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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
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本部のメンバー 3

 夜中の警備員から朝、出勤してきたハウスクリーニング部に、受付が交代する際の申し送りはひとつだった。

 夕方出掛けていた健と護が戻ってきたのは、夜中過ぎのことだったという。

 警備員は、この建物と別館の二棟を警備している。

 つまり、本館の両側にあるテナントも警備範囲になっているのだが、そこを二人で巡回し、尚、受付にいる人数的な余裕はない。

 巡回の時間になると、一人がテナントの方を回るようになっている。

 本館と別館は、ハウスクリーニング部の部屋のモニターが作動するため、直接的な巡回は必要がないのだ。

 そして、本館は、ホールを通らなければ中に入れないため、逆に言えば、この受付を空けるわけにいかない、と言える。

 ハウスクリーニング部の持ち回りの受付員が、スタッフの中では一番先に出勤する。

 この部署は、男女の比は、ほぼ同じだ。

 今日は、女性だった。

 その受付に荷物が届いたのは、他のスタッフが持ち場に散っていったあとだった。

 受取人の名前を確認した彼女は、

「あっちゃ~」

と、情けない声をあげた。

 すぐさま、部屋に戻る。

 残っていたスタッフにその荷物を見せると、やはり、困惑の表情が浮かぶ。

 『黒沢実様』

 これは、クリーニング部にとって、いい印象がないことなのだ。

 しかも、彼の部屋の担当である石原チーフは、今日は確か、会計部のクリーニングに入っている。

「あたしが声をかけるしか……ないかなぁ」

 あからさまに取り扱い注意のシールが貼ってあるということは、やはり薬なのかもしれない。

「一応、チーフに声をかけてみたらどうだろう?」

 スタッフの一人、初老の男性の提案で、彼女は会計部と連絡をとった。

「すみません、黒沢さんに荷物が届いているんですけど、どうしたらいいですか?」

 石原チーフは、最初に実宛に荷物が届いたときのことを聞いていたため、声を潜めた。

『そこに喜八さんがいるだろう?』

「はい」

『彼から伝えてもらいなさい。喜八さんなら、動じないだろうから』

というわけで、チーフに連絡をとるようにアドバイスをしてくれた時枝喜八から、実の部屋に連絡をいれることになった。

 コールは長く、部屋にいないのかと諦めかけた頃、ようやく相手が出た。

「黒沢さんですか?」

 彼から、まったく返事がない。

 これも、前回と同じだ。

 時枝は、あっけらかんと続けた。

「荷物が届いているんですがね、持っていきましょうか?」

 やはり、返事には時間がかかったが、今度はいきなり通信が切れることはなく、

『頼む』

という、短い一言があった。

「じゃ、行ってくるかね」

 定年後の就職としてここに入って来ただけあって、まったくの平常心で、時枝はさりげなく女性スタッフから荷物を受けとると、『取り扱い注意』のシールを気にしながらホールを出ていった。

 時枝は、別館の担当には入っていない。そのため、そこに入るのは初めてだった。

 が、ホールの造りは本館とほとんど同じだったために、迷いなくエレベーターで二階にあがった。

 健たちの部屋は、どこが誰のものかを表示していないが、彼が躊躇いなく実の部屋をノックしたのは、スタッフルームに、この別館のモニターがあったからだ。

 監視カメラのようなものではない。

 ただ、在室か不在かが判るようになっている。

 メンバーの不在時にクリーニングが入るシステムになっているからだ。

 ノックをしてドアを開けると、実はソファの背もたれに腰を掛けて、待っているようだった。

「お荷物ですよ」

と、部屋には入ろうとせずに、時枝が荷物を差し出した。

 そこでようやく、実がドアまで足を向けて、受けとる。

 あとはもう、時枝の存在にはまったく関心を示さなかった。

 実が、自分から取りにいかなかったのは、前回のような失敗をしたくなかったからだ。

 不注意でダメにしてしまったら、もう一度入手しなくてはならない。そうなると、また、苦手な相手に連絡をとらなくてはならなくなるのだ。

 丁寧に箱を開ける。

 中には、ボトルに入った白濁した液体と、ガンタイプの注射器が収まっていた。

 とはいえ、体内に注入するのではなく、傷の表層に、触れることなく塗布することができるものだ。

 短時間で、しかも、なんら詳細を聞くことなく、こうして用意してくれた津田沼に対し、感謝の思いはあったものの、それが自分の本音なのかも理解できないまま、実はそれをそのままに、部屋を出た。

 健たちは仕事で出掛けていると、夕べに聞いていたから、戻っているかどうかがわからない。

 が、直接ブレスレットで確認しないのは、邪魔をするわけにはいかなかったからだ。

 どういう仕事かも聞いていない。

 だから、一人で朝食を済ませるつもりでリビングに向かう。

 キッチンには、芝敏子がため息混じりに受話器を戻す姿があった。

 実の姿に、目を見張って、すぐに笑いかける。

「おはようさん。今、あんたのところに連絡を入れたんだよ」

「用事でもあったのか?」

「あたしの用事はご飯くらいだろうが。白木くんたちもすぐに来るからね」

 戻ってきていたのか……。

 席について待っていると、健が入ってきた。

 実の隣に落ち着いて、彼に耳打ちをする。

「体調はどう?」

 実は逆に聞き返した。

「どこに行っていたんだ?」

「仕事。なんでもいいからやらせてくれと頼んだんだよ。そうしたら、遊園地、だって」

「遊園地? 警察がか?」

「ちがうよ。地下の設計部からの依頼。遊具メンテナンスの補助をしてきた」

 健の話によると、仕事を探そうと思えば、どういうものもあるのだという。

 基本的に、健たちがすることと言えば、警察からのものになるのだが、本部のスタッフ自体、ただ、彼らのためだけに黙って待機しているわけではない。本部のクリーニングやメンテナンス、資料部を除けば、他の部署は、他企業からの仕事を請け負っていることもあるということだ。

 会計部からして、本館の両隣にあるテナントの会社の会計まで任されているというのだ。

 だから、そこから辿れば、健たちにも手伝い程度の仕事は得られるらしい。

 そんな話をしている間に、護も姿をみせたため、芝はテーブルに料理を並べて、またキッチンに戻った。

 どうやら、会話に加わる気はないらしい。

 彼らが食事を始めるのを、シンク越しからにこやかに眺めていた。

 健も護も少食だということは、なんとなく芝にも見当はついた。だから、本音を言えば、高志のように量を多く食べてくれるメンバーがいないことが残念ではあったようだ。

 高志にしろ、絵里にしろ、食事の最中でも楽しそうで、美味そうに食べてくれる。しかし、今いるこの三人では、それは望めない。通夜のような静けさ、とまではいかないが、大した会話もなさそうに、芝の元にはボソボソとした、落ち着いた声がなんとなく聞こえてくるくらいだ。

 特に、実と健は耳打ちをするような内緒話をするところが多かった。

 二人に関心を持たないのか、護は一言も喋らずに、黙々と食事をしている。

 芝はまだ、一度も護の声を聞いていない。

 そんな雰囲気では、時間がかかるわけもない。

 最初に、護が席をたった。

「お茶を入れようか?」

と、キッチンから芝が声をかけたが、護は、僅かに彼女のほうに顔を向け、しかし、何も言わずに部屋を出ていった。

 首をすくめて、二人分のお茶を用意した。

 それを健たちの前に置いて、呟く。

「愛想のない子だねぇ」

 途端に、実が思いきり、テーブルを叩いた。

 ひどく驚いた芝を睨みあげる。

「事情も知らずに、軽はずみに他人を図るな。失礼だろう」

「ミノル、おまえのほうが失礼だよ」

 その、静かな反論のあと、健のほうが頭を下げた。

「申し訳ありません。気が立っているんです」

「お、おい……」

 お茶を運んできたトレイを抱えながら、芝はすぐに、クスッと笑った。

「いや、ゴメンよ。あたしのほうが悪かったんだよ。こういうことは、本人に言わなきゃね」

 彼女は、席にこそつかなかったが、テーブルに、トレイを持ったまま片手をついて、実に向いた。

「あたしはここの賄いでしかないけどね、家に帰ればそろそろ自立する娘がいるんだよ。あんたたちには親がいないと聞いていたわ。育てた人たちが、あんたたちにどういう教育をしてきたのかは、知らないよ。けどね、食事ひとつにしても、躾っていうものはあるもんなの。無口なのは結構。あたしが口出すことじゃない。けどね、態度ひとつで、しつけた方の人格は現れるものなんだよ。あんたたちの背中には、育ててくれた人の影があるんだということを、覚えていてほしいのよ。その人たちが、恥をかくような態度をとれば、あたしだけじゃない、誰もがあんたたちを軽蔑するということを、忘れないで」

 親の目から見る、忠告ということか。

 だが、その言葉に素直に、

「そうだな。悪かった」

と、口許を緩めた実とは逆に、健は辛そうに顔を逸らし、

「……すみません。もう、いらない」

 そう言って、席を立ってしまった。

 部屋に戻るかと思ったが、彼は隣のラウンジのほうに足を向け、ドアを開けたところで振り返った。

「申し訳ない、芝さん。お酒をいただけますか」

 彼女は、あからさまにため息をついた。

「朝から酒かい?」

「お願いします」

 キッチンのほうには置いていない。

 彼女は、肩をすくめて、トレイをテーブルに置くと、健のあとからラウンジに入っていった。

 偏光ガラスは、そのままだ。だから、食事を続けている実にも、彼の姿は見えた。

 ソファに腰を下ろし、ぼんやりとテーブルに目を落としている健の目の前に、作った水割りが置かれる。

 なにやら一言だけ芝に言ったようだ。彼女がまた、息をつく姿が見られ、そのまままた、カウンターの中に入っていく。

 今度は、ボトル一本をテーブルに置いて、戻ってきた。

「あの子、昨日も酒臭かったけど、大丈夫なのかい?」

「さあな。外野が忠告してやめられるのならとっくにやめているだろう? あいつには、ボトル一本なんて、飲んだうちには入らないようだからな。放っておいてもいいんじゃないか?」

「そんなに飲むのかい?」

「らしいな。ただ……」

 ふと、箸が止まる。もう、ほとんど残っていない茶碗を置いて、実は静かに目を閉じた。

「……なんだろう……。さっきと雰囲気がちがう」

「雰囲気? どういうこと?」

 目を開けて、盗み見るようにラウンジに視線を向ける。

 健は、グラスを持っていたものの、それを口にすることなく、リビングとは反対側にあるカウンターに顔を向けていた。

 実が、何事もなかったかのように、最後に残った茶碗の中身を空けると、芝を見上げて言った。

「頼みがあるんだ」

 直前に呟いた一言に答えがなかったが、芝はにこりと笑った。

「なんだい?」

「今日と明日、いつになるかは判らない。オレたちの誰かが呼ぶまでは食事の用意はしないでくれ」

「出掛けるのかい?」

「いや。ここでの『仕事』だ。邪魔をされたくない」

 頼み、と言われたから、見当がつかないまでも多少期待していた芝は、内心落胆したようだが、それでも優しく、

「わかったよ。……あのね、黒沢くん、普段のあたしは、本館の食堂で手伝いをしているから、仕事が終わったら、そっちに連絡をしてちょうだい。いいね」

「了解した」

 実もまた、席を立つと、ラウンジに入っていった。

「ケン」

 呼び掛けに、健が実に顔を振り向ける。その表情は、先程の雰囲気を僅かにも含まず、いつもの情けなく、優しい笑顔だった。

 隣に腰を掛けて、実が軽く、健を抱き寄せる。

「? ……ミノル」

 男同士だということも、キッチンから丸見えだということも、実には関係のないことらしい。

 そして健も、なぜか驚くことなく、されるがままになっている。

 実はすぐに離れた。

「やっぱり……ダメか」

「どうかした?」

 実が自ら他人の感情を取り込むときは、できるだけ接近、あるいは今のように触れることが肝心なのだ。

 だから、隆宏から始めて、高志の首筋に触れ、彼らを受け入れた。護にしても、思いがけずに手を握ったときに伝わったように、実にとっては『触れる』という行為自体が大事なのだ。

 しかし、今の健からは何も感じない。

 唐突に抱き締めたことだから、健に警戒心はなかったはずなのに。

「いや……。今さっき、おまえの雰囲気が変わったように感じたんだ。芝さんの言葉……何か気に入らなかったとか?」

 健はてに持っていたグラスを半分ほど空けると、それをテーブルに戻した。

「別に。どうして……あんなことをいうのかと思っただけだよ」

「あんなことって?」

「気に掛けてほしくないんだ。彼女も、アキラさんも、深入りしてほしくないのに……」

「なら、そう言えばいいじゃないか」

 言っても無駄だ。

 健は、寂しそうに微笑むと、小さく首を振った。

「おまえが気にすることじゃないよ。それより、オレたちはまだ出掛けていたほうがいい?」

「いや……」

 軽く健に向き直る。

「ディスクかチップを持っていないか? 音楽の」

「あるよ。ジャンルは?」

「ボーカルが入っていないもの。できる限り静かな曲がいい。マモルの治療に使う」

 健は、少し首を傾けて考えていたが、ふと、思い当たることがあったらしく、グラスを取り上げて酒を流し込んでから、言った。

「彼の部屋にはステレオはないよ?」

「ない? コンピューターは?」

「それもないな。テレビも置いていない。そう聞いているよ。必要ならば、設置するしかないけれど」

「すぐに用意できるものだろうか?」

「まあ……キャップに聞いてみるよ。なければ買ってくるさ」

「わかった。頼む」

 いくら健が酒好きで酒豪でも、後ろ髪をひかれるほど未練があるわけではない。あっさり腰を上げると、実と共にラウンジを出た。



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