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TOGETHER  作者: SINO
三章 ノーセレクト
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待っているよ

 健に頼んでおいた資料と、高志たちの聞き込み、そして、防犯カメラの確認により、犯人らしき人物に見当がつきかけたのは、三日の後のことだった。

 人数はやはり二人、これは、五件中、ただ一つの目撃証言と一致する。

 警察署の会議室で、隆宏はホワイトボードの前で口を開いた。

「まず、お疲れさまと言わせてください。それから、こちらの協力を受け入れてくれたことにも感謝します。あなたがたにとっては、これからまだ、捜査が続きますが、もう、オレたちは必要はないと思います。本当に、ありがとうございました」

 そして、深々と頭を下げる。

 捜査員を代表するように、狩野捜査員が立ち上がった。

「こちらこそ、無礼な態度を許してもらいたい。……まさか、事件の遥か前に関係があるとは思わなかった。あんたがたの発想がなければ、解決できなかったかもしれない」

「それは仕方がないことだと思います。犯人と被害者の間にも、なんの関係もなかったわけですから」

 会議室の後ろのほうでは高志が、隣にいた捜査員と、遠慮がちのハイタッチをしていた。

 最初、絵里はここの雰囲気にピリピリしていたのだが、彼だけは初めから最後まで、誰にも気安かった。

「もう、帰るのか?」

 高志は、大袈裟に肩をすくめた。

「できれば、事件の概要を聞きたいところなんだけれど……」

と、言いながら手を挙げる。

「タカヒロ、帰るのは会議のあとでいいだろう? せめて、この後のことを聞いておきたいよ」

 調査の流れや詳細を知っているのは隆宏と絵里だけだ。高志は、言われた調査しかしていないから、全体を聞いておきたいという、どことなく名残惜しい好奇心から発言したのだが、隆宏は、困ったように狩野に対して首を傾げた。

 今では、狩野に、彼らに対するわだかまりはないようだ。大きく頷いて、室内全員を見渡した。

 そこから、今回の連続殺人の大まかな説明を始めたのは、初心に返る意味があったようだ。

 連続した殺人事件、とはいえ、最初の二件は、一度は事故として扱っていた。それが、最後のものに至って、ようやく関係していた、となれば、これからも続く可能性があるということは、そこにいた全員が考えていただろう。

 しかし、被害者間になんの関係もなかった。

 隆宏の発想は、あるいは勘、といえるものだったかもしれない。しかし、その考えを後押ししたのは、意外にも夕子だったのである。

 彼女もまた、なにかしら引っ掛かるものがあったようで、三日前、

「勘にしかすぎないんだけれどね」

と苦笑混じりに言った隆宏に、

「それ、正しいと思います。被害者の人柄は、決して悪いものだけには思えなかったんです。ですから、その人たちへの恨み、というより、自転車に乗った人への恨み、という考えもあるんじゃないでしょうか?」

 彼女にしては、積極的な言葉だった。

 だとしたら、自転車に関する、何かしらの事件、事故が、過去に起こっていたかもしれない。

 結果として、健に依頼した調査の中に、答えがあった。

 二年近く前に、傷害事件があったのだ。

 自転車の乗りかたに危険なものを感じた男が、注意したところ、逆に暴力を振るわれ、重症を負った。

 もちろん、相手は逮捕されたし、幸い、入院した男性も、半年ほどの入院で全快したのだが、恐らく、気持ちは未だに治まっていないだろう。

 そして、もう一人、明らかに自転車のほうに過失があった事故で、自分の息子が逮捕されたという男性。

 直接の加害者、被害者に対しても恨みはあるだろう。しかし、犯人と見当づけたその二人にとって、時間が経つにつれ、恨みの方向が少しずつ、ずれていったのではないだろうか。

 とはいえ、その二人は本当に犯人なのか、それに、二人がどこで知り合ったのかを捜査するのは、この先の捜査員たちの仕事だ。

 隆宏たちに入った依頼が、単なる捜査協力でしかないため、方向が見え始めた今は、もう用なし、ということになる。

 最後に、今日のところは駅を中心に、パトロールをするということで会議を終わらせたのを期に、隆宏はもう一度、捜査員たちに深々と頭を下げて、四人揃って警察署を出ていった。

 夜になって、雨は上がったものの、その分、湿気が夏の暑さに拍車をかけていた。

 それでも、三日の間、防犯カメラの映像とにらめっこをしていた絵里にとっては解放感があったようだ。

 外に出た途端、大きな背伸びをして空に向かってため息をついた。

「お腹がすいたわ。帰る前になにか食べていかない?」

という提案に、反対するものもなく、揃って駅近くのレストランに入る。

 隆宏は、そこでようやく、健に連絡をとった。

 ……が、彼の方が仕事中だという。

 実へ報告をしてほしいという要望で、改めてブレスレットのスイッチを切り替えた。

「ミノル、こっちは終わったよ」

『……。どうしてオレに言うんだ?』

「え? だって、ケンは仕事中だって……。彼から言われたんだよ」

 答えには、少しの間があった。

『仕事? ……そうか、出掛けているのか……』

 その言いようだと、どうも知らなかったらしい。

 問いかけようとした隆宏に、実の声が聞こえた。

『わかった。すぐに戻ってくるのか?』

「食事を済ませてから戻るつもりだけれど」

 また、間があいた。

 訝しげに眉を寄せたところで、返事が返る。

『戻るのは待ってくれ。あとでこっちから連絡する』

「……どうかしたの?」

『いや。こっちの問題だ。とにかく、待っていてくれ』

「……わかったよ」

 訳がわからなかったが、どうせ、食事の間は長居をするだろうことは想像がつく。待っているしかないのだ。

 不審そうにではあったが了解して、隆宏はスイッチを切った。

「どうしたの?」

 隣に座っている絵里が、彼の表情に問いかけた。

 隆宏が、小さく首を傾げる。

「わからない。ただ、戻るのは待ってくれって」

「まさか、追加の仕事があるとか言わないよな?」

と、高志が身を乗り出す。

「それならそう言うと思うけれど……。とにかく、連絡待ちだから、ここでゆっくりしていようよ」

 それには異論はない。四人分以上のオーダーをすると、さっそく高志のおしゃべりが始まった。



 何でも、高志や夕子と共に行動をしていた捜査員たちの間で、絵里のことが何度か話題に上っていたのだという。

 狩野たちが健に協力を強要されたあとの彼女の勢いは、捜査員たちを圧倒したようだ。と、同時に、言うだけ言ったあとの、彼女のさっぱりした態度に、何人かは好感をもったという。

 彼らの何人かは独身の男性だったから、尚更、彼女に対する見る目が変わったらしいと言った高志が、視界の隅に隆宏の様子を捉えていたのは言うまでもないだろう。

 絵里は、その話題に、自分のことながら関心を持たなかったらしく、笑っていたものの、突っ込んだ質問はしなかった。

 隆宏にとって、そんな彼女の態度は、幾分か救われた思いだったようだ。

 そして、高志の話題は、夕子にも向いた。

「そういえば君、恋人の話になったときに赤くなっていたよね。好きな人、いたのか?」

 唐突に聞かれたことに、思わず、口にいれていたものを喉に詰まらせた夕子が、慌てて飲み物を流し込む。

 その姿に、絵里と隆宏が顔を見合わせた。

 二人は、互いに夕子の気持ちには気づいていたが、その情報を共有していたわけではない。だから、本心を言えば、彼女自身が自分の気持ちを判っているのかどうか、好奇心があった。

 夕子は、何度か胸を叩いて、ようやく落ち着くと、三人をおずおずと見回して、俯いてしまった。

「わ、からないの……。そういうの……。……その……皆さんのことが好きです。……でも、恋人って……そういうことじゃないんでしょう? 私……そういうことがわからないの……」

 目の前の、二人のため息が聞こえた。

 やはり、夕子は恋愛の経験はないようだ。

 絵里が、食器の隙間を縫って、彼女の手を握った。

「そうね。あんたは、自分の気持ちがわかっていないだけ。でも、特別に好きな人はいるはずよ」

 そう言われて、夕子が遠慮ぎみに彼女を見上げた。

「今、真っ先に誰かのことを思い浮かべられる?」

 目の前に絵里、その隣の隆宏と、自分の隣にいる高志をもう一度見回して、夕子はポツリと言った。

「……あの……一番最初にお世話になったのはケンなんですけれど……。彼のことでしょうか?」

 そうだったのか? と、問いかけようとした高志に、隆宏が手をかざして止める。

 絵里は、小さく首を振って、彼女を凝視した。

「違うわね。あんたの表情が変わっていないもの。……よく、思い浮かべて」

 再び俯いた彼女の顔色が、ほんのりと赤くなった。

「ほら、今の相手は誰?」

「……ミノル……」

「ミノル?」

という、高志の驚きとは対称に、隆宏はやっぱり、という、納得した表情だった。

 夕子が、慌てて顔を上げる。

「そう、なの? 私の好きな人は……ミノルなんですか?」

「そうみたいね」

「でも……。……最初は怖かったから……。今もあの人のことを考えると……胸が苦しくなるの。だから……まだ怖いのかと……」

 実際、健の他に、と言われたときには、真っ先に実のことが思い浮かんだが、それは決して優しい眼差しではなかった。

 冷たく光る、刺を隠し持った瞳を怖がっているものだとばかり思っていたのだが……。

 しかし、言われてみれば、彼のそういう視線も、他の表情や態度も、怖さの中に避けたいと想う感情が自分にないことも確かだ。

 ……自分は、実が好きなんだ……

 初めて気づかされた感情に、彼女はまた、俯いてしまった。

 恥ずかしさに、顔を上げられない。

 そんな彼女の肩を、隣の高志が抱き寄せた。

「かわいいなぁ、君は」

「タッ……タカシ……そんな……」

 その時である。

 隆宏のブレスレットが音を立てた。

 表示を見ると、実ではなく健からである。

「あれ……。仕事がおわったのかな?」

 彼は、ここで対応すればいいものを、無意識に席を立つと、入り口のほうに歩を進めながらスイッチを入れた。



 出先へ、実から連絡が入ったのは、隆宏からの通信のすぐあとだった。

 その時に、健は彼からある意味、怒られた。

 護が側にいる、ということで、一切の返事をさせずに、滔々と、今回はリーダーとしての役割を果たせ、と言われては、反論もできず、すっかりしょげ返りながら、しばらくは仕事のてを止めて反省していたのである。

 護を前にして、威厳もなにもない。

 それでも、彼に言われたことの、真の意味を汲み取り、ようやく隆宏に連絡を入れたのである。

 実は今日、健に護を預けた。それは、自分にとって、本当に必要なのは誰なのかを護に理解させるためだった。

『言い換えれば、刷り込みのようなものだと思ってくれればいい』

と、言うことらしい。

 暗示により、実という存在と他人を引き離しはしたが、それだけではなく、ノーセレクトのメンバーという意識を一から持ち始め、尚、健がメンバーの要なのだと教え込んだ。

 つまり、実は自分で、護の役に立つ存在ではないと言ったようなものだった。

 この先、メンバー全員にとって、健という象徴を持つことが大事なのだ。

 リーダーだから、ではない。彼の言動そのものが、ノーセレクトなのだということを、メンバーに認識させる……。

 その最初が護へ、であり、今、隆宏たちに必要なのも、健の言葉なのだ。

 ブレスレットの向こうから、隆宏の声が聞こえたとき、健はまず、ばつが悪そうに言った。

「さっきはごめん。ちょっと手が放せなかったものだから」

『別に、気にしていないよ。まだ仕事中なんだろう? ミノルも忙しそうだったけれど……』

「そういうわけじゃ、ないんだ。……それで……そっちは片付いたって?」

『まあね。ある程度の捜査方向が決まったから引き上げようと思っていたんだ。報告は戻ってからでいいんだろう?』

 その言葉を聞いたとき、ようやく健は、実がなぜ、改めて隆宏に連絡をするように指示したのか、その思いを理解した。

 目の前にいる護が思わず目を見張るほど、健の表情は優しく、穏やかな微笑みに変わった。

「よく頑張ってくれたね。お疲れさま。直接話を聞きたいから、早く帰っておいで」

 春風を思わせる、限りない慈愛を含めた、声だった。

「待っているよ」

 最後のその一言が、隆宏たちにとって、どんなにか心休まるものなのか、恐らく健自身は気づいていない。

 護は目を伏せて、健に背を向けた。

 横浜で、彼は護に、憎んでもいい、と言った。けれど……。

“あなたは……残酷な人だ……”

 残酷なほど、優しい人だ。

 実たちにとっては、かけがえのない存在になっていくに違いない。

 けれど……

 自分に、生きていくことを強要し、そして、この先の、長い人生に、深く影響を残すのだろうと思うと、彼らのように簡単には、健を受け入れることができそうにない。

 例えメンバーであろうと、他人を信じることができないはずなのに……。

「マモル」

 通信を終えた、健の呼び掛けに彼は、力なく振り向いた。

「今日はもう、交代させてもらおうよ。タカヒロたちの帰りを待とうね」

 憎むことも許してくれない、頼りなくも大きく柔らかい彼のイメージに、護は辛そうに顔を逸らしながらも、微かに頷いた。

 


 いつか、重荷が取れる日がくるのだろうか。

 その思いは、未来に向けた希望なのか、それとも、可能ならば放棄するしかなくなるほど、自分を押し潰すだろうか。

 始まったばかりの、共同生活が、これから先、いつまで続くだろう。何年、何十年……

 生きていくしかない。彼らが……いや、少なくとも、実が存在している限り、彼のために、生きるしか…… ないのだ。

 そして最後に、実から離れ、健の手をとる日が来るような気がする。

“オレを……必要だと……言ってくれ”

 ノーマルに対して作った壁の内側で、護はずっと長い間、封じ込めて来た心の奥底の本音が、じわじわと、にじみ出始めているのを自覚した。

 いつかは口にしてしまう恐れを抱きながら、今はまだ、心の中で、護はそう、呟いた。


 

 

 

 



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