手がかり
本当は、一度健に連絡を入れたいところだが、彼らのほうが重要な仕事だと言われていたため、やはり遠慮すべきなのかもしれない。
「一日や二日で終わるとは思えないわね」
朝食後のコーヒーを片手に、ゆったりとした態度でいながら、絵里の声は重かった。
彼女にしてみれば、最初から険悪な態度をとる捜査員と、見当がつくまで付き合わなければならないことが我慢ならないようだ。
隆宏の隣で、コンピューターを覗き込んでいた高志が、彼女の言葉を聞いていなかったように、隆宏の顔をしげしげと見つめる。
「眼鏡、かけたら?」
昨日、警察署に行く前に、彼らは眼鏡ショップに立ち寄っていた。
なぜ、いきなり、しかもこんな出先で隆宏がコンタクトレンズに切り替えると言ったのか、その理由を知らない。
ただ、それ自体は今日の夕方にもできるということなので、それまでは今までの眼鏡をかけていればいいだろうに、という高志の言葉に、隆宏はディスプレーに向いたまま、答えた。
「多少ぼやける程度だから、我慢できるよ」
「目付きが悪くなっているぞ」
「わかっているよ。……それにしても……見事に被害者の共通点がないなぁ」
五件の被害者のうち、二人が若い男性、一人が中年のサラリーマン、あとの二人は、いずれも高校生の男女一人ずつだ。
夕べの『目撃者』が言っていたのは、若い男性の一人だった。
共通点があるとしたら、いずれも自転車での帰宅途中という、なんとも漠然としたものくらいしかない。
昨日、ここに戻ってから、隆宏は五人の帰宅ルートを地図にインプットしてみた。
駅を起点に、西口と東口からバラバラに散っている。とはいえ、まだ、それが正しいルートなのかはわからない。とりあえず、家までの最短ルートを自分なりに作ったに過ぎないからだ。
「無差別ということはないのか?」
高志の言葉に、隆宏がようやく顔をあげる。
「考慮はしているみたいだけれど、どうも考えにくいんだよね」
「どうしてさ。共通点がないのなら、誰でもいいということじゃないのか?」
「誰でもいいのかな? だとしたら、自転車のひとじゃなくてもいいじゃない?」
「でも、あのテグスだぞ? スクーターや車は対象外だろう? それに、徒歩というスピードじゃ、殺傷力はないしな」
「そう。そこがおかしいんだよ。どうしてテグスなのか、なぜ、自転車なのか……。無差別じゃないよ。直接殺すわけじゃなく、事故に見せかけようとして、自転車に乗っている人を狙っている。それも、計画的にね」
「計画しているのか?」
答えたのは、絵里の方だった。
「多分、そうだと思うわよ。事件の一つ一つの間隔があいているでしょう? その間に、ターゲットの帰宅ルートでベストな場所を調べていたんじゃないかしら」
「自転車が何か関係しているんだろうね」
「それで? 今日はどうするんだ?」
隆宏は、絵里と高志を順に見て、言った。
「今回はあくまでも警察捜査の補助だよ。タカシはユウコと一緒に、ちょっと面倒なことを頼みたいんだ。被害者の家族に会ってほしい。警察の方でもしつこく話は聞いているだろうけれど、たぶん、恨みの有無とか、交遊関係とかだけだ。だから、君たちには、それ以外のことを聞いてもらいたいんだよ。どんな些細なことでも、関係のないことでもいい。日常生活がどうだったかを中心に頼むよ」
夕子は今、キッチンにいる。洗い物をしているはずだが、そろそろ終わってもいい頃だ。
高志は、さっそく行動すると言って、腰をあげた。
「ところで、おまえたちはどうするんだ?」
「エリとオレは、今日も警察署にいくよ。証拠品や所持品からヒントが見つかればいいけれどね」
それに対して、絵里はあからさまに眉を寄せたのは言うまでもない。
「またあの人たちに会うの? 遠慮したいんだけれど」
隆宏は、目を細めて、彼女を見返した。
僅かにぼんやりと見えるから、なおさら、その視線は彼女を睨んでいるようにも感じる。
「エリ、はっきり物事を口にするのは君の長所だと思うよ。けれど、今回は私情でしか、ないんだ。彼らの言動は、職業柄でも、人としても、当然の反応なんだということをわかってくれないか?」
「無理よ……」
深いため息をついて、隆宏はコンピューターをテーブルに置いて、身を乗り出した。
「なら、言い方を変えるよ。オレは、本心では彼らを見下しているんだ」
「まさか? あんたが?」
「彼らと同じレベルでケンカをするつもりはない。あくまでも冷静に相手にする。……ノーマルに対して、感情的になる精神は持ち合わせていない。……それが、オレの本音なんだよ」
言いながら、彼は自虐的に笑った。
この本音自体、ついこの間まで、自覚していなかったのである。
正直なところ、自分がこれほど冷たい言い方をするとは思わなかった。
そして、それは高志も絵里も、同様だったようだ。
呆気にとられた、という表情だ。
「あんたが……ねぇ……。そんなことを考えていたなんて……」
「君に、それを強要はしない。けれど、頼むよ。この際、君の感情は抑えてくれない?」
絵里は、ソファに深く背中を預けて、無意識にイヤリングに手をかけたが、やがて、一度だけ大きく頷いた。
「いいわ。努力してみる」
「ありがとう。じゃ、行こうか」
高志が真っ先にリビングを出ていった。
夕子に声をかけるためだ。




