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TOGETHER  作者: SINO
三章 ノーセレクト
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落ち着く暇が……

「お腹、すきません?」

 そろそろ東京に近づく頃、小堺が聞いてきた。

 健が、自分の心のなかを確認して、苦笑いをする。

「確かに……。申し訳ありません。あなたも昼食をとっていないんですよね」

「本館の食堂も悪くないですよ。付き合ってもらえませんか?」

 そろそろ三時頃だ。ランチにも遅いが、断る理由もない。

「案内をお願いします」

 小堺は、横目で健を流し見て、小さく笑った。

「白木さんは、誰にでもそうなんですか?」

「は?」

「ノーセレクト部といえば、本部の頂点ですよ。剣崎さんも部下に対して丁寧すぎるけど、肩凝りません?」

 言葉遣いのことらしい。

 健は、フッと息を抜いた。

「聞いているほうが疲れますか?」

「いや……まあ……」

 曖昧にごまかそうとしたようだが、恐らく、小堺の性格上、それはできなかったらしい。

「できればフレンドリーにいきたいですねぇ。加山さんの気さくさのほうが性にあってるもんで」

「フルネームは?」

「小堺和巳です」

「カズミさん、……これでいいかな?」

「助かります」

 計器と、景色を見回して、小堺はマイクを手元に引き寄せた。

 しばらくしてから、スイッチを入れる。

「本部、応答願います。ハミングバード・小堺です」

 本部ビルが見えてきた。



 本館四階は、フロア全てが食堂になっている。調理場も広いようだが、食事をするテーブルがずらりと並んでいる様は、まるで大企業の社員食堂のようだ。

 このフロアに収まるほどの人数が、本館に勤めているのだろうか。

 昼時をすでに過ぎている今、ここにいるのは小堺と健の他は、四、五人ほどだ。

 入り口付近には、メニューのサンプルがガラスケースに並んでいた。

「何にします?」

と、尋ねられても、健には特に希望があるわけでも、料理名がわかるわけでもない。

 ただ、昨日の夕食は、レストランでハンバーグを食べたから、それは避けたかった。

 そして、目についた、ひとつの料理に顔をしかめる。

 『麻婆豆腐』を食べる人の気が知れない、とでも言いたげだ。

「任せるよ。この……豆腐以外なら、なんでもいいから」

「あれ? 白木さん、豆腐がダメなんですか?」

「ダメみたいよ」

 調理場の入り口付近から声がかかった。

 芝が、白衣姿でトレイを持って立っている。

「芝さん? どうしてここに?」

「アルバイトだよ。黒沢くんに、連絡があるまで作らなくていいって言われたから、こっちを手伝ってるの。だからって、わざわざこっちに来なくてもいいじゃないの。あたしがそっちに行ってもよかったのよ?」

 実からは何も聞いてない。

 が、今朝のように一人一人の部屋に連絡を入れられては、実にとって迷惑だったのだろう。

 図らずも、健は成り行きでこっちに来たというわけだ。

「あんたは誰だい?」

 芝は、小堺にも気安く声をかけた。

 小堺が会釈をする。

「ブイトールパイロットの小堺です」

「そう。あたしは別館賄いの芝敏子よ。時々手伝いしてるから、よろしくね」

 そして、彼女は二人を交互に見回した。

「それで? 何が食べたいの?」

「ランチメニューって、まだある?」

 小堺の気安い問いかけに、芝はにっこり笑って頷いた。

「今日のランチは親子丼だよ。それでいいかい?」

「いいですか? 白木さん?」

 キョトンとして、健は聞いた。

「それには豆腐、入っていますか?」

「バカだねぇ。入っているわけないでしょう。鶏肉と卵でひとつの器に入れるから親子丼っていうんだよ。あんたには甘味を押さえるように注文しとくわ。……他には?」

 小堺が、ガラスケースの一点を指差した。

「僕にはパフェもお願いします」

「席についておいで。持っていくから。……それと、白木くん。言っておくけど、ここには酒はないからね」

 ささやかな皮肉に、健は苦笑混じりに言った。

「部屋に戻るまで我慢しますよ」

「もうひとつ。ここでは食べ物は残さない。約束だよ」

「はい」

 まったく情けなく、小さくなりながら、健は小堺の後をついていった。

 窓際に近く、それでいて調理場にも近い場所を選んだのは、芝という、健の顔馴染みがいたということに気を回したからだ。

 遠くの席にいたグループが、こちらを見ている。

「カズミさん、あの人たちは知り合い?」

 小堺は、体ごと振り返り、椅子の背もたれに片腕を引っ掻けた。

 顔ぶれを見ても、覚えがないらしく、すぐに健に向き直って首を振る。

「僕は知りません。白木さんも知らないんですか?」

「ほとんどのスタッフを知らないんだ」

 言っている間に、そのスタッフがぞろぞろと近づいてきた。

「白木さん、ここ、いいですか?」

 中年の男性がにこやかに尋ねた。

 誰だかわからないが、断るつもりは毛頭なかった。

 基本的に、健は話好きなのだ。

 興味はないし、関心をもつほど深い付き合いはしたがらないのだが、来るものをはなから拒んだことは一度もない。

「どうぞ」

という、あっさりした一言に、四人が健を取り囲むように座った。

「僕は時枝といいます。ハウスクリーニング部です」

「ああ……石原さんのところの……」

と、すると、四人ともクリーニングスタッフなのか?

 もう一人、男性がいた。時枝と同じくらいの年、だろうか。

 彼も、座ったまま会釈をした。

「田中です。設計部に所属してます」

 あとの二人は女性だった。

「私は総括部の二村です」

「同じく総括部、花崎美恵。よろしくお願いします」

 女性二人は、いずれも若い。

 一通りの挨拶のあとは、楽しげな雑談だ。どうやら、設計部の田中だけ、健のことを知らなかったらしい。

 総括とハウスクリーニングは、仕事柄、ノーセレクトメンバーを知っていて当然だった。

 彼らが健たちのテーブルに来たのは、やはり好奇心だったようだ。別館で生活をし、調理担当の芝がそちらで料理を出している限り、ノーセレクトメンバーがここに来ることは、この先あるかどうか。

 しかも、彼らの仕事内容を考えれば、依頼先に出ていることのほうが多いだろうし、直接の接点があるのは、資料部くらいだ。

 思いがけない、このような偶然がなければ、直接話す機会など、あまりないだろうということだった。

 健は、誰に対しても、当たり障りのない返事をしていたが、それが逆に、社交性のある、穏やかな人物として受け取られたようだ。

 その会話のタイミングを縫って、芝が二人の料理を運んできた。

 テーブルに置かれた丼の中身に見覚えがある。

「これが、親子丼?」

「そうだよ。食べたこと、あるかい?」

「ありますけれどね。名前は知らなかったから。覚える気もなかったし……。出されたものを食べていた、というところなんです」

 爆笑だった。

 なぜ、笑われたのかが理解できず、健は困ったように微笑み返すしかなかった。

「小堺くんのパフェは食後に出すからね。言ってちょうだい」

「はい、どーも」

 ようやく、昼食だ。

 ……が、健が箸を取り上げたタイミングを見計らったかのように、ブレスレットが音を立てる。

「あ……」

 ミノルという表示に、ため息が漏れる。

「芝さん、すみません」

 食べきれずに残すどころか、一口も食べないまま終わりそうだ。

 健は、両脇に座っていた時枝と田中に失礼を詫びると、席をたった。

 食堂の入り口まで歩を進めながら、スイッチを入れる。

「ミノル? 終わった?」

 相手の声は、どういうわけか聞き取れないほど小さく、健は聞き返したが、それきり、途絶えてしまった。

「ミノル、どうしたんだよ?」

『……部屋に……』 

 かろうじて聞こえたのは、それだけだ。

 何があったのか、わからない。

 健は、テーブル席で彼を気にしていたスタッフたちを振り返ることなく、食堂を飛び出した。



 健がノックもせずに護の部屋のドアを開けたとき、実はベッドの足元のソファ脇で踞っていた。

 驚いた、というか、唖然としたのは、実が全裸でいたからだ。

 思わず目を逸らし、ドアを閉める。

 閉じられたドアに寄りかかり、健は、今見た光景を冷静に考えようと、右手で顔を覆った。

 暗示をかけていたのではなかったのだろうか?

 なぜ、裸なんだ?

 いや、それよりも……。

 彼は、自分の部屋にとって返し、タオルケットを引ったくるとまた、護の部屋に入った。

 なるべく実から目を逸らし、タオルケットでくるむ。

 途端に、抱きつかれた。その勢いで尻餅をつく形になりながらも、抱き止める。

「ちょっと……どうしたんだよ?」

 小刻みに、実の体が震えている。だが、それに反して、抱きつく力は思ったより強く、まるで、力を抜いたら健が消えてしまうとでも思っているような感じだった。

「頼む……傍にいてくれ……」

「それは……もちろん……。でも、ここで? マモルははどうなったんだ?」

「……」

 仕方なく、健は実を抱き抱えると立ち上がった。

 健にはそれだけの力がある。意識して鍛えた訳ではなかったが、潜在的な、これも能力のひとつなのかもしれない。

 ここにいるよりは、自分の部屋に運んだほうがいいと思って、ふと、護を見下ろした。

 そして、初めて気がついた。

 ベッドに、数えきれないほどの血液の染みができていたのだ。

「まさか……」

 本当に殺してしまったのか?

 しかし、よく見ると、タオルケットが静かに上下している。

 眠って、いるのか?

 確かめたくても、実が抱きついたままでは邪魔になる。力はあっても、長い間持続する自信がない。

 ともかく、実を落ち着かせるのが先だ。

 健は、自分の部屋に彼を運ぶと、ベッドに下ろして離れようとした。

 しかし、力を抜いてくれない。

「ミノル、離れてくれないか?」

「ここにいてくれよ……」

「わかったから。一度、離れて」

 根気よく言い聞かせて、ようやく力が抜けた。

 健は、それでも絡ませてくる彼の腕をほどくと、屈むように見下ろした。

「どうしてほしいんだ? この部屋にいればいいのか?」

 見つめる瞳に表れているのは、何かに対する怯え、のように感じる。

 彼は、ため息をつくと、クローゼットの扉を開けた。

 テレビやステレオがせっちしてある棚を見回して、閉じる。

 隣のクローゼットを開けると、そこには本が並んである。

 何冊か抜き出して、ベッドにあがった。

 途端に、実がしがみついてくる。

 健はまた、心のなかでため息をついた。

 実の思考回路が理解できない。男に抱きついて、なんとも思わないのだろうか、と。

 しかも、ベッドの中だ。

 普通、このようなシチュエーションの相手は女性だろう?

 ふと、横浜の港でのことを思い出した。

 あるいは、護の感情が入り込んでいるのか、と。

 二ヶ月もの間、犯されて、同時に虐待もされていた精神が実の中に入り込んでいるとしたら……。

 いくら仲間でも、実に乱暴されたら必死で抵抗するしかないな……などと思いながら、チラ、と、彼に視線を落とすと……

 まるでコアラのように健にしがみついたまま、実は眠っていた。

 つまり、抱き枕がわり、か。

 ホッとしながら、健は本を開いた。


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