ヒントの先の調査方法
「タバコがね」
夕食のときには、一切仕事の話題は持ち出さなかった。
主に高志が、今日見てきた風景や、店で売っていた郷土品などを話題として話していたが、リビングに場所を移し、落ち着いたときになって、最初に切り出したのが、その一言だった。
「タバコ?」
高志は、首だけを傾けて、夕子を促した。
彼女もメンバーの一員であり、仕事に関わるべきだという、口には出さなかった隆宏の意図を汲み取ったための行為だ。
夕子は、食後のデザートを作る暇がないということで、帰りがけに買ってきていたショートケーキにフォークを入れながら、隆宏におずおずと言った。
「あの……気になったんです」
「タバコが?」
「被害者のお一人なんですが、喫煙者だったんですね。それも、結構なヘビースモーカーだったと」
隆宏と絵里が、顔を見合わせて苦笑する。
「ケンのような?」
「それよりも悪いかも。奥さまのおっしゃることによると、歩きタバコも当然のようにしていたらしんです」
「……?」
促そうとした隆宏を、絵里が、彼の腕を掴んで止めた。
「待って、ねえ、ユウコ、それって、三人めの被害者?」
「ええ。あなたも目にしましたよね?」
「何のこと?」
隆宏は、今日もずっと、捜査資料のほうを手掛けていた。
絵里が指摘したのは、証拠品や、所持品のほうだ。
「鑑定済みの中に、その男性が吸っていたタバコがあったのよ」
「……つまり、自転車に乗りながらタバコを吸っていた?」
「そういうことになるんじゃない?」
「危ないなぁ」
ポツッとした呟きに、夕子が頷く。
「それで、他にも気になったことがあるんです」
彼女は、高志と顔を合わせて、絵里に確認を取るように言った。
「一番目と五番目の被害者は、ミュージックプレーヤーを聞いていましたよね」
それも、確かに所持品の中にあった。
絵里が頷く。
「二人とも、高校生だったわね」
「四人めの方のお宅で、もしかしたら……というお話を聞いたんです」
と、彼女はまた、高志と目を合わせた。
ただ、今度は彼に話を受け継ぐためだったらしい。
高志が、ケーキの皿を持ったまま、身を乗り出した。
「去年の暮れに二人乗りで注意を受けたらしくて、家族に愚痴をこぼしていたんだ。いつもはいないところに警察がいて、歳末だからって巡回するな……ということらしいよ。それも、大通り手前で、飲酒の取り締まりをしている警官に見つかったらしくて、注意を受けている間、通りすぎる人たちからジロジロ見られたことも気に入らなかったみたいだ」
そのような話は、警察の報告書には書いていなかった。
やはり、通り一遍の、事件に関した話しか聞いていなかったためだ。
ただ、そう思ったものの、隆宏は腑に落ちないらしく、首をかしげた。
「……それで?」
高志は、ケーキ皿をテーブルに戻して、首をすくめた。
「それでって言われても困るんだけれどさ。ただ、おまえが気にしたことのヒントにはなるんじゃないか?」
「ヒント?」
「今までの話が共通点にならないかということ。タバコにしても、信号無視も、二人乗りに音楽を聞きながら。……自転車に乗りながらじゃ、危ないだろう?」
隆宏も、ケーキ皿をテーブルに置いて、代わりにコーラの入ったコップを取り上げた。
背もたれに倒れかかり、無意識にコップを口許に運ぶ。
確かに、危険行為だ。
免許が必要なスクーターやバイクでは、違反に当たる。
だが、自転車では、よほど悪質でなければ、警察も注意しかしない。
いや、あるいは違反なのかもしれないが、あくまでもマナーであって、守らない人が多いのも現実だし、なにも、その五人だけのことではないはずだ。
第一……
隆宏は、ある考えが頭に浮かんだが、それでもまだ、納得できないところがあるらしく、三人を順に見た。
「被害者のそういう行為によって誰かがケガをしたとか、被害を受けたということは……ないんだよなぁ」
隣の絵里が、隆宏を覗き込む。
「でも、危険なことには違いないわ。いつか、事故を起こす可能性のある行為よ?」
また、考え込むように、隆宏は背もたれに頭を乗せた。
「……共通点……。確かに……」
独り言を呟きながらも、隆宏の中に、ひとつの方向が見え始めている。
ただ……。
その程度で、人を殺すほどの動機になるのか、という疑問も同時に浮かんだ。
殺人……。そこに至るまでには、相当の精神的エネルギーが必要なのではないだろうか。
何か、被害を受けて、それが我慢できないほど蓄積されて、初めて爆発する。
そういうものだと思っていたのだが。
「被害を……受けていれば……」
それきり、黙ってしまった隆宏はもちろん、絵里たちも、彼の様子を伺うようにチラチラと視線を向けながら、口を閉ざす。
しばらく、沈黙が続いた。
ただ、ケーキを食べるのに立てる、食器とフォークが当たる音だけが流れている。
やがて、隆宏は背もたれに頭を乗せたまま、腕をあげて、ブレスレットの時間を確認した。
目を細めて、滲む時間を読み取る。
静かに体を起こし、彼はポケットから小さなケースを取り出した。
夕方受け取ったコンタクトレンズだ。
まだ、目に馴染まないため、今まで外していたものをつけ直す。
眼鏡ショップでは、日替わりのものを勧められたのだが、定期的に補充する手間を嫌って、保管できるものにしたのである。
「そろそろ行ってみようか」
昨日、夕子が言ったとおり、今日は被害者の一人を絞って、帰宅ルート沿いで、どれだけの人が通るか、調べてみることにしていたのだ。
高志と夕子には、駅から一番近い交差点を見張ってもらい、隆宏と絵里は、ルートにいくつか設置してある防犯カメラの位置を調べる。
被害者は五人だ。しかも、帰宅ルートで、被害者を知っている人物が、同じ時間に通るとも限らない。
夕べ、出会った男性は、あくまでも偶然と考えるべきなのだ。
すでに警察が行っているだろう防犯カメラの確認も、すぐには協力してくれないだろう、とも思う。
こちらで提案できるだけの材料を揃えてからでないと、要請は却下されるだけだ。
捜査員の狩野が言ったとおり、四人では人手不足もいいところだな……。
苦笑する隆宏の隣で、高志は、最後の一口を頬張って、立ち上がり様にコーラまで飲み干した。




