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TOGETHER  作者: SINO
三章 ノーセレクト
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血よりも濃い絆のために

 健が別館に戻ったとき、実は、護の部屋の前で、壁に寄りかかっていた。

「ミノル……。野々村さんはどうだった?」

「野々村?」

「医務室に運んだだろう?」

 首をかしげたものの、少しして思い出したのか、

「……ああ」

と、苦笑した。

「ドクターに預けてきた。あとは知らない」

「そう。……それで、どうしてこんなところにいるんだ?」

「おまえがここに入るまで見張っていようと思って待っていた」

 健は、ドアに手をついて深く息をついた。

「事情聴取があるとは思わなかったのか?」

「マモルとそっちを天秤にかけるリーダーだとは思っていないだけさ」

 回りくどい言い方をしてくれる。

 首をすくめて、健はだが、部屋には入らず、自分の部屋のほうに足を向けた。

「おい、ケン?」

「本を取ってくるだけ。ただ座っていられる性分じゃないんでね」

 確かに、待っていると、健は、夕べクローゼットから取り出した本を持って戻ってきた。

 実が、嫌みとも、羨みともとれる声で呟く。

「いいよな。そういう時間潰しができて」

「……そうか。おまえにはできないんだ? あの自叙伝はどうだったんだ?」

「あれはマモルのためだと言ったじゃないか。……役には立たなかったけれどな」

 健は、考えを巡らせるように視線を泳がせ、すぐに本を実に渡すと、ブレスレットで時間を確認して言った。

「悪い。買い物をしてきたいんだ」

「オレが行くぞ?」

「いや。いいよ。すぐに戻るから」

 実が止める間もなく、健はエレベーターに乗り込んでしまった。

 彼が向かったのは、本部から一番近いコンビニエンスストアだった。

 もっとも、彼は、この辺りのことは知らない。記憶では、駅に向かう途中の道筋に一軒あったはずだという程度で足を向けたのだ。

 ただし、本部の敷地内に、パトカーや鑑識車が止まっていて、野次馬がうようよしている上に、警官の姿までが相当の人数、混じっていて、すり抜けるまでにやはり、呼び止められてしまった。

「ちょっと。今、ここから出てきましたね。どこに行かれますか?」

 健は、面倒そうにポケットからカードを取り出して、警官に見せた。

「すぐに戻ります。本部に問い合わせれば、誰だかわかるでしょう」

 警官が名前を確認するのを見届けると、彼はようやく、コンビニに足を向けた。

 何気に空を見上げると、遥か先が曇っている。夏の入道雲の形ではなく、あるいは、雨になるのではないだろうか。

 ふと、そう思ったものの、気にとめることでもない。

 住宅街の外れに位置している店にはいると、中もどういうわけか落ち着かない様子だった。そんな中、雑誌を三冊選び出し、買い求めるとすぐに引き返した。

 もう一度、野次馬や警官たちを掻き分けて、別館の二階にたどり着いたとき、実は不機嫌そうに、同じ場所に立っていた。

「すごいよ、外。人だかりだ」

「だからオレが行くと言っただろう。それで? オレは許すつもりはなかったが、勝手に出ていって何を買ってきたんだ?」

「おまえに、さ」

と、袋ごと実に渡す。

 中から取り出したのは、パズルの雑誌だった。

「な、んだ? これ……」

「暇だったんだろう? マモルが目を覚ましたら呼ぶから」

 興味があるのかないのか、自分では判断がつかなかったのか、実は苦笑ぎみに鼻をならした。

「バカバカしい。オレがいつ、暇だと言ったんだよ?」

 こういう、ひねくれたところも実の性格か。

 健は、

「勝手に判断した」

と、ニッコリ笑って、護の部屋に入っていった。

 ベッド脇に寄せられていたソファに腰を掛ける。

 別に、乱暴に座ったわけではない。むしろ、護を覗き込みながらだったから、僅かな音もしなかったはずだ。

 なのに、護の体がビクッと動いた。

 まるで、夢の中で何かに驚いたような感じだ。

 だからこそ、健もハッとして、思わずローテーブルに手をついて、すぐに腰を浮かせた。

 護の覚醒は、唐突だった。

 それは、昔テレビで観た時代劇や、訓練されたスパイか何かのような反応を連想させた。

 寝ていても、気配で目を覚ます。

 実際、そうだったのかもしれない。

 飛び起きる、という表現そのままに、近くにいた何かに警戒するようだった。

 睨み付ける、濃い茶色の瞳に一瞬驚いたものの、健はすぐにまた、ソファに腰を下ろすと、笑いかけた。

「オレがわかる?」

 護の警戒心も、一瞬のことだった。

 ただ、小さく頷いたものの、自分のいる場所がどこだかわかると、さりげなくクローゼットのほうに体をずらして、健から距離をおく。

 気まずく俯いた護が気づいたのは、何も着ていない白い肌に、くっきりと光る、青いロケットだった。

 それを掬い上げた左手に目が移る。

 そして、ゆっくり自分の体を見回して、最後に、不思議そうに健に戻した。

「ミノルにお礼が言えるだろう?」

「……どう……して?」

 傷跡がひとつもない。

 健が今朝方見たときには、いくつもの、治りかけの赤い筋が見えていたが、今はそれすらないのだ。

「特別な薬らしいよ」

 言いながら、腰を浮かせて、手を伸ばす。 

 過剰な反応で、護はまた、クローゼットに背を押し付けるほど下がったが、

「ちょっと、動かないで」

という、囁くような静かな言葉に、きつく、目を閉じた。

 髪に、彼の指が滑り込むのを感じる。

「どう?」

 僅かに体が震えた。

 しかし……

「……?」

「おまえは声だけじゃなく、髪質まで柔らかいんだな」

 それを確かめるかのように、何度か、健の指が髪を滑り、そして、静かに離れた。

 彼の指の感触は、遥か昔を思い出すほど、優しいものだった。

 他人の視線が怖かった頃、挨拶すらできなかった護を、レイラー・高木春代は言い聞かせるように叱ったあと、必ず、彼の頭を撫でてくれた。

 自分に、そんな記憶が浮かぶほど、健の仕草を受け止めていることが、信じられない。

 目を開けて、呆然と、見返す。

「大丈夫、だね」

 そうだ。意識が飛ぶことも、記憶が混乱することも、なかった。

 そして、ようやく思い出した。

 記憶は、一度途切れていた、ということに。

 たしか、健と実が部屋に入ってきて、聞いた言葉は……

「希望を……叶える……?」

 健が、穏やかに頷いた。

「いつか、意味がわかる。おまえなら理解できると、信じているよ」

「いつか……?」

 繰り返した言葉に微笑んで、健はもう一度、髪に手を漉き入れた。

「シャワーを浴びておいで。そのあとでリビングに行っていてくれないか。オレは司令室に用があるんだ。ミノルには飲み物を用意させておくから」

 そういうと、返事も聞かずに部屋を出ていった。

 これは、護への気遣いのひとつであり、自分が気恥ずかしかったからでもある。

 実は羞恥心が欠如しているのかもしれないが、自分はやはり、例え仲間でも、同性同士でも、裸でいる彼の着替えを見ていられる趣味はない。

 護も嫌がるだろう。

 エレベーターで下に降りる間に、実に連絡する。

 どうやら、パズルをやろうと用意していたらしく、

『早かったな』

という嫌みに近い口を漏らした。

 そして、どうせなら早めの昼食を作るということになった。

 別館から、外廊下の正面に、本館に入るガラス扉がある。その向こうには、ちらほらとまだ、警官が見える。

 健は、そちらには入らず、噴水のほうに足を向けながら、もう一度、ブレスレットのスイッチを入れた。

 相手は隆宏だ。

『ケン?』

「そっちはどう?」

『ちょうどよかった。調べる方向が見つかった気がするんだ。野々村さんに頼みたくてね。連絡しようとしていたところなんだよ』

「あ~……それは……」

 恐らく、まだ医務室にいるだろう。あるいは、家に帰されたかもしれない。

 なにしろ、幼い頃から武器に触れ、訓練してきた健たちとは違い、事件とは無縁な生活をしてきただろう野々村には、今回の出来事は刺激が強すぎただろう。

 言葉を濁し、健は別の提案をした。

「オレではダメか?」

 音のない噴水の縁に浅く腰をかけて尋ねる。

『え? 君の方の仕事は?』

「とりあえず終わったからね。午後からでも行こうと思っていたんだ」

『ちょっと待って』

 声が遠くなった。向こうで、絵里と話し合っているのが聞こえる。

 やがて、また呼び掛けられた。

『こっちは四人で大丈夫。君にはそっちで調べてほしいことがあるんだ』

「いいよ。なに?」

『こっちの管轄で自転車に関する事件、事故、調書があるかどうか、その内容を調べて教えてほしい。今回の連続殺人の最初が八ヶ月前だから、それ以前のものを頼みたいんだ』

「? ……もしかして、警察の協力を拒否されている?」

 その類いの調査は、警察のほうで保管してある調書を読めばすむはずなのだ。

 昨日のこともあって、やはり疎通ができなかったのかという懸念が浮かぶ。

 しかし、隆宏の声は、明るい否定だった。

『そうじゃないよ。捜査員の人たちには、別の調査をしてもらっているんだ。エリのお陰でね、オレたちの方法を取り入れてくれたから。……防犯カメラの映像にかかりきりなんだよ。だから、さ』

「わかった。今日中には調べあげておくよ」

『頼むね。それがあれば、もしかしたら目星がつくかもしれない。そうしたらあとは任せて戻るつもり』

 昨日、隆宏から聞いた依頼内容は、犯人の逮捕までは任されていない。あくまでも、捜査補助だというから、彼の言った、切り上げる時期は妥当なところだろう。

 健は、納得付くで返事をして、ようやく本館に向かった。


 



  

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