。……あ、でも、あとひとつだけ、いいですか?」

「なあに?」

「あの……これって、お仕事としては……小さなものじゃないでしょうか?」

 途端に、絵里に睨まれた。

 当人にとっては大問題なのだ。

 それを理解していない口ぶりだったからこそ、怒られても当然だったため、夕子はすぐに謝った。

 しかし、絵里の表情がすぐに緩む。

「その通りよ。下らないことだわ。でもね、これはケンがキャップに頼んだことなのよ」

「あの人は重要な人なの?」

 姿形で選ぶわけではないが、夕子が見たところ、さほど美人というわけでもなく、着ているものや、すんでいた家を見て判断するしかなかったが、健が仕事を引き受けるほど重要な女性という雰囲気はなかった。

「……知らないわ。それに、そんなことは関係ない。最近のあたしたちは、こういうことがほとんどなのよ。やり方次第では、すぐに片付く仕事ばかり……ケンのほうが、本部の正式な依頼なんだけれど。なんというか……ひとつに絞らないようにしているみたいな感じね」

 彼女の話によると、今までも、仕事を分散することは皆無ではなかった。

 もちろん、それは夕子も知っている。今はなるべく仕事から離れようとしているが、最初の頃は、何かにつけ、夕子も彼らと共に外に出ていたからだ。

 しかし、最近の仕事と言えば、本部から入る正規のものの他に、必ずといっていいほど、その地域でひとつか二つ、簡単なものを、健は請け負っているのだそうだ。

 今回も、メンバーを三つに分けているようなものだ。しかも、絵里は、高志が何をしているのかを知らない。

 昨日までは、実も高志と一緒だった。

 このこと自体、以前はなかったことなのである。いくら、仕事を分散させていても、それぞれの内容は共有していたのだ。

 今のところ、すべて把握しているのは、作戦担当の隆宏だけだ。

 絵里は、軽く肩をすくめると、夕子に笑いかけた。

「ミノルに言わせるとね、ケンは、あたしたちに何かをさせたいのかも……なんですって」

「何かって……なんでしょう?」

「わからない。でも、それもどうでもいいのよ。あたしたちは、彼の考えに従う。……いつか、理由がわかる。それでいいの」

 いつの間にか、バスの停留所に来ていた。

 女性は、ここから約十五分ほど行ったところにある会社までの通勤だという。

 バスが来るのを待っている間、女性はまた、絵里たちを振り返った。

 絵里は、素早く辺りを見回して、それとなく頷く。

 気取られないようにするためか、彼女の方は、それに答えることなく、絵里から顔を逸らした。

 どうやら、今のところは大丈夫のようだ。

 二人は、バスに女性が乗り込むと、一度、来た道を戻った。

 が、バス通り沿いの小さなパーキングに入る。

 一台の車が止まっていた。

 絵里は、ハンドバックから鍵を取り出すと、乗り込んだ。

「エリ、この車……?」

「レンタカー。あたしたちは、これで先回りをするの」

「でも、途中で相手がバスに乗るとは思わないんですか?」

「調査済み。とにかく、質問はこれで終わりよ。いいわね」

「はい」



「なんだ。マモルが必要だといったのは、この操作のためだけだったんだ?」

「なんだ、はないだろう? ミノルじゃまるで役に立たないよ。それなのに煩くてさ。オレだって、コンピューターは得意じゃないんだよ。口出しするだけで、大してわかっていないって、どういうことだよ、あいつ。本当にコンピューターの勉強をしたのかよ?」

「なんか、ミノルが扱えるのは司令室のものだけみたいだよ。あそこは資料室と連動しているからね。普通のものとは違うんだ」

 図書館のコンピュータールームだ。

 高志はもちろん、今日初めて手掛けた隆宏にも、健が何を調べようとしているのかはわからない。

 まるで脈絡のない資料を、一日かけて集め始めて、三日目だ。

 昨日までは、実のいうとおりにコンピューターを操作していた高志だが、さすがに愚痴をこぼしたとおり、我慢を通り越してしまったのだ。

 護ならば、余計なことは言わない。おまけに、操作を任せられる。

 高志がすることと言えば、打ち出した資料を持って帰るだけですむはずだと考えていたのである。

 とはいえ、それが隆宏でも楽はできる。いや、楽をしようというわけではなかったが、ともかく、実から解放されたかっただけだ。

 隆宏は今、警察内部の捜査資料を引き出している。本当なら、外部から入ることのできない資料集め、ということだった。

 高志が捗らないと言ったのは、セキュリティーシステムのためだ。

 実は、健からコンピューターの操作を教えられたと言っていた。だから、てっきり、機密を引き出すこともできるとばかり思っていたのだが……。

 結局、二日間で持ち帰れたのは、以前に関わった、何ヵ所かの警察で扱った、セキュリティーパスワードを使って引き出したものくらいだったのである。

 手際のいい隆宏の操作を隣で見ていて、高志はポツリと呟いた。

「本当なら、ケンは自分でやりたかったんじゃないか?」

「……何か感じたの?」

 高志の場合、お喋りな分、他人の言葉に敏感に反応するときがある。他愛のない会話の中でも、引っ掛かることを彼は時おり、こうしてこぼすのである。

 こういうときの彼の勘が大抵当たっていることを、隆宏は少しも疑っていなかった。

「まあ……なんとなく、そう思っただけなんだけれど。だから、オレがあいつと代わってもよかったんだけれどさ」

 隆宏は、手を休めることなく、クスッと笑った。

「言ってくれればそうしたのに」

 メンバーの割り振りや、行動予定を決めるのは、隆宏の役目だ。

 健から、最初に高志を抜かすようにと言われたから、理由も聞かずに振り分けたのだが、反対があるのなら変更はできた、と隆宏は言った。

「もちろん、オレもそう言ったよ。でも、これはあいつ個人の調査らしくて、そんなことで自分が仕事から抜けて休めないって」

「ああ……それで、か」

 隆宏の手が止まる。

 高志のほうに椅子を回して肘をついた。

「君の順番だったわけだ」

「順番?」

「君の前はマモルだったからさ」

「え? じゃ、あの時、あいつが外れていたのはこれのためだったのか?」

「多分ね。毎日、大量の資料を持ち帰っていたよ。あのマモルがね、さすがに心配していたくらいだ」

「心配?」

 前の仕事の時、高志も別の依頼にかかりきりになっていたが、離れていたわけではない。だが、いつも、護が帰ってくる時間のほうが早く、彼は、持ち帰った資料をすぐに部屋に持っていったのだろう、高志が気づかなかったのも無理はない。

「昼はオレたちと一緒だろう? だから、あれを見返すとしたら、夜しかないということ。マモルはケンと同じ部屋にいるからね。ほとんど寝ていないんじゃないかってさ」

 志乃が同居する前は、健と実、そして護の三人でひとつの部屋を使っていた。

 今は、志乃と実でひと部屋、健と護でひとつと、分けている。

 健が、護にこの作業を頼んだのが約、半月前で、その頃からずっと、護は健のことを見ていたのだ。心配するのも当然だった。

「一体、何を調べているんだろう?」

 高志は、隆宏の映し出しているディスプレーの資料に目を向けた。

 健から頼まれているそれは、昨日まで持ち帰った分を含めて、すべてが約、五十年前ほどのものなのだ。

「いくら個人的なこととは言っても、それじゃ確かに体を壊すよな」

「まあね」

 軽くいい流して、隆宏がまた、コンピューターに向かう。

 高志は、不満そうに身を乗り出した。

「おまえ、心配じゃないのか?」

 実のことだけを考えている護ですら、健を心配しているというのに、隆宏の態度は冷たくないか、という不満だ。

 当の本人は、苦笑混じりに言った。

「心配しても、何か言える訳じゃないからね。だから、マモルも黙っているんじゃない?」

 そう言われると、高志には反論できなかった。

 健と実は、最近、どこかが変わった、と、彼らは漠然とだが感じている。

 元々、実はその体質のために変わっていたが、最近は、ほんの僅かでも健に関わることになると、ひどく敏感になったような気がする。

 治すのにかなり時間がかかる貧血だと、健を診断したのが実自身だったから、多分そのせいだとは思うが、それにしても、神経質になりすぎる。

 その反面、ここひと月、仕事の時以外は、志乃から離れないのだ。

 そして、健の方は、あれはもう、仲間という状態ではない。

 そんな対等な立場ではなくなってしまったように、高志は感じていた。

 本当の健の姿、最大限に引き出された本質……実がかつて言ったのは、今の彼のことなのか。

 針の穴ほどの隙すら見逃さず、メンバーを見通し、包み込む。

 柔らかく、温かく、そして優しく。

 厳しさなど、ひとかけらもない、絶対の信頼を含んだ微笑みで、

『大丈夫だよ』

というだけなのに、その一言の中に、健の、果てのない大きさが見える。

 どんなわがままも、無茶も無理も、健はすべて受け止める。

 受け止めて尚、その容量に限りがない。

 それでいて、健は、自分がメンバーに頼ることがない。

「……少しくらい、休めばいいのにな。なんか、オレたちばかり守ってもらっているって、最近思うんだよ。何か、返せないかって」

「返せるさ」

 隆宏は、キーボードを指差した。

「確実にね。彼の個人的な仕事なら、できるだけの資料を持って帰る。それでいいんだよ」

「……そうだな。……タカヒロ、オレにもセキュリティーの開け方を教えてくれよ」

「いいよ。簡単なんだ。本部の野々村さんに聞くだけだから」

 高志は、一瞬、呆けたように目を見開いた。

 たった、それだけだったのか、と。

 だが……

 彼は、すぐに笑い出した。

 それでは、永遠に、実にはできない作業だったろう。

 やはり、隆宏に頼んで正解だった。


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