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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
74/356

フクシマにて 3

 会議というものを、生まれてはじめて経験した隆宏にとって、この時間は退屈以外のなにものでもなかった。

 部屋の後ろ隅にひっそりと座り、ただ、捜査員たちの一日の成果を聞いている。

 都合五件にも渡る現場周辺へ事情を聞いて回り、被害者の関係者にも話を聞きにいくことが、今現在の方法であるらしいが、目新しい情報はないようで、室内が重い。

 最初から目の敵にしているような態度だった捜査員、狩野が、立ち上がって背伸びをするように隆宏に声をかけた。

「何かわかったかね?」

 初めの頃のような敵がい心を含んでいなかったが、期待をしていないという口調を隠そうともしない。

 隆宏は、

「無理ですね」

と、少し声を強めた。

 そうでなければ、狩野にまで届かない。

 元々の声が小さい彼にとって、こういう場所での発言は、力が要ることである。

 腰をあげて、彼は狩野にも聞こえるように前のほうに移動した。

「皆さんが毎日調べていらっしゃることです。たかが何時間でわかるはずがありません。ただ……言わせていただくなら……違和感がある、ということですか」

「違和感? どういうことだ?」

「漠然としたものですから、先入観を与えるかもしれませんが、よろしいですか?」

 一応、言ってみろ、というふうに、狩野が手を出した。

 隆宏は、他の捜査員たちを流し見た。

「なんというか……無差別のようでいて、そうではない。適当なようでいて計画性が含まれているように見える。怨恨にも思えるけれど、それほど強い恨みを感じない……。矛盾するような感じなんです」

「わからないな」

 捜査員の一人から声があがった。

 困ったように小首をかしげ、隆宏は、狩野が座っているテーブルに手をついた。

「被害者の五人に関連がないとすると、個々の殺人は無差別なようにも思えます。けれど、手口が似ている、あるいは同じだとすると、共通点のない五人が、どういう理由で犯人と繋がっているのか……」

「そうだな」

 別の捜査員の返事だ。

 頷いて、また続ける。

「テグスという頼りないアイテムでは致命傷を追わせることができなかった場合に止めをさしているからこそ、目撃者がいたわけですが、完全に使いこなせないアイテムであることには違いありません」

 隆宏は、当然、捜査員たちがその辺りもとうに検討しているだろうことを予測して言った。

「怨恨には違いないでしょう。すくなくとも、金品が一切残っているのであれば、強盗ということはありえません。……かといって、強い恨み、ということになると、正直、首をかしげるような気がします。……オレには想像がつかないのですが、関連のない五人もの人を殺すほどの動機、とはなんでしょう?」

 この問いかけに、答えられる者はいなかった。

 それを調べているところだからだ。

 結局、隆宏の言っていることは、捜査員たちの調査を要約したにすぎない。

 そして、そのことは隆宏自身が、充分すぎるほど、自覚していた。

「愉快犯、あるいは模倣犯ということはありませんか?」

 一人の捜査員が立ち上がった。

「最初の二件は一度は事故として処理をしたから、詳細は新聞にものりませんでした。その線はないでしょう」

「もう一度、確認しますが、無差別の考えもありませんね?」

 これに答えたのは、狩野だった。

「まったく考えられないことはないんだが、可能性はあまりないだろう」

「では、いたずらだという可能性はどうですか?」

「いたずら?」

 室内がざわついた。

 が、それは、隆宏の考えに対する嘲笑の意味でしかなかっただろう。

「いたずらってのはなぁ……」

 昼間、狩野とともに部屋にいた捜査員が、呟く。

 隆宏の目が、彼を捉えた。

「あらゆる可能性はあると思います。オレも、本気で考えている訳ではありませんが、動機という点がみえないのなら、まったく切り捨てる意見ではないような気がします」

「いたずらだと考えてしまうと、相手は誰でもいいことになるぞ。無差別、だな」

 また、別の捜査員がいった。

 もちろん、隆宏も同意する。

「つまり、動機も曖昧すぎるんです。それがわからないから、違和感があるし、ひとつの方針に絞ることもできないのではないですか?」

 いくつかの呻き声が聞こえ、それをまとめるように、狩野が呟いた。

「結局……あんたにもわからないってことだ」

「だから言っているじゃありませんか。短時間でわかるなら、あなた方の努力は無駄になるでしょう? こちらで独自に調査をさせて……」

 言葉の途中で、電子音が響いた。

 何事かと、室内がざわつく。

「ちょっと、失礼します」

 隆宏のブレスレットだ。

 彼は、その場から少し離れると、スイッチを押して、耳に当てた。

「タカシ? 終わったの?」

 携帯電話ではない。ただのブレスレットで会話をしている姿に、捜査員たちが驚きながら囁きあっている。

 狩野から、捜査員たちは隆宏のことを漠然と聞いていた。

 国からの派遣だ、と。

 その人物には、こういうアイテムも支給されているのか、という、まるで漫画のような驚きだ。

「じゃ、その人から、もう少し話を聞いておいてくれる?」

 目撃者か何かを見つけたか? というざわめきの中で、隆宏はスイッチを切ると、元の場所に戻った。

「すみません、帰らせていただいてもよろしいですか?」

「目撃者が見つかったのか?」

 それなら、すぐにでもこちらに連れてこい、ということらしい。

 隆宏は、困惑しながら首を振った。

「違います。とにかく、今日のところは失礼します」

 さほど急ぐ素振りも見せずに、しかし、反論させる暇も与えずに隆宏は部屋を出ていった。

 さて、ここから、どうやって高志たちのいるところまで行こうか……。

 迷いながら外に出たところで、署内から二人の捜査員が飛び出してきた。

「待ってください!」

 振り返ると、二人は彼の前に回り込んだ。

「何か?」

「手がかりがありそうなら、うちらも会いたい。同行させてくれ」

 若い……とは言っても、隆宏などよりはよほど年上には違いないのだが、どうも、二人とも、狩野辺りから言い含められたと判る気まずさで言った。

 苦笑するしかなかったが、隆宏は、

「手がかりにもなりませんよ?」

「だが、さっきの? 連絡だったんじゃないんですか?」

「ええ。詳細はまだ、なにもわかりませんが」

 ふと、彼は辺りを見渡して、頷いた。

「すみません。そういうことなら、現場まで送っていただけませんか?」

 実際に、捜査員が同行すれば、手がかりでも目撃者がいたわけでもないことがわかる。

「こっちへ」

 裏の駐車場まで案内されて、一台の車に乗り込んだ。

 二人が自己紹介をかねて話しかけてきたのは、大通りを西に向かってからだった。

「二番目の現場でしたね?」

「そうですが、本当に、何かを見つけたわけじゃ、ありませんよ? ただ、一人、お話を聞けそうな人を見つけた、というだけなんです」

「どのようなことだろうな?」

「さあ……。参考になればいいんですが」

 徒歩だと、結構な距離はあるが、車だと、それほど時間はかからず、やがて、歩道になっているだろうという僅かな幅にラインが引いてある隅に、高志たちを見つけた。

 周りは、畑だった。

「エリ」

 彼らが乗っていたレンターの後ろに車を止めた中から降りた隆宏に、絵里が駆け寄ってきた。

「あの人のこと?」

 高志が対応している。

 ちょっと立ち話をするような雰囲気で、男性は、自転車に跨がったままだ。

 夕子は、彼の影に隠れるようについていたが、話を一緒に聞いているようだ。

 絵里が一度振り返り、やはり車の中から出てきた二人の捜査員を一瞥してから首をすくめた。

「大した話じゃないわよ。どうしてこの人たちがついてきたの?」

「送ってもらったんだよ。それで?」

「それでもなにも、ただ、あの人はここが通勤路、というだけ。今日は早く帰れたから通りかかったらあたしたちがいた、それで、足を止めた、というわけ。殺人現場ということは知っていたから気になったみたいね」

「そ、それだけ? なのか?」

 隆宏から念を押されていたにも関わらず、やはりどこか期待していたところがあったようだ。

 あからさまな落胆の声が、思わず洩れた。

 絵里が、腰にてを当てて、そちらに向き直る。

「だから、どうしてついてきたのよ。タカヒロ、まさか思わせ振りなことを言ったんじゃないでしょうね?」

「言っていないよ。でも、気になるのは当然だろう?」

「……そうかもしれないけれど。……第一、会議は終わったわけ? あんたを呼んだつもりはなかったけれど? 終わっていたのなら、言ってくれれば迎えに行ったわよ?」

「いや、まだ続いているんだけれど……」

「タカヒロ」

 どうやら、話が終わったらしく、高志たちが近づいた。

「やっぱり、ただの通行人だった?」

「というか……事故だと思っていたらしいね。新聞で顔写真を見ていたから、被害者に見覚えがあったんだって」

「なんだってぇ!」

 大声で遮られて、高志は驚いた。

 彼は、その人を今、帰してしまったのだ。

「おい、行くぞ」

 車で追えば、すぐに追い付く。

 そう思ったようだが、ほぼ同時に、隆宏も高志も、二人の腕を掴んで止めた。

「ちょっと、なんで止めるんだ!」

「二度も話を聞くほどじゃないよ」

と、高志が言った。

「知り合いということじゃないから。オレが説明をすればすむことだろう?」

「住所は? 名前は?」

「え? あの人の? 聞かなきゃならなかったのか? 世間話で?」

「とにかく、離してくれ」

 二人とも、腕を振りほどくと、素早く車に乗り込んで、男性が去っていったほうに行ってしまった。

 走り去った車を目で追っていた高志が、

「嫌がると思うけれどなぁ」

と、呟く。

「そういうことは言っていられないんじゃないかな。あの人たちだって、必死なんだから」

「そうね。ところで、見覚えがあったって、どういうこと?」

 会話の途中で隆宏のほうに来ていた絵里も尋ねる。

 高志は、夕子と顔を見合わせて、口を開いた。

「帰り道がここらしいよ。毎日というわけじゃないけれど、見たことがあるというだけ。いつもはもっと遅い時間に帰るから、もし、自分が同じ時間に通っていたら、何か見たかもしれないってさ。とはいっても、見かけるのは踏み切りからこっち側の交差点だったって。……信号無視をすることが多い人だったらしくて、いつか事故にでも合うんじゃないかって思っていたらしい」

 絵里が、軽く首をすくめた。

「確かにそれだけでは参考にもならないわね。それじゃ、次のポイントに行ってみない?」

 言いながら、隆宏を見上げる。

「あんたも行く?」

「うん。ただ、ちょっと待ってくれるかな。刑事さんたちが戻るまでさ」

「それは構わないけれど……。……それならオレ、次のポイントをナビゲーションに打ち込んでくるから」

 警察署にいたときからずっと、夕子は高志の傍にいる。今も、ちょこちょことついて行ってしまった。

「なんか……彼女はタカシになついているみたいだなぁ」

 クスッという笑い声は絵里だ。

「あたしがピリピリしているから、仕方がないのかも」

「嫌われた?」

 軽い冗談に、絵里が隆宏の頭を小突いた。

「言わないの。落ち着けば何のこともないわよ。それより、どうして途中で抜けてきたのよ。大した話じゃないと言っていたはずでしょう?」

「退屈でね」

と、苦笑する。

 そして、今更ながら、大きな背伸びをした。

「会議というのはつまらないものだね。初めての経験だよ。オレがいても役に立たないみたいだったし、抜ける口実かな、って」

「呆れた。そういうものだと割りきっていればいいのに」

「そうしたくても、相手のほうが気にしているみたいだったしね。今の時点で意見を求められても困るよ」

「エリ、また引き返すみたいだぞ」

 高志が、車の中から声をあげた。

 すかさず覗き込んで、ナビゲーションに目を移すと、なるほど、三番目のポイントは、踏み切りの向こう側、第一ポイントとは少し距離はあるが、まったく方向がちがうというほどではない所だった。

「まいったわね。こちら側はここだけなのかしら?」

「ついでに他も見てみるよ」

 彼女たちは、最初に起きた場所から順に見ていくつもりだったようだ。

 高志がポイントを調べているところで、反対車線から車のライトが近づいてきた。

 それが、彼らのそばで、急ブレーキに近い音を立ててとまり、中から一人が飛び出してきた。

「見失ったじゃないか!」

 突然と怒鳴り声に、高志が驚いたのは二度目だ。

「なっ……」

 彼は、窓から顔を出して捜査員を見上げ、それから近づいてきた隆宏に気がついた。

「……それ、オレのせいなの?」

と、捜査員と隆宏を交互に見上げる。

 隆宏は、複雑な表情で微笑んだ。

「この人たちにすれば、住所とかを聞いておけば、明日にでも直接話は聞けたということだよ」

「あんな話? それなら、オレが説明すれば済むって言ったじゃないか。それに……そんなに気にするのなら、明日ここで待っていればいいじゃないか。オレが粘ってもいいよ?」

 それくらいのことなら、高志にとって苦にはならない。

 あっさりとした申し出に、捜査員はあっけにとられた。

「で、出来るんですか?」

「顔なら覚えているからね。通勤路だから、必ずここを通るっていうから。それに……」

と、彼は隆宏を見上げた。

「ユウコから提案があるんだよ。ちょうどいいと思ってさ」

「提案?」

 隆宏が、窓から助手席の夕子を覗き込んだ。

 彼女が、恥ずかしげに高志の腕を引っ張っている。

「て、提案だなんて……大袈裟ですよ」

 どうやら、ここから先は、捜査員にいてもらっても仕方がなさそうだ。

 隆宏は、捜査員に向き直った。

「今日のところはお帰りください。先程の男性は明日、こちらでお話をつけて連れていきます。もっとも……大した内容ではありませんでしたが……」

 捜査員は、運転席にいたもう一人と目配せをした。

 小さな咳払いをして、隆宏に向き直る。

「その……言い過ぎたかもしれません。よかったら、どんな内容だったか、今、聞きたいんだが……」

 二度も怒鳴られたことを、高志はまったく気にしていなかったため、快く、自分が聞いたことを伝えた。

 二人の捜査員は、小さく唸りながら、やがて、一つため息をついた。

「確かに、もう一度聞くほどじゃないな。いや、怒鳴ったりしてすまなかった」

「別に気にしていないから。じゃ、あの人を見つけなくていい?」

「いや、それはこちらで検討する。協力を感謝します」

 中途半端な敬語を交えた彼らは、軽く頭を下げて、警察署に帰っていった。

 絵里と隆宏が車に乗り込む。

 高志が、残りのポイントをナビゲーションに打ち込み始めたので、隆宏は夕子に、改めて尋ねた。

「それで、提案って、なに?」

 改まって聞かれたことに、彼女がまた、恥ずかしがって俯いたのは、恐らく『提案』というほど大それたことではなく、高志と何気ない会話をしただけだったのだろうと、容易に想像できた。

 それでも、最初の頃のように、口ごもってしまうことはなかった。

「あの、今日の下見って、私たち自身が周辺の地理を覚えるためでしょう?」

「そうだよ」

「今日はそれでいいんでしょうけれど、明日からは、事件のあった時間に合わせてみたらどうかと思ったんです」

「それって、どういう意味がある?」

 夕子は、助手席から後ろを振り返るように身を捩った。

「わかりませんが、さっきの男性は、遅くなったり早く帰れたりするといっていました。だから、今日は偶然でしょうが、事件の時間にポイントを通る人がいれば、何か判るのではないかと思ったんです。それに……ひとつ気になることがあって……」

 彼女の発想は、聞く価値があることを、隆宏は前の仕事の時に確信している。だから、優しく促した。

「はい。さっきの方のお話では、あの方も被害者もここが通勤路ですよね。つまり、駅を利用しているわけです。最初の被害者もそうでした。それなら、駅により近いところのほうが、目撃者……というか、被害者を見たことがある人がいるんじゃないかと思うんです」

「なるほど……確かに、いい提案だね」

 隆宏にも、彼女の意図していることが理解できた。

 警察は、事件が起きれば、そこを拠点として聞き込みをし、被害者の周辺を調べる。

 だが、帰宅ルートを念頭に調べることはしていないだろう。

 だから、先程の男性のような、目撃者ではないが、同じルートを通るような人をみつけられなかった。

「じゃ、今日のところは君のいうように、ポイントだけを確認して帰ろうか」

 すかさず、高志が絵里に言った。

「どうする? 順番に回るか? それとも……五番目がこっち側だけれど、そこに行く?」

 彼女は、隆宏に確認するほどではないと思ったのか、言った。

「いいわ。順番に行きましょう。面倒でも、ね」

 どこかでUターンしなければならない。


 


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