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TOGETHER  作者: SINO
三章 ノーセレクト
84/356

不測の事件

 剣崎司令に護の資料が入ったケースを渡し、すぐに部屋に戻るつもりだったから、デスクの前に立ったまま対応したのだが、司令のほうが許してくれなかった。

 彼にしても、護を心配していたわけだから、ここに残っているメンバーが一体、何をしているのか、詳細とは言わないまでも、様子を聞く権利があってもおかしくない。

 せめて、護が今、どういう具合なのか、それだけでもと言われては、このまま戻ることができなくなってしまった。

 だが、やはり、なるべくなら早く護の傍に行ってやりたいという思いが、健の口調に表れていた。

 投げやり、ではなかったが、気の入らない報告をするような言い方しかできなかったのだ。

 剣崎司令も、その『報告』で満足するしかないことを受け入れた。

 彼らには彼らの生活が始まっており、そこにノーマルが介入することを喜ばないことは、昨日、健からきいたばかりだったからだ。

 そこで、話題を変えて、司令はデスクの下の引き出しから、ベルトを一本取り出して、健に手渡した。

「これは試作品なのだがね」

 スラックス用のベルトだった。

 本部では、服のアクセサリーまで作るのか? と、問いかける健の視線に、司令は、

「ワイヤー、だよ」

と、ベルトのバックル部分を指差した。

「バンドタイプではマモルのようにケガをするとわかったからね。同じ機能をつけたようだ。必要はないかもしれないが、一応、考えてみたものだ」

 制作部も懲りないな……と、健が苦笑する。

「オレたち用はわかりますけれどね。エリとユウコはどうするんです?」

 剣崎司令も、困惑気味の笑みを浮かべるしかなかったようだ。

「制作部のスタッフは全員が男性だからね。恐らく、彼女たちのことは頭にないのだろう。……君たちにだけでも構わないと思うが?」

「……まあ、いいですけれど……」

 試作品というのなら、一応、ここで試しておいたほうがいいのかもしれない。

 使い方の説明を受けて、バックル部分から、ワイヤーを引き出してみた。

 が、今度のものは、巻き取ることができないとわかった。

「……中途半端だなぁ……。使い道がないですよ、これじゃ……」

「そういわずに。制作部も、あれこれと考えているのだから」

「……わかりました。完成したら、教えてください」

 健が、ワイヤーを出したままのベルトをデスクに置くと、司令はもうひとつ、先程の引き出しから黒いホルダーを二種類、出した。

「これも、用途によってつけられるように作ってくれたものだが、レーザーとスティックのホルダーだよ。ベルトに挟めるようになっているから、こちらのほうが実用的かもしれないね」

 確かに、こちらのほうが遥かに、健たちには必要だ。

 これも、人数分ができ次第、渡してくれるという。

 その時、ノックの音が部屋に響いた。

 例によって、剣崎司令はマイクのスイッチを押して、

「どうぞ」

と、声をかけた。

 が、ドアが開く気配がない。

 訝しげに健を見上げ、司令はまた、

「どうぞ、お入りください」

と、繰り返した。

 今度は、ドアに何かがぶつかる音がした。

 そのあと、ようやくドアが開き、その向こうには、どこか妙に顔がひきつった、資料部の野々村が立っていた。

 妙なのは、表情だけではなかった。

 突然、突き飛ばされたように部屋の中に転がって、その後ろから、二人の男が慌ただしく入ってきて、ドアを閉めた。

「動くんじゃねぇ!」

 一人が銃を持っていた。もう一人は、ナイフを野々村につき出している。

「す……すみません……」

 目出し帽で顔を隠した二人のうち、ナイフを持った男が、銃を持つ男に目配せをされて、野々村の腕を引き上げると、司令のいるデスクのほうに突き飛ばす。

 司令も健も、何事が起こっているのか判断できなかったらしく、呆然としていたのだが、二人組には、怯えているように見えたようだ。

 銃を持った男が、幾分か余裕のある態度で、部屋を見回した。

「あんたが社長か?」

 野々村が、健の足元でブルブル震えている。

 剣崎司令が、首をかしげながら、言った。

「そうですが……あなたがたは……?」

「余計なことは聞くな。おとなしくしてれば、殺しゃしねぇ」

 健は、ようやく理解した。

 相手が何をしたかまでは知らないが、芝が言っていた、騒ぎの主犯のようだ。

 彼は、野々村の頭の影で、犯人たちに見えないようにブレスレットのスイッチを押した。

 そして、実の声が聞こえる前に、口を開いた。

「目的はなんですか?」

「うるせぇ! 喋るなと言っただろう!」

「ここがどういうところか、知っていて乗り込んできたんですか?」

「なんだと?」

 健は、野々村をデスクの脇に追いやって、庇うように前に出た。

「動くな! これが目に入らないのか!」

 どちらかというと、銃を持った男の方はソファの近くにいたから、健からは距離があった。

 ただ、銃があるということが、男にとっては強気でいられる理由だったようだ。

 しかし、そのようなものに怯えるはずが、健にはないことを知らない。

 相手は素人だ。

 銃の構えかたが、まるでなっていない。

 健は、困ったように、僅かに野々村を見下ろすと、続けた。

「目的はわからない。犯人は二人だ。一人は銃を持っている。もう一人はナイフ」

 まるで、野々村に話しかけるような呟きは、独り言のようにも聞こえ、パニックに陥りかけて、ただ震えている野々村も、成り行きに、呆然と座っている司令も、健がなぜ、そのようなことをいうのか、理解できなかった。

 ただ、次の言葉は、確実に、銃を持った犯人に向いていた。

「ノックは一つ。それが、あなたの最期になる」

「黙れ!」

 言うと同時に、一発の銃声が響いた。

 ヒッという叫びと共に、足元の野々村が頭を抱えてうずくまる。

 司令も、思わず椅子から転げ落ちた。

 弾丸は、健の脇を掠め、ガラスに当たった。

 それを、ゆっくり振り返り、健は冷静に言った。

「やはり、ここがどこだか知らずに来たようですね」

「……どっ、どこだっていうんだ」

「ご覧になればおわかりの通り、防弾ガラスを施している、普通では考えられないところですよ」

 二人が窓を見ると、確かに、僅かなヒビも入っていないではないか。

 ナイフを持った男が、おずおずと、ソファの男を振り返った。

「こっ……ここは……何なんだ?」

「少なくとも、あなたのように銃を持ちなれない人が入るところではありません。何をしたいのかはわかりませんが、おとなしく警察のお世話になった方がいいと……思いますが?」

 警察、と聞いて、逆上したらしい。

「うるせぇ!」

 また、発砲したが、やはり、健は動かない。

 今度は、本棚に弾が食い込んだ。

 その直後、ドアが一度、音を立てる。

 ソファのところにいた、銃を持った男が、音に反応して振り向くと同時に、健が声を上げた。

「ソファだ!」

 そして、ドアが開いた途端、レーザーの光が、男の頭を貫いた。

 同時に、健の手がデスクのベルトに伸び、ワイヤーをもう一人の男の首に振った。

 犯人の首に巻き付いたワイヤーを軽く引くと、絞まった力で、男が倒れ込む。

「動かないでください。あなたまで殺したくはありません」

 実が、ドアを閉めて、意地悪そうに笑っていた。

「おまえは甘いな」

 倒れ込んだ男を片手で押さえ、健が苦笑する。

「この人は危険じゃないからね」

 言いながら、犯人を起こし、ワイヤーで縛り付けた。

「すみません。警察が来るまでおとなしくしていてください」

 生き残った男は、縛られて食い込んだワイヤーの痛みで、ようやく事態が把握できたようだ。

 頭を撃ち抜かれて、血まみれで倒れている相方を見て、ガタガタと震えだした。

「こっ、殺さないでくれ……助けて……」

 健が、男の正面に回り込む。

「キャップ、腰を抜かすのは後にしてくれませんか。警察に連絡をお願いします」

 そして、男に向き直った。

「殺しはしません。ですが、一般人を人質にしておいて、命乞いは虫が良すぎませんか?」

「誰が一般人だよ」

と、実が茶々を入れる。

「キャップたちのことだよ。嫌みはやめろって。それより……」

 健は、顎で野々村を示した。

「ミノル、彼を医務室に連れて行ってくれ。具合が悪そうだ」

 実際、野々村は恐怖と、そのあとの部屋に漂い始めた血の臭いに、口許を押さえて、今にも吐き出しそうにうずくまっていたのだ。

 小さな舌打ちとともに、億劫そうに実は野々村に近づいた。

 肩を貸すつもりだったが、実際は野々村の身長は実よりも高い。だから、力が入らない彼に寄りかかられて、よろめきながら部屋を出ていった。

 剣崎司令は、なんとか気力を取り戻し、警察に連絡を取ったあと、まだ無意識に、小刻みに体を震わせて、椅子に座り込んだ。

「け……警察はすぐに来てくれるよ」

 声まで震えている。

 健は、その怯えを忘れさせるほど穏やかに微笑んだ。

「ワイヤー……役に立ってしまいましたね」

 このような用途があると判れば、制作部は尚更張り切るのだろう。

 この場にそぐわない、優しい微笑みに、剣崎司令も少しずつ、落ち付きを取り戻した。

 しかし、油断をすれば、気力が萎えそうでもあったらしく、重そうに腰をあげると、犯人の前に膝をついた。

「……ここは、警察に関係しているところです。同時に、殺人のプロもいるところなのですよ。……その目出し帽を外しても構いませんね?」

 それには僅かに抵抗したものの、犯人は、無駄だということを、縛られているワイヤーの痛みで知ったようだ。がっくりと項垂れた。

 司令が、ゆっくりと帽子を剥ぎ取る。

 人質をとって、何をしたかったのか、健には興味はなかったが、帽子のしたの顔を見たとき、どこか納得したように嘆息した。

 中年の、うだつのあがらない風貌をした、ごく普通のおとこだった。

 ところどころに、白髪が見え隠れしている。

 司令は、帽子を折り畳んで、手に持ったまま言った。

「警察に引き渡さなければなりませんが、それまでは隣の部屋で座っていてください。……ケン」

 実は、健に甘いと言ったが、司令のほうが、よほど寛容だ。

 促されるまま、健は犯人を支えてたたせると、隣の部屋に連れていった。

 部屋の中央には、四人が座れるソファセットが置いてあり、健は、男をそのひとつに座らせると、縛っていたワイヤーを外した。

 キョトンとして、恐る恐る彼を見上げた男に、健はため息混じりに言った。

「観念していらっしゃるようですから。……今さら、逃げようとは思わないでしょう?」

 力をなくし、男はまた、項垂れた。

「あんた……プロだったんだ? ……ここは、やくざの事務所だったんですか?」

「違います。少なくとも、人質にしようとしたあの二人は、暴力とは無縁の、普通の人ですよ」

「……あんたは?」

 答えず、逆に聞き返す。

「あなた……震えていらっしゃいました。相方の人に唆されたか、脅されていたのですか?」

 俯いたまま、男は重く頷いた。

「見張ってるだけで……金をやると言われて……。あいつがピストルを持ってるとは思わなかったんです。俺はナイフひとつだけでした。……強盗に失敗したと……言われて、一緒に逃げた……」

「せめて、ビルの両隣のテナントに逃げ込むべきでしたね」

「……ここは、なんですか?」

 男は、すっかり降参していた。

 ケンが、男のソファの脇に膝をつく。

「国の直属の組織なんですよ。犯罪抑制のためのね」

「そんなところに……入り込んだのか……」

 絶望のためか、頭を抱えた男が呟いた。

「丸眼鏡のあの男がここに入っていくのが見えたから……奴はあっという間に人質にして……来てしまったんだ。……他の仲間はどうなったんだろう……」

「お仲間はあと何人いたんですか?」

「ふ、二人……。そのうち、の一人が……計画した……。俺はただ……見張り役で雇われただけだ。……競馬場で……」

 健は、チラッとドアに目を走らせた。

「来たようですね。詳細は警察のほうに話すべきでしょう。行きますよ」

 腕をとって立たせた健に逆らうことなく、男は司令室に戻った。

 警官は五人だった。二人が司令と話している。二人は殺された男の死体を検分していた。

 そして、最後の一人が、犯人に掴みかかろうとでもするように乱暴に近づいてきた。

「お手柔らかに願います」

 すかさず、健が犯人と警官の間に割り込む。

 庇うような彼の態度に、警官が鼻白んで怒鳴った。

「どきなさい! 犯人を庇うというのか?」

「庇うわけではありません。ただ、静かにお願いしているんです。この人は反省しています。抵抗はありません」

「ケン」

 デスクから、司令が声をかけた。

「いいから、引き渡しなさい」

 言われたとおり、健はあっさりよけた。

 だが、すかさず警官が、犯人に胸ぐらを掴んで引きずろうとした途端、彼はその腕を捻り上げた。

「ケン!」

 そのまま、警官を膝まずかせる形で押さえつけ、健が司令をも睨みあげる。

「キャップ、犯罪者だからといって、乱暴してもいいわけではないでしょう? 警察は、こういうことを平然とします。オレは……それを見逃すほど感情じゃない」

「て、抵抗するかぁ! 貴様も逮捕するぞ!」

 他の四人が、素早く反応した。

 が……

「お静かに!」

 その場を納めたのは、デスクを両手で叩いた剣崎司令だった。

「あなたがたに、彼を拘留する権利はありません! ノーセレクト部メンバーのことは、警察機構に通達があったはずです!」

 ノーセレクト……五人の警官がざわついた。

「し、しかし……犯人を引き渡してもらわないことには……」

 腕を捻られて、苦しげに言った警官を解放する

「お渡ししないとは言っていません。乱暴なことはしないで下さいと申し上げたはずです。なぜ、あなたがたはその程度のことができないんですか?」

 全員、唸るしかできなかった。

 健は、彼らを無視して、犯人に向き直った。

「人質をとるような犯罪は、許せるものではありません。同時に、警察だから何をしてもいいわけでもありません。……理不尽なことがあるようなら、告訴する権利があることを覚えていてください」 

 張り詰めていた神経が、健の穏やかな申し出に、緩んだ。

 男が泣き出したのだ。

「す、すみません。ご迷惑を……おかけしました」

 乱暴な扱いさえされなければ、素直に出頭できるのだ。

 男は、おずおずと前に出て、両手を警官の目の前につき出した。

 警官は、自分の腕時計で時間を確認して、宣言した。

「午前八時十三分。緊急逮捕」

 カチリ、という冷たい音で、犯人に手錠がかけられる。そのまま、健が横目で見ている中、警官に連れられて出ていった。

 そうなると、残った警官に事情を説明する時間をとられることになる。

 次期に、鑑識などの捜査員もくるだろう。

 剣崎司令は、残った警官に失礼を詫びて、健を隣の部屋に連れていった。

「なぜ、犯人を庇ったりしたのかね?」

 やはり、そのことが疑問だったようだ。

 健は、司令をソファに招いて、自分も対面に腰を下ろした。

「庇っていませんよ。ただ、警官の態度が気に入らなかっただけです」

「そうかね? 当然の対応だろう? 彼らは人質をとって、立てこもろうとした。それだけ凶暴な犯人だと警察は判断していたはずだ」

 健は、やりきれないという風に髪をかき揚げると、司令から視線を外した。

「……怯えていたんですよ。最初から……」

「……? 誰がだね?」

「だから、あの犯人。わからなかったんですか? それに……片方は銃を持っていたのに、あの人が小さなナイフひとつなんて、変ですよ。第一、刃物は接近戦でしか使えない。なのに、人質にとった野々村さんを手放すなんて、素人以下だ。……一目見れば、怯えていることくらい、わかったでしょうに、警察は最初から凶悪犯扱いでした。それが気に入らなかったんですよ」

 それだけか?

 考えを巡らし、剣崎司令は目を伏せたが、ややあって、

「……そうか……あのことがあったから、か……」

と、呟いた。

 一瞬だが、健の視線が険しく司令を捉えた。

「ああ……すまない。余計なことを言った。……君が、あのときのことを思い出したのかと思ってね。つい……」

「思い出していたら、犯人のほうが無事ではなかったんじゃないですか? あの時だって……」

 言いかけて、口を閉ざした。

 黙って立ち上がる。

 これ以上、蒸し返されたくはない。

「部屋に戻ります」

 逃げるように言い捨てる健に頷いて、司令も腰を上げた。

「事情は私が説明しておく。そっちから戻りなさい」

 この休憩室も、廊下に続くドアがついていた。



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