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TOGETHER  作者: SINO
二章 贖罪
72/356

フクシマにて 2

 早めの夕食を急いで用意して、絵里と高志の、賑やかな会話を交えながらもすませた理由は、夕子にも仕事に関わってほしかったからである。

 正直なところ、資料を読んだり、証拠品を見ても、彼女を怖がらせるだけかもしれない。

 だが、彼女をこの先、家事だけをする立場にはしたくなかった。

 心の中では、恐らく、彼女自身が参加したくないのかもしれない。

 しかし、行きたくないと突っぱねるだけの強さは彼女にはなく、レンタカーでまっすぐ警察署に向かった。

 先に、署長室に足を向ける。

 署長は、帰り支度をしているところだった。

「失礼します」

 部屋に入った四人を見て、慌てて署長が、持っていた鞄を机に置いた。

「ど、どうも、お世話をかけます」

 本日二度目だ。

 卑屈なまでに腰の低い挨拶をされて、隆宏は内心、うんざりしていた。

 横浜のときとは違い、ここの依頼は、もっと上のところから入っている。この署長もまた、本心ではメンバーを歓迎はしていないはずだ。 

 それでも、たかが警察署の署長という立場上、こうして頭を下げているのだろうと、簡単に想像がつく。

 隆宏は、自分の感じた雰囲気を押し隠し、言った。

「早速ですが、資料と証拠品を見せていただけますか?」

「こちらへ」

 案内されたのは、やはり捜査員がいる部屋だった。

 中には、十人以上の人が机に向かっている。その目が、一斉に隆宏たちに向いた。

 昼間の二人も、渋い顔をしている。

「捜査資料をお見せして」

 という署長の言葉に、渋々とだが、黙って立ち上がったところをみると、とりあえず話はついているらしい。

 署長室に直談判に行っていた捜査員が、案内してくれた。

 資料室というより、倉庫のようなところだ。

「どうぞ。お好きなだけ」

と、棘のある声で部屋を出ようとする捜査員を、隆宏が呼び止める。

「少し、お話を聞かせてください」

「話すことは名にもない。それだけのものを揃えたんだ。勝手に見ればいいだろう。こっちは忙しいんだ」

「お名前は?」

 最初からケンカ腰だった捜査員は、きつく隆宏を睨み付けた。

 中々迫力のある視線だが、それに反応したのは夕子だけだ。

 彼女は、高志の後ろに隠れてしまった。

 背中越しに、彼女が小さく震えているのが高志に伝わる。

「あんたらが名乗ってもいないのに、どうして私が名乗らなきゃならないんだ?」

「あんたねぇ……」

 絵里が、すかさず突っかかっていこうとするのを押し止め、隆宏が苦笑混じりにまた、向き直った。

「失礼しました。けれど、はじめからそう突き放されては、まともにお話もできません。できれば、あなたの方からお名前をお聞きしたかったのですが、それができないというのなら、諦めましょう。……狩野さん、少しお時間をいただけますか?」

 ドアノブに手をかけたまま、捜査員が唖然と、口を開けた。

「な……」

 なんで、名前を知っているんだ? と、言いたかったのだろう。

 隆宏は、さりげなく手招きをして、追い討ちをかけるように言った。

「お願いします。お話を聞かせてください」

 高志に目配せをする。

 彼は、部屋を見回し、立て掛けてあったスチールの椅子を見つけると、夕子を伴って運んだ。

 証拠品が並んでいるテーブルに横付けする。

 狩野は、反発することも忘れて、ノロノロとそこに腰を掛けた。

 そして、高志がもうひとつ持ってきた椅子に、隆宏も腰を掛ける。

 絵里たちは、二人に関心を示そうとせずに、証拠品を見て回り始めた。

「狩野さん、こちらがお聞きしたいのは、なぜ、連続したものだと判断したのか、です」

 対峙した相手の目が泳いでいる。隆宏の声も届かないように考えていたが、やがて、

「私のことを署長から聞いたのか?」

と、関係のない質問が飛び出した。

 隆宏が苦笑する。

「……違います。それより、お答えいただけませんか?」

 完全に、気勢をそがれた狩野は、自分の子供と同じような年の隆宏を相手に、仕方なく口を開いた。

「連続と判断したのは、いずれも被害者の帰宅時だったからだ。しかも、自転車に、それが巻き付いていたものが三件あった」

 それ、と視線で指摘したのは、絵里の斜め前に置いてあったテグスだった。

「他の二件にも、同様のものが擦れたような痕があった。調べで、同質のテグスだと判断できた」

「五件も続いていて、やっと連続殺人だと判断された?」

 苦々しく、頷く。

「なにしろ、被害者同士の接点は皆無だったからな 」

「無差別、あるいは愉快犯、ということは?」

「捜査中だ」

「強盗目的という考えは?」

「ない。所持品を見ればわかるだろう」

と、またテーブルに目を向ける。

 確かに、被害者の所持品の中に、財布やカード、免許証の類いから、装飾品まで残っていた。

 隆宏は、胸ポケットから眼鏡を取りだし、

「エリ、ちょっとだけ、ごめんね」

と、言ってからかけた。

「いちいち断らなくていいわ」

 所持品を一通り見回して、隆宏は眼鏡を外した。

「怨恨、……でしょうか?」

「事故じゃないからな。だが、そっちも曖昧だ。さっきも言ったが被害者同士の接点がない」

「まったく?」

「疑うんなら、資料を見ればいいだろう」

 次第に苛立ち始めたらしく、狩野の声が尖ってきた。それを聞き流し、隆宏は尚も続けた。

「確か、目撃者もいましたよ?」

 今度こそ、怒りで顔を赤くしながら、狩野は乱暴に椅子を蹴倒して立ち上がった。

「捜査資料を盗み見たのか?」

「いい加減にしてちょうだい!」

 同時に、絵里が怒鳴った。その足で、捜査員の目の前に進み出る。

「ここに揃えたのはそっちでしょう! どうせ見るものを、盗み見たとはどういうこと? あたしたちは、邪魔をしに来たわけじゃない! なにも知らずに協力もできないから調べたことが悪いわけ? そんなに見られたくなかったのなら、甘いセキュリティーを仕掛けるんじゃないわよ!」

「エリ!」

 隆宏が、彼女の腕を掴んで、後ろに引いた。

 その、強い力に、思わずよろめいて、机に腰を打ち付ける。

「い、た……」

 慌てて高志が駆け寄って、彼女を支える傍に、隆宏が立ちふさがる。

「タカシ、どいて」

 静かにいって、今度は絵里を見下ろした。

「悪いんだけれど、黙っていてくれない? 話が進まないよ」

「よくも……やったわね」

「すまない。でも、間違いは訂正してくれ。警察のセキュリティーは、君が考えているほど、甘くないんだ」

「えっ? だって、おまえ、さっきまで見ていたじゃないか」

 それは、食料の買い出しから帰ったあとのことだ。横浜の拠点とは違う型のコンピュータが部屋にあったので、夕食ができるまで、隆宏はずっと籠っていた。

 高志の口出しにも、隆宏は怒鳴ることはせず、静かに返した。

「言いたくないことも、あるんだよ。とにかく、君たちはそっちに専念してくれないか」

 テーブルの隅で、小さくなっていた夕子にも、彼は微笑みかけた。

「ごめんね、ユウコ。怖がらないで」

「は、はい……」

 絵里が恨みがましくテーブルから離れるのをみて、隆宏はまた、椅子に腰を掛けた。

 彼らのトラブルに、狩野は唖然としていたが、怒りは中途半端で静まってしまったらしく、ストンと座る。

「失礼しました。……ですが、狩野さん、あなたもご理解いただけませんか? 彼女の言う通り、オレたちは邪魔をするつもりはないんです。ただ、少しでも助けになればと思っています。こちらには、逮捕権などはありません。あくまでも、補助として、受け入れていただけませんか?」

 隆宏と、証拠品を、何事もなかったかのように頭に入れている絵里たちを見比べて、狩野は諦めたように頷いた。

「いいだろう。だが、これだけは教えてもらうぞ。あんたはどうやって、捜査資料を見たんだ?」

 ストレートな質問に、隆宏が反応した。

 これは、恐らく言いたくなかったことなのだろう。

 特に、絵里たちの前で。

 彼女たちは、集中しているようでいて、きっと、聞き耳をたてている。

 仕方なく、捜査員に向き直った。

「こういう言い方はしたくないんですが……オレたちは、国が立ち上げた組織の人間です。依頼は、警察本部からのもので、この場合……」

 言いよどんだのは、彼自身が、後ろ楯になるべき権威を認めたくなかったからだ。

 一度、言葉を止めたものの、苦々しく、続けた。

「警察のセキュリティーごと、こちらに提供されます」

 その、沈んだ声に、絵里が顔を上げる。

 ただ、なにも言わずに、すぐに視線は逸れた。

 狩野が、ようやく口許を緩めた。

「了解した。手伝ってもらいましょう。あと一時間ほどで……」

と、言いながら時計を見下ろして、彼は首を振った。

「いや、一時間もないな。捜査会議が始まる。参加するかね?」

「ありがとうございます」

「ただ、私はあんたの名を知らないぞ。不公平じゃないか?」

 そう言われて、ようやく自分たちが名乗っていなかったことに気づいた隆宏は、静かに腰をあげると、頭を下げた。

「失礼しました。宮本隆宏です。あとは、加山絵里、佐竹高志、夏木夕子と申します」

「宮本くん、か。では、会議室にきてもらおうか」

「はい。後程伺います」

 狩野捜査員が出ていくと、すかさず彼は、絵里にも深々と謝った。

「ごめんっ! ケガはしなかった?」

 それに対し、彼女が大袈裟にため息をつく。

「あのねぇ、頭を上げてくれない?」

「……ごめん」

「謝らないで! あたしが謝りにくいじゃない」

 気まずそうに顔を逸らす彼女に、隆宏が首をかしげた。

「どうして……君が?」

「セキュリティーのこと、口にしたくなかったんでしょう? ごめんなさい」

 絵里もまた、素直に頭を下げた。

 が、納得できなかったのは、高志だ。

 そして夕子も、自然、高志と顔を見合わせた。

 二人で小さく頷きあって、彼女のほうが小さく尋ねる。

「あの……最初に思わせ振りな言い回しをしたの、タカヒロのほうですよね。だから、エリは怒ったんじゃないんですか?」

「そうだよ。あんな言い方じゃ、盗み見たと言われても反論できなかったじゃないか」

「そんなこと、ないのよ」

 自分の失態なのだ。絵里は、庇うように二人に向き直った。

「反論は必要なかったのよ。あたしは、昼間も嫌な思いをしていたから突っかかってしまったわけ。どんなに詰め寄られても、何も言わなければよかったの。なのに、あたしが邪魔をして、余計なことを言わせた……」

「セキュリティーのことか? どうして余計なことなんだ?」

 途端に、隆宏は顔を曇らせた。三人の視線を避けるように背を向ける。

「ごめんね。これは、オレのプライドの問題なんだ。……嫌なんだよ。セキュリティーのことじゃなくて、国の後ろ楯を口にするのは、自分の弱さを見せつけるようでね。そんなものを必要としなければ何もできないと思われたくないんだ」

「そんな……風に考えていたのか?」

「まあね。もっとも、ケンに言われなければ、こんなことは考えなかったけれど」

 隆宏は、テーブルに乗っている、被害者の所持品のひとつを取り上げて、そこに話しかけるように呟いた。

「ノーセレクトという立場の責任は、自分たちでとらないとね。後ろ楯なんて、誰もが持てるわけじゃない。能力も、努力しなければ手に入らないものを、オレたちは最初から持っているんだ。その差が開いているのに、更に、国の庇護なんていうものに隠れるわけにはいかないじゃない」

 気を取り直したように、所持品をテーブルに戻すと、隆宏は三人に向き直った。

「会議に出てくるよ。君たちは、この品物を記憶しておいてくれるかな。どの現場の、誰のものか、どこの証拠品か。……それが済んだら、一通り現場に向かって、確認をしておいてほしい。オレのほうが早かったら合流するから」

 絵里が、隆宏の肩をポンと叩いた。

「いっていらっしゃい。しっかりね。こっちは任せて」

 もちろん、現実を目に焼き付けることは、高志にとって得意技といってもいい、自信たっぷりのブイサインを向けた。

 そして、自信はないながらも、夕子も奥ゆかしく手を振る。

 三人に笑いかけて、隆宏は、

「心強いよ。じゃあね」

と、微笑んで部屋を出ていった。



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