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TOGETHER  作者: SINO
~第二部 切り札~  一章 八人目は居候
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ナンバリング・5

「今回の仕事って、どういうものなんだい?」

 一人の男の後ろを、幾分か距離を開けてついていく健に、尋ねる。

 身長差約十センチの彼を見上げて、健が答えた。

「見ての通りだよ」

「見ての通りって、ただあのおっさんの後をついて歩いてるだけじゃねぇか」

 時間を気にしていたわりに、健は、ある一軒の家を、離れた場所で監視していた。

 もっとも、監視、というほどの気の発散があったわけではない。

 住宅街の一角で、通勤や通学の人並みが一定方向に向いている中、まるで、誰かと待ち合わせでもしているかのように、立っていただけだ。

 しばらくして、そこから一人の男が出てくると、そのまま歩き出したのだ。

「そう。今日で三日目だ」

「……あのおっさんを狙ってるわけ? 守ってるわけ?」

 ついて歩くだけなら、その二通りしかないだろうと尋ねる。

 そして、狙っているのなら、志乃にも手伝える……というより、自分がやった方が手っ取り早い、と言いたそうだ。

 健は、彼の心情を見抜いたのか、苦笑混じりに言った。

「とりあえず、守るほうだね」

 ずいぶん言い回しをぼかしているな……。

 志乃は、健の前に回り込んで、後ろ向きに歩きながら尚も聞いた。

「そんなに重要な奴なのかい?」

 まっすぐな黒髪が、後ろからの僅かな風で、顔にかかる。

 うっとうしくかき揚げながらも、彼がその髪を縛っているところを、健は見たことがない。

「それほどじゃないはずだよ。会社の重役には違いないけれど、でも、見てわかるとおり、普通の人だね」

「ミノルがさ、あんたを一人にできないって言ってたぜ。でも、こんな簡単なことなら、いくら間が抜けてるあんたでも一人で楽勝じゃないか」

「意味が、違うんだよ」

と、言いながら、常に持ち歩いているポーチから、タバコとライターをだすと、志乃に差し出した。

「君にとってもいいチャンスだからね。ほら、これを持って」

「いらねぇよ。俺がタバコ吸わないの、あんたも知ってるじゃねぇか」

というより、志乃が知る限り、タバコを吸っているのは健だけだ。

 勧められても困る。

「君がオレに、火をつけて渡す。ミノルの代役は勤めてもらうよ」

「なんだ? そりゃ……」

 目の前に差し出された二つを、嫌々受け取りながら、志乃は自然、彼に並んだ。

「昨日まではマモルの役目だったんだけれどね。今日はタカシの用事でそっちに回したらしいから、ミノルと交代する予定だったんだ」

「それとタバコと、なんの関係があるんだよ?」

 相変わらずの鈍さに、健は苦笑した。

「気がつかなかったのか? オレは、何もしないよ。買い物すら、ね」

「……そういや、見たことねぇや。……ずいぶん横柄だとは思ったよ」

 いつも、何気なく彼らに接していたものの、志乃は、このひと月のことをぼんやりと思い出し、呆れ顔でそう言った。

 食事の時に、健の分だけ取り分ける実が、時には乱暴に、健の手から器を取り上げ、逆に、病人の看護のように、食べ物を口に運ぶところを見たことがある。

 そんなときの彼は、まるで当然のように食べさせてもらっていたっけ。

 タバコは、一番目についていた。夕子と絵里、それに高志はまったく吸わないためか、自分で火をつけてわたすのではなく、まるでホステスのようにライターを近づけていた。

 隆宏たちは、少しは吸うらしく、一度、自分でつけてから健に渡している。

 メンバー全員で、そういうことを監視しているかのように志乃に見えたのは、タバコひとつにしても、健よりも彼らの方が、残った本数を把握しているとしか思えなかったからだ。

 夕子の家事を、一日中見ている志乃にすれば、彼女が翌日着る健の衣類を、きれいに畳んでベッドサイドに置くことも、過保護じゃないかと突っ込みたくなる行為に思えた。

 そして、買い物は、確かに見たことがない。

 酒にしても、常に誰かが、健の分だけを作って渡している。

 思い返せば、健が何かを必要としていても、それを口に出したり、自分から率先して出掛けようとする前に、必ず誰かが、まるで彼の心を見抜くように買いに出るのだ。

 つまり、志乃の目から見れば、まさに彼の暮らしぶりは、『横柄』なのだ。

 他人の目から見れば、反論できる状態ではないのも確かなので、健は情けなく答えるしかなかった。

「彼らに怒られたくないだけだよ」

「で? 俺にもそれをしろってか?」

「それだけじゃないよ。オレは、決して君には要求しないからね。かといって、オレに我慢をさせるようではミノルの代役は務まらないことをわかってほしいんだ。オレからはなにもしない。わかったね」

 偉そうに……と、心の中で毒づいたものの、志乃は軽く肩をすくめただけだった。

「シノ、駅についた。行くよ」

 人の波がかなり多く、どこにでもいる、地味なスーツを着た相手は、少しでも目を離したら、わからなくなる。

 いくら目のいい志乃であっても、白髪を染めていることが明らかな、中肉中背の男は、油断をすれば見失いかねなかった。

 小走りになった健のあとを追って、志乃は、タバコとライターを無造作にポケットに突っ込みながらも、目を、男から離すことはなかった。

 いつしか健を追い越し、改札を抜けようとして……

「イッテェーッ!」

 閉まったプレートに、思いきり足をぶつけた。

 あとから健が来る気配がない。

 声に、何事かと集まる視線の中に、目的の相手も紛れ込んでいたが、すぐに関心もなく立ち去ってしまった。

 改札の手前で、通行人の邪魔になったまま、志乃は男を諦めて健を探した。

 その場で周囲を見渡していると、健が、まったく違う方向から近づいてくる。

 志乃が、足踏みをするようにイライラしながら声を上げた。

「どうしたんだよ! 遅ぇぞ!」

「君こそ……そんなに慌てなくても……」

「何で! 見失っちまうだろ! もう、行っちまったぞ」

 あれだけ地味な色のスーツだ。見失う、ではなく、もうすでに見失っていた。

 その、彼の目の前に切符が差し出された。

「切符なんて買ったの、初めてだよ。……君の役目だったはずじゃない? 最初から躓いたね」

「あ……ごめん」

 あまりにも相手に集中していたため、改札のプレートがなぜ閉まったのか、健がどこに行ったのかを考える隙がなかった。

 運賃を払って電車に乗る。そんな単純なことを、忘れていたのだ。

 健は、別に慌てた様子もなく、自分のカードを通して改札を抜けると、あとから来る志乃を待って、迷いもなくホームに降りていった。

 彼が慌てなかったのは、男がいつも同じところで電車を待つことを知っていたからだ。

 男から少し離れて、列に加わる。

「そのカード、いいよなぁ。ユウコは買い物で使ってるけど、便利だよな」

 まるで、子供がものを欲しがるような言い方だ。

 クスッと笑った健が、ポーチからもう一枚、同じカードを取り出した。

「どうぞ」

「え……あ、サンキュ」

 あまりにも当たり前に渡されて、府抜けたように受け取りながら、そういえば実の代役だということを思い出す。

「ミノルのカードだろ? 勝手に持ち出していいのかよ?」

「名前をよく見て」

 薄い青のカードの右隅には、金のローマ字で、志乃の名前がはっきり浮き出ていた。

 彼の目が、驚きで大きくなる。

「俺の? 嘘っ! どうしたんだよ、これ」

「電車が来たよ。相手はあそこ。今度は見失わないようにね」

 人混みに逆らわず、彼らは電車に乗り込んだ。

 混んだ車内で、志乃が無意識に、健を庇うように右手で肩を支える。

 昨日までは、護が同じようなことをしていた。

 健を守るかのように、自分の体を盾にしていたのだ。

『これでは、立場が逆だよ』

 本来は、健のほうが護を庇わなければならないのに、と言った彼に、護は口許を緩めて、小さく首を振っただけだった。

「立場が……逆だね」

 同じことを言ってみる。

 志乃が、ニヤッと笑った。

「そうか? 俺のほうがガタイがいいんだ。当然だろ」

 恨んでいる相手を守っているということに気づいていないのだろうか。

 だが、モヤシのよう、とは言わないが、健の体格は、やはり志乃と比べると細すぎた。

 どちらかというと、中性的に見える顔が、体の線を細く見せているとも言える。

 無意識に、『守りたい』と思わせているのは、健のほうなのである。

 優しく微笑む表情に、志乃は思わず目を逸らした。

「やべぇよなあ。あんた。……危なっかしいよ」

 明らかに女性に見えるときがある護とは違って、男にしか見えないとはいえ、いや、志乃にすれば、だからこそ、か。

 彼の目から見れば、健の笑顔は、自分の好みをはっきりと刺激していた。

 自制心を持たなければ、このまま抱き締めてしまいそうだ。

 今まで、実しか見ていなかったから、健も、これほど魅力的だったとは思わなかった。

 顔立ち自体は、実のほうが整っている。

 しかし、人を寄せ付けようとしない、きつい瞳と性格を考えると、健のような柔らかい表情を、誰もが選ぶのではないだろうか。

 惹き付けて、包み込む、頼りない笑顔を守りたい、そう、思わせる。

 健は、言われたことに苦笑しながら、肩越しに見えたカードを抜き取って、改めて志乃の左手に差し入れた。

「これは君のカードだよ。無くすと大変なことになるからね。しまっておいたほうがいい」

「ホントに俺のなのかよ? メンバーじゃないのに?」

 自分の、昂った気持ちを追いやって健を見下ろす。

 脅迫的な、優しい微笑みが頷いた。

「君がいつ欲しがってもいいように作ってもらっていたんだ。……キャップは相当困っていたけれどね」

「当然じゃねぇか。俺が剣崎さんの立場でも同じだぞ。悪用されたらまずいだろ?」

「そうだね。だから、条件付きだ」

「条件、って?」

「同じものとはいかないから、単なるキャッシュ機能しかないんだ。それが我慢してほしいというのが、本部の条件」

「いや、だからさ、それが問題だろうが。あんたらは必要なものを買ってるからいいけど、俺がこれでライフルやショットガンなんかを買うとは思わなかったのかい?」

 物騒な話に、二人の周囲の何人かが素早く振り返った。

 慌てて口を閉ざしたものの、志乃の周りの何人かが、訝しげに、そして怯えを伴った視線を向けて、遠退くように動くのが見える。

 しかし、健は平然と彼を見上げた。

「モデルガンの値段なんて、たかが知れているよ」

と、落ち着いたフォローだ。

 ホッとしたため息が聞こえる。

 志乃は、健に耳打ちをした。

「ゴメン」

「欲しいのか?」

「えっ?」

 健も、志乃の耳元に囁いた。

「必要ならば、買えばいい。それが、オレたちに関係するものなら、本部に反対はさせない。ただし、オレからも条件があるんだ。必要なものでも、オレたちに関係のないものは、ダメだよ」

 つまり、あくまでも仇としての立場を維持しろと言うことか。

 健を見返す。

 いつしか笑顔の消えた、真剣な眼差しに志乃は戸惑い、そして、それをごまかすように、肩を支えた手に力を込めた。

「冗談だよ。俺だって金は持ってる。そっちの金を使う必要はねぇさ。それに、俺はマニアじゃねぇ。あんたには……」

 声を落とした。

 周囲に気遣いながら、志乃の声が、電車の音に混じった。

「圭吾のものを使うって、決めてるんだ。だから、いらねぇよ。ホントに欲しいものは……買えないしよ」

「……そうかもね」

 志乃が本当に欲しいものは、恐らく目の前にあるし、努力次第では手に入れられる。

 金を使わなくても、半分以上は手に入っていることを、彼はまだ、気づいていない。

“……オレがいる間に気がつけばいいね”

 健がなぜ、仇と言われながら志乃を同居させているのか、その、本当の理由を、自分が生きていられるうちに気づいてほしい。

 それは、彼の、切なる願いだ。

 ノーセレクトは、誰一人欠けることなく守る……。今朝、志乃に言った言葉の意味を理解してほしい、と。



 


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